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ありがとう、と言えなくても……  作者: デルタミル
1/6

第一幕 -不良JKの日常-

 ――この『病院』を見上げると、不意に思い出す。

 何もかも失って、何もかも嫌になって、逃げていた二カ月前までの自分のことを。

 でも失わなかったものが一つだけある。それは『命』だ。


 生きてさえいれば……また新しい事に挑戦できる。

 生きてさえいれば……また新しい誰かに巡り合える。

 生きてさえいれば……また生まれ変わることができるんだって。


 もう、"『私』は『あたし』じゃない"けれど、『あたし』――宮川(みやがわ)まりな――の分まで誠実に生きようと思う。それが自分のやってきたことに対する責任の取り方だと思うから――










 

 ――二カ月前。




「――で? オジサン、どう始末をつけてくれるわけ?」


 あたしたちはいつもみたいに、学校をサボってズラリーマンのオジサンを捕まえて、路地裏に連れ込んで『わちゃわちゃ』してた。

 尻もちついてダサイ姿を晒すオジサンの目の前に、中央に金髪ショートのあたし、左隣にぽっちゃりとしたスイーツ大好きミディアムの『杏奈あんな』、右隣に少し筋肉質だけどちょー喧嘩が強いボブカットの『里緒菜りおな』が立つ。


「ひっ……す、すみません、すみませんっ!!」


 今度は土下座してあたしたちに許してもらおうとする。チョーウケるんですけど。あたしはひいひい言って怯えてるオジサンの目の前にしゃがみ込むと、襟首を掴み上げてこう言ってやる。


「はぁ? それで許してもらえるって思ってるわけ? こっちは激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームなの、分かる?」

