ペンション草原の丘にようこそ
ペンション『草原の丘』へようこそ!
桜の丸太にこう彫り出された看板はよく手入れされ、美しいツヤをたたえている。
モッコウバラで作られたアーチを抜ければ、どっしりとした木造二階建てのペンションが現れる。
なだらかな斜面に広がる美しい草原。新鮮な野菜や卵を使った食事。のどかな自然に囲まれた職場を、グリはとても気に入っていた。
「おはようございます!」
いつものように裏木戸から台所に入ると、おかみさんはもう朝食を作り終え、温かいスープを器によそっているところだった。
「おはようグリ。今日は忙しくなるよ」
グリに笑顔を向けながらも、おかみさんの手は次々に食事を完成させていく。グリは働き者のおかみさんが大好きだった。
壁にかけてあった自分のエプロンを手際よく身に付けると、おかみさんがよそったスープを配膳していく。
「急に忙しくなるということは、新しいご予約が入ったんですか?」
「なんでも、今日から何日間か、物好きな貴族様がお忍びで泊まりに来られるってさ」
おかみさんのいかにも困ったような言い方に、グリは思わず吹き出した。
「貴族様がわざわざ予約して泊まりに来られるなんて、すごいことじゃないですか」
グリが冗談めかして言うと、サラダを盛り付けるおかみさんの手つきが、やや鈍くなる。
「すごいことだよ。すごいことだけどね、うちのようなペンションで、貴族様が満足するようなものがお出しできるかどうか…」
ペンション『草原の丘』は、自然豊かな田舎町にふさわしいこじんまりとした山荘だ。
もともとは夫婦で経営していたが、数年前におじいさんが亡くなってからは、おかみさんが一人で切り盛りしている。グリの母とおかみさんが仲が良いので、グリは家事の合間をぬって手伝いに来ている、というのが実情だった。
突然の宿泊でないだけ良心的とも言えるが、貴族様のご機嫌を損ねないようなおもてなしができるだろうか。
幸い他の予約が入っていないとはいえ、おかみさんの不安ももっともだった。貴族様は突然何を言い出すかわからない。
「私がいても役に立てるかどうかわかりませんけど…しばらく住み込みで働けるように父にお願いしてみます」
「本当かい?それは助かるよ」
おかみさんの表情がパッと明るくなったのを見て、グリは嬉しくなった。
うん、忙しくなりそうだ。
グリは元気よく腕まくりをすると、朝食ができたことを知らせに二階へ上がっていった。