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第四話 怪力招来

若干長めです。

 明は気持ちを引き締め、左手の林に目を向けた。

 聞こえてくるのは三人分の呼吸と足音。何度も轟く豪雨のような伴奏は、なぎ倒される木々の音だ。


「人間サイズの二人が先行し、その後を二足歩行の生物がついてきているようだな。後ろの奴はかなりデカいぞ」


「斥候の八十神(やそがみ)とそれを指揮する現神(うつつがみ)、ってところでしょうか。重畳重畳、開幕早々殺る気満々で私としても嬉しい限りです」


 楽しげに息を弾ませる斗貴子。

 現神嫌いの彼女にしてみれば、対話だ何だといったまだるっこしい展開など元よりお呼びでないのだろう。その目はネズミを見つけた猫のように輝いている。


「しかし……妙だな。いつもならもう少し奥まで誘い込んでから襲ってきそうなものだが」


 明は林の奥に目を凝らしつつ、ほんの少しの違和感を覚えていた。

 現神の戦いは待ち伏せや不意打ちがメインだ。

 縄張りに近付いてきた荒神を結界に取り込み、退路を塞いだところで奇襲をかける。そして特別な理由が無い限り、彼らは結界の外に出てくることはない。

 そうした慎重さこそが現神の厄介なところであり、世間が彼らの存在に気付かない理由でもあるのだ。

 ところが、今回は若干流れが違う。

 敵は明たちを結界に閉じ込めるのではなく、自ら結界を解除して"こちら側"に打って出た。果たしてこれはどういう意味を持つのだろうか。


「いったい何を企んでいる? オオクニヌシのようにわざと倒されに来たわけではなかろうに」


「いきなり私たちが来たから焦ってるのかも。たぶん、ここにある遺跡がそれだけ重要ってことなんじゃないかな」


「結界の効果が切れたタイミングで偶然私たちが来たんじゃないでしょうか? いわゆる一つの定期メンテってやつですよ」


「だとしたら真面目に考察するのがアホらしくなってくるな……」


「まあまあ、詳しいことは本人に聞けばいいじゃないですか。ほら、そろそろ──」


 そこまで言って、斗貴子が言葉を止めた。

 口を開いたまま、まるで逆立ちした犬でも見るかのように目をしばたかせている。その目が捉えているのはようやく姿を見せた二つの人影だ。

 しかし、予想に反して彼らは八十神ではなかった。

 人間だ。

 息を切らせて獣道を走る少年が二人。双方共に小柄な体格で、黒の詰襟をマニュアル通りに着こなしている。

 紛れもなく高臣学園(うち)の制服だ。しかもその顔には見覚えがある。


「猛っ!」


 明と斗貴子が同時に叫び、二人の少年もこちらに気付く。

 猛は「おや」と片眉を上げつつ進路を微修正。不安定な山道にも関わらずそのフォームは堂に入ったものだ。

 そして猛の後方、十歩ほど遅れて走っているのは猛より一回り小さな男子生徒だった。

 七三分けのヘアースタイルに相応しい神経質そうな表情。こちらも確か、どこかで見たことがあるような……


「……思い出せんな。誰だお前」


「なんだともう忘れたのかこの鳥頭がぁ! ほんの一月前の話だろうがっ!」


「ほら(れん)くん、もう少し落ち着きなよ。今はそんなことでいがみ合ってる場合じゃないだろ?」


「で、ですけど先輩っ!」


 猛はフォームをバック走に切り替えて、がなり立てる少年をどうどうとなだめすかす。

 蓮と呼ばれた少年は苦虫を噛み潰したような顔で怒りを押し込めていた。

 が、途中でふと後ろを振り返り、そこに現れた"そいつ"を見て「ひっ」と声を漏らした。


「……どうやら、三人目は予想通りの相手だったようだ」


 結界から出てきた反応は三つだった。

 そのうち二つが猛と蓮なら、三つ目の反応は彼らに先導されていたのではなく、彼らを追いかけていた(・・・・・・・)ことになる。