「はいっ!! はいいいっ!」


 うわ、くっさい息。ちゃんと歯磨いてんのかな、このオジサン。それに、ちゃんと意味分かって返事してんのかな。


「オジサンのきったない汗、あたしの服にかかっちゃったわけ、クリーニング代もバカにならないわけ、分かる?」

「はい、はいっ!!」

「チッ、『はい』は一回でしょー?」


 あたしは空いてる左手でオジサンの左頬をグーパンした。


「ひぃいっ!!?」


 キモイ声を上げながらオジサンはさらにびくびくする。


「だからぁ、『慰謝料』ちょーだい?」

「えっ…………?!」

「いや、『え』じゃねーし、おまマジふざけんなって。ちゃーんと謝罪の気持ち、見せてもらわないと、ねぇ? 二人とも」


 そう言うと、杏奈と里緒菜は揃って頷いた。


「はい、じゃあそーゆーワケで、Uゆう吉、一人頭三枚ずつ、合わせて九枚ね」

「そ、そんなお金ありませんっ!!」


 オジサンは面白いくらいに顔と口をぷるぷるさせながら、くっさい息を吐き散らす。


「はぁ……じゃあ二人とも、おねしゃすっ!!」


 あたしは二人に向き直ってそう言うと、少し後ろに下がった。


「りょっ!」杏奈はオジサンの背後に回り込んでヘッドロックをぶちかまし、

「はーいっ!」里緒菜は拳をゴキゴキさせて、オジサンに近づいてく。


 腹パン、ガンパン、膝キック、カカト落とし。里緒菜は色んな技を見せてくれるからマジ楽しい。

 でもあんまやっちゃうと洒落にならないので、キリの良いところで止めることにした。


「二人ともすとっぷぷりーず!」


 その合図で二人はオジサンを解放する。

 あたしはダウンしたオジサンの顔の前にしゃがみ、言う。


「はい、オジサン、もう気が済んだっしょ?」

「うぅ……うぅうう…………」


 地面にうつ伏せになったまま、オジサンはポケットの財布に手を伸ばす。寝ながらお札を出そうとしてるところがまたツボッてあたしは噴き出した。


「あっははは! チョーウケるんですけど!」


 オジサンが財布からU吉を九枚出した瞬間、あたしは秒でそれをパクり、一枚一枚数える。


「うん、ちゃんとあったよ二人ともー!」


 あたしはそこから六枚抜き取って、残りの三枚をオジサンの顔の前に置いた。


「はい、これ『口止め料』。もしあたしらのことを他の誰かにチクッたら……彼氏に頼んで、オジサンが今働いてる会社、クビにしてもらうから」

「ひぃいいい……っ!?」

「あたしの彼氏、大企業の息子だから色んなとこに顔利くしー。会社ごと潰すこともできるから」

「そ、それだけはどうかぁ……っ!!」


 オジサンはぼろぼろ涙を流しながら、必死に謝ってくる。


「はいはい、わかったから……そのU吉三枚持ってどっかに消えて?」

「は、はいいぃいいいっ!!」


 オジサンは足元のU吉三枚を握りしめると走り出した。途中でこけそうになってるのを見て、あたしたちは大爆笑した。そもそもそんな彼氏いるわけねーって気づけよバーカ!




「二人とも、おつかれーしょん♪」


 あたしはそう言いながら、杏奈と里緒菜に二万円ずつ渡した。


「「あざーっす!」」


 二人は嬉しそうに二万円を握りしめて、ルンルン状態だった。




「ねえ、わたし今ペコなんだけど、この後どっか食べに行かない?」と杏奈。

「じゃあいつものとこでお昼にする?」と里緒菜。

「えー、だってあそこ、店員が塩対応だからなんかヤダ」と杏奈は両手で否定。

「じゃあさ、最近見つけたスイーツ店に行かない? マジ美味だって話だよ」とあたしは言う。


「いいねっ! いこいこ!」と杏奈が笑顔でそう言って、あたしたちはそのスイーツ店に行くことになった。






「マジさいこーっ!」


 ――――二、三十分後。例のスイーツ店の中に入って、四人用の席について、窓際にあたし、その隣に里緒菜、あたしの向かいの席に杏奈がそれぞれ座って、注文して運ばれてきた山盛りになったパフェを一口食べた杏奈は、そんな感想を漏らした。


「りっちゃんも早く食べてみてよー!」と杏奈は嬉しそうに里緒菜にじゃれつく。


 ホントにうまそうな匂いがする。イチゴ、バナナ、キュウイ、チョコレート、生クリーム……食欲に負けて一口食べてみると、なんかいい感じに味が広がって、杏奈の言う通りマジでさいこーの味だった。


「うまっ! これ作ったやつかみってんじゃない?」と里緒菜。


 杏奈に目を向けてみると、今まさにメニュー表見て呼び出しボタンを押そうとしてるところだった。


「えー?? 杏奈、また食べるの? あんまし食べてると太るよ? え、それ以上に太りたいわけ?」

 と杏奈をからかってみる。

「うっさいなー、いいじゃんスイーツくらい。食べて減るもんじゃないし」

 杏奈は笑顔でそう答えた。まぁ確かに減るもんじゃないよね、『あんたの体重』は。そのぽっちゃりとした体型はわざと維持してんのかっての。




 その後も、杏奈がそれでも追加注文したいと言い出したので、あたしと里緒菜は付き合ってあげることにした。






 ――――昼飯を済ませたあたしたちは、夜遅くまでカラオケに行ったりゲーセンで遊んだりして、日付が変わった時間帯で別れた。




 ここは嫌な街だなと思う。大都会というわけじゃないけど、この時間帯になったらもう周りには誰もいなくなる。そう、誰も……


 家までは徒歩で十数分の距離だけど、こういう時ほど時間が長く感じる。




 家――団地暮らしだけど――に帰るなり、ババアが足音を鳴らしながら玄関にやってきた。


「まりなっ!! あんた、この時間まで何してたの!」

「うっさいなぁこのクソババア! あたしがどこで何したってオマエには関係ねえだろ!!」

「ほんとに口の悪いっ!! 誰に似たの!?」

「はっ、知らねーし。どっかに消えたクソオヤジにでも聞いてみろよ」

「この子はもう……っ!!」


 ババアは今にも殴りかかりそうな目であたしを見る。


「は? なに、やるの? そーだよね、昔はあたしが何かやらかす度に殴ってたもんね。いいよ、殴ってみろよ。そしたらあたし、二度とこの家には帰ってこねえから。そしたらオマエ、独りぼっちになるよ? 孤独死ってやつよ孤独死!」