「ほほう……尻尾ぉ巻いて逃げるだけかと思うたら、まさかもう仲間が来とるとはのう」


 人間離れした波動を有し、周囲の木々を押し退けながら移動する規格外の存在。その巨大なシルエットが、一歩一歩を進むごとにはっきりとしていく。

 それは、道着のような装束をまとう巨人だった。

 身の丈おおよそ四メートル。峰々を形作る(いわお)のように頑強な四肢と、樽のように膨れ上がった胴。

 その体系は力士を彷彿とさせるものの、力士のようなまげは結われていない。

 その代わり、左右の髪を耳の横で八の字に縛っている。"みずら"と呼ばれる古代のファッションだ。


「さあてさて、そんならさっそく、ひい、ふう、みい……と」


 巨人は一旦足を止め、その場でぐるりと太い首を回す。そこにいる顔ぶれを一通り確認した後、二カッと人懐っこそうな笑みを浮かべた。


「大入り、大入り。もののふどもがよりどりみどりじゃ。戦場(いくさば)に身を置く者としてこれほど嬉しいこともあるまいて」


 噛み締めるように頷き、ごつごつした平手で片膝を打つ。それだけで鼓膜が震えた。

 既に猛たちは合流を終えているが、もはや気軽に言葉を交わせるような空気ではない。明も含めた全員が、息を詰めて巨人の一挙手一投足を観察している。

 いや、見ているというより視線が吸い寄せられているといった方が適切なのかもしれない。

 一瞬でも目を離すと、その隙に自身の頭が捻り潰されてしまうのではないか……そんな不安が、彼らの心を縛っているのだ。

 もう虫の声も鳥のさえずりも聞こえない。あらゆる生物が怯えるように息を潜め、災いが過ぎ去るのを待っている。

 誰に言われずとも、分かる。生物としての本能が告げているのだ。

 この現神は、強い。


「新顔もいることじゃ。俺っちも改めて名乗りを挙げとくかよう」


 巨人は荒神たちの視線をまとめて受け止め、ひとにらみで押し返す。

 それから四股を踏むように構え、頭を反らして大きく息を吸い、


「──高天原(たかまがはら)の将が一人、タヂカラオ! 黄泉路の果てまで覚えとけええええええ!」


 咆哮。

 手近にあった(なら)の木を根元からもぎ取り、横薙ぎにぶちかます。尾を引くような大音声(だいおんじょう)はさながら重機のエンジン音だ。

 現れ出でるは破壊の連鎖。

 巻き込まれた木々がまとめてへし折れ、吹き飛び、回転しながら宙を舞う。その被害は当然、明たちのいる山道にも押し寄せていた。


「この……馬鹿力めっ!」


 群れを成して飛んでくる木々を仰ぎ、明がしたことは"目を閉じること"だった。

 ここまで混沌とした状況では視界など役に立たない。明は傍にいた望美を横抱きにすると、空気の流れと音だけを頼りに嵐の中をかいくぐっていく。

 跳んでしゃがんで、二度三度とステップ。全てを背後に流してから、最後にゆっくりと目を開けた。

 望美にも自分にも怪我は無い。明は胸を撫で下ろし、ふとももを揉んでいた手を離した。望美の平手が痛かった。

 見れば猛と蓮も何らかの方法で切り抜けたらしく、倒木の下からひょっこりと顔を出している。そして斗貴子は、


「夜渚くん、あそこ」


 望美の言葉に明は顔を上げる。

 見えたのは長い髪が描く白の残像。斗貴子が木々を蹴りながら、ピンボールのように林の中を跳ね回っているのだ。


「やっぱしツクヨミ、お前かよう! 女だてらに気張(きば)りおる!」


「んー、お下品な単語で褒められても大して嬉しくないんですよね。女性を褒める時はもっとスマートな言葉遣いをするべきですよ?」


「ぐわははははは! 相変わらずきっついのう! ご先祖様にそっくりじゃ!」


「世代を越えた腐れ縁なんてぞっとしない話ですね。ではでは、ここらで"えんがちょ"しちゃいましょうか」


 斗貴子の動きがさらに加速し、その軌道がタヂカラオへと向かう。

 狙いはおそらく、ツクヨミの異能をフル活用した超高速の格闘戦。力で勝るタヂカラオを小回りとスピードで翻弄しようというのだろう。