「……ああもうっ!! 勝手にしなさいっ!!」


 そう言ってババアはリビングの方に消えた。何してんのか気になって覗いてみると、なんかご飯を棄ててるっぽかった。なんだ、あたしが帰ってくるまで食べずに待ってたのか、バカじゃないの。

 あたしはそのまま自分の寝室に向かった。



 

「はーあ、今日も楽しかったー」


 部屋に入るなり、そう言って自分のベッドに仰向けになって寝転ぶ。




「…………楽しかったよね……」




 自分に言い聞かせるようにしてそう呟いてみる。不安……なのかな、あたしらしくない。




「なんかお腹空いたな…………こんなことなら晩飯食っとけばよかったな」




 …………まあいっか。











 ――次の日。




 朝、目を覚ましてリビングに来てみれば、ババアはいなかったけど、その代わりにテーブルの上に朝飯が用意されてた。誰が用意しろって言ったんだか。


「――まぁいいや、棄てんの勿体ねーし」


 朝飯食った後、自分の部屋の鏡で髪を整える。


 うん、いつもの金髪ストレートショート、バッチリだ。

 あたしはスマホを取り出して杏奈と里緒菜を電話で呼び出し、いつものように連れ立って街に出かけた。




「ねえまりな、今日はどうすんの?」と杏奈。

「今ね、あたしチョームシャクシャしてるのね。だから、誰か適当に路地裏に連れ込んでフルボッコにしたいなって」

「フルボッコ、いいじゃん。付き合うよ」と里緒菜。

「じゃあさ、あそこの気弱そうな男の子にしない?」と杏奈。


 ――見るからにいんキャっぽい小学生だな……あたしは言った。


「まあいっか、じゃああいつ捕まえてボコろっ」



 里緒菜はガキを後ろから神速で地面に叩きつけた後、口を塞いで路地裏まで引きずり込でいく。あたしと杏奈は、里緒菜のその手際の良さに感心しながら後を追いかける。




 ――最初、男の子は叫び声を上げようと必死だったけど、里緒菜はすかさず指で喉を突いて大人しくさせた。


「うわ、何この子、弱すぎてワロタ!」と里緒菜。

「でも泣き顔がちょっと可愛いよねー、もっとやっちゃう?」と杏奈。


 ――小学生の男の子は苦しそうにえずきながらあたしを睨みつけた。

 なに? なんであたしを見るの。やめてよ、そんな目で見ないでくれない? マジでウザイ。


「ねえ、この子まりなのこと、すごい目で睨んでるけど、知り合い?」と杏奈が訊いてくる。

「さあ? どっかの知り合いと勘違いしてるんじゃない?」


 ――ねえ、なんでそんな目であたしを見るわけ?




 …………そっか、昔のあたしと同じ目をしてるんだ、このガキ。


 そういや昔、あのクソオヤジもババアを殴ってたっけ。でも、ある日突然どっかに消えてから、ババアもあたしが言うことを聞かないとすぐに殴るようになって……それであたしもあーやってババアを睨んでたっけ。