 だが、その目論見は相手に読まれていた。


「悪いが俺っちは奥手でのう。若い娘っ子にすり寄られるのは勘弁じゃ!」


 迫る斗貴子に対し、タヂカラオは両手で素早く地面を払った。

 それは落ち葉をかき分け、下に眠っていた無数の小石をすさまじい速度で飛び散らせる。

 その破壊力は"たかが小石"と言える次元を超えていた。一つ一つが銃弾並のエネルギーを持つ極小の粒、それらが壁となって飛んでくるのだ。


「──ッ!」


 斗貴子は片頬を歪め、大きく横に回避行動を取った。

 一個や二個ならまだしも数が数だ。ツクヨミの力をもってしても、体に直撃する数百個の小石を同時停止させることはできないのだろう。

 そして被害は斗貴子だけに留まらない。標的を逃した凶弾が次に向かう先は……明たちのいる山道だ。


「みんな集まって。……曲がれっ!」


 望美が駆け出すように前に出て、伸ばした右手を斜めに払う。

 現れた力場が半透明の防壁を作り、大量の砂礫(されき)を受け流していった。

 砂嵐のような攻撃が収まり、土煙の舞っていた視界がクリアになる。

 土煙の向こうでは、タヂカラオが二射目の準備を終えていた。


「……冗談きついぞ」


 "笑うしかない状況"というのはきっと今のようなことを言うのだろう。

 もしかすると自分たちは近付くことすらできないまま小石に全身を撃ち抜かれて全滅するのではないだろうか。あまり考えたくないが、それ以外の未来が想像できない。

 この場に黒鉄がいれば「ハメ殺しパターンかよクソゲーじゃねえか」と愚痴っていることだろう。

 ちなみに黒鉄は学園にて中間テストの補習中である。肝心な時に限って役に立たない男だ。

 などとどうでもいいことを考えながら、明が這いよる絶望を紛らわせようとしていた、そんな時だった。


「オモイカネ、か」


 毅然と矢面に立つ望美の姿を見て、なぜかタヂカラオの動きが止まった。

 隙と言えるほどのものではないが、猶予ができたのは確かだ。

 ならばどうする? と自問し、しかし答えを出す前に猛が号令をかけた。


「明、撤退だ! これ以上はまずい!」


 そう言うや否や、猛は持っていたペットボトルの飲料水をぶちまけた。

 流れ落ちる水は瞬く間に分裂して霧の壁となり、タヂカラオから明たちの姿を隠す。


「くっ、致し方ないか……!」


 戦況は明らかにこちらの劣勢だ。タヂカラオはこれまでの現神より強く、対策も無しに戦っていい相手ではない。

 そうでなくともここは結界の外。オオクニヌシの時と違って真昼間で、しかも集落のすぐ近くという最悪のロケーションだ。

 ここでこのまま戦い続ければ、遠からず一般人に被害が出る。それだけは絶対に避けねばならない。

 明たちは山に背を向け走り出した。

 あぜ道を引き返し、田園沿いの車道に戻ってきたところで、


「……ん?」


 おかしい。あれから数十秒は経過しているというのに、一向に追撃が来ない。

 最悪前回のような逃亡戦を覚悟していただけに、明は何ともいえない座りの悪さを感じていた。


「ねえ、夜渚……くん」


 戸惑いがちに(そで)を引くのは望美だった。

 彼女に促されるまま足を止め、先ほどまで自分たちがいた山道の入り口を振り返る。

 そこにはタヂカラオが立っていた。

 こちらを追いかけるでもなく、何かを投げるでもなく。

 山の境で腰に手を当て背を反らし、豪快に笑っていた。


「もう降参かよう、この根性なしが! おととい来やがれってんだぁ! なっはっはっは!」


 長い沈黙の後、明は望美の顔を見て、望美は明の顔を見る。

 青空に高笑いが響き渡る中、二人は形容しがたい表情で、しきりに頭をひねっていた。


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