 よく言われたなぁ……『何でそんな目でお母さんを見るの?』って。


 今やっとわかった気がしたよ。そっか、ガキも今反抗期ってやつなんだね。マジで殺したいほどムカついてきた。


「何見てんだよこのくそガキ!!」


 あたしはガキを睨みつけて、勢いよく腹を蹴り飛ばそうとして――




「おいっ!! きみたち! そこで何をしてるんだ!!」


 いきなり叫び声が聞こえて驚いて後ろを振り返ると、そこに制服を着たサツが二人立っていた。

ガキはあたしたちの間を潜り抜けてサツのところまで走って行く。


「きみ、怪我はないかい?」


サツの言葉に頷いたガキはそのまま街道へ走っていった。




「ヤバッ! 二人とも、早く逃げるよっ!」と里緒菜。


 いやでもここ路地裏だし、逃げるにはあのサツをボコらないとだし。それにサツをボコったら……えっとなんだっけ? 『公務執行妨害』でパクられるよね。

 ――ってそんなこと考えてる間に、里緒菜はサツの一人を殴り倒してた。


「あーあ、やっちゃったなぁ……バカじゃんあいつ」と、あたしは小声で愚痴って、大人しく地面に座り込む。


 杏奈と里緒菜はサツを押しのけてきょーこーとっぱして逃げて行く。


「こらっ!! 待ちなさいっ!!」


 ピーッ!! と、耳に障るような笛の音が鳴り響いた後、どこで待ち伏せてたのか、別のサツが三人出てきて二人を追いかけて行った。ま、すぐに捕まるだろうなー。


 ――その場に残った二人のサツは、あたしの前にしゃがみこむと質問攻めをしてきた。


「きみたち、漆原うるしばら高校の生徒だよね? こんな時間に何してるの? 最近街中で暴れてる三人組の不良女子高生がいるって通報を受けててさ……これってきみたちのことだよね? さっきも小学生相手に何してたのさ。ねえ、黙ってちゃ何も分かんないでしょ」

「はぁ? 黙ってるも何も、オマエがずっと喋ってるせいでこっちが話せねーんだろ」

「なんなのさその口の利き方。とりあえずさ、交番まで来てもらうよ」

「チッ、マジでウザッ……!」

「いいからさっさと立って!」


 あたしは二人のサツに補導されることになった。






 交番に連れていかれ、一人が外に出て、もう一人があたしを椅子に座らせ、向かいの席にそいつが座った。


「――で? ちゃんと反省してるの?」


 あたしの目の前にいる若いサツは長々とお説教をした後、そんなバカげた質問をしてきた。


「は? なんで?」

「いや、『なんで』じゃないよね? きみ、補導されたの今回で二回目らしいじゃない」

「そうだっけ?」

「とぼけないっ!! えっと……前回は『万引き』で補導されたんだって?」


サツはなんか資料を見ながらそんなことを聞いてきた。


「覚えてねーし……」


 …………中学三年の頃だっけ……? ちょうどあのクソオヤジがいなくなって一年経って…………周りのクズに命令されて仕方なくコンビニで万引きした時、それが店員にバレてサツにパクられたんだった。

 確かにここに来たのは今回で二回目だわ。




「――ちょっときみっ!! 聞いてるのか!!」


 怒鳴り声が響いた。気づけばあたしはうつむいていたらしい。顔を上げて「はっ??」とバカにした顔を見せてやる。


「――まあいい、ちょうど少年課の刑事さんが事務室にいらっしゃるから、その方に対応していただくよ」


 そう言ってサツは席を立つと、奥の事務室のドアを開け、「すみません風見さん、ちょっと一人対応をお願いしてもよろしいでしょうか」と言った。


 中から黒髪セミロング、青いシャツにピンクの短パンを履いた若い女が出てきた。年はまだ二十代前半とかじゃないの。なに、ちょっとカワイイんだけど。




「おぉっ、ギャルがいる!」


 ――女の開口一番のセリフはそんなものだった。


 あたしは女を指さしながら、隣にいるサツに「こいつ誰?」と訊いた。サツは「こら! 指差すな!! この方が少年課におられる風見かざみ優奈ゆうな巡査部長だぞ!」とキメ顔でそう語った。

 女はさっきサツが座っていた席に座ると、あたしと正面から向き合う。



「…………ふーん?」


 女はあたしの顔をじろじろ見てくる。なに、この女。


「綺麗な金髪だね」

「――え?」


 女はちょっと微笑みながら突然そんなことを言いだした。あーナルホドね、そうやって相手と打ち解けよう的なスタンスで説教をするタイプのヤツか。とりあえず、あたしはてきとーに答えを返しておく。


「まぁね、毎日手入れしてるし」

「そうなんだ…………ふぅん…………」

「――で? 何が言いたいわけ?」

「まぁまぁ、せっかくここに来てくれちゃったわけだしさ、少しお姉さんとお話しようよ」



 ――ゼンゲンテッカイってやつだ。こいつはただのウザイクソババアだった。


「やっぱさ、年齢の近い子ってなかなかいないからさ、お姉さんもちょっと寂しいわけよ」

「――なんか勝手に喋りだしたし」

「いやいや、人って喋れなくなったら終わりだからね?」

「知らねーし」

「あれ、今時の子ってこんなにノリ悪かったっけ?」

「いや、あんたがウザイだけなんですけど」

「あー、そこにいるムサ苦しい男がウザイんだね? うんうん、分かる分かる」


 ――この女の頭の中がどうなってるのか分かんなかったけど、女が目でサツに合図すると、サツは渋々交番の外へ出て行った。


 そして女は優しい表情になって喋りだす。


「――これで話しやすくなった? "まりな"ちゃん」

「……は? なんであたしの名前知ってるわけ?」

「まぁ、漆原高校にも私の知り合いがいるからね」

「…………センコーの誰かがサツにチクったってこと?」

「そういうことになるかな。『もしその子たちが補導されることになったら、何とか穏便に済ませられるようにしてほしい』って頼まれててね」

「そんなの学校側の都合じゃん。知らねーしそんなこと」

「そう思う? でもね、それってお互いのためじゃない?」

「なんで?」

「だってめんどくさいでしょ? 公になったらなったで、他の親御さんたちは学校側に苦情を出すだろうし、こうやって交番でお説教されて、家に帰ったらまたご両親から怒られて……」

「ま、確かに」

「でしょ? だから、できる限り本気で怒られるのは一度だけにしてあげたいなーって」

「……ふうん? じゃあ今から本気で怒るってこと?」

「ううん、私からはそれ以上は言わないよ。だから後で親御さんに連絡して、親御さんから直接言ってもらうことになるかな」

「どうせ学校にも連絡するくせに」

「"一部の人"にだけはね」

「あっそ」


 …………まぁババア一人だけが叫ぶくらいなら、全然問題ないか。


「じゃあここでの話はこれでおしまい。だからもうここには来ちゃだめだよ、まりなちゃん」

「うっさい」




 ――――しばらくして。




 ババアが交番にやってきて、何も言わずにあたしの手を無理やり引いて、速足で家まで歩いて行く。

 そして家に着くと、そのままリビングまであたしを引っ張っていき、まるで投げやるかのようにあたしの手を放り投げた。






「いい加減にしなさいよあんたはっ!! どれだけ親に迷惑かければ気が済むのっ!!」

「ガキをボコろうとしただけじゃん。あと、言っとくけどあたし"見てただけ"だし。殴ったのは里緒菜だし」

「指示したのはあんたでしょうが!!」

「里緒菜が勝手にやっただけだし」

「屁理屈ばっかり言うなっ!!」


 ――今日は大人しくしてくれなさそうだわ、このババア。


「あんた、人の話――うっ……うぅう……っ!?」




 ――突然、ババアが胸を押さえて苦しみだした。は? 何の冗談なわけ?


「ババア? どうしたの?」

「あっ……! はっ……がっ…………うぅう…………うぅ…………っ」


 バタンッ!!


 ババアは胸を押さえたまま床にぶっ倒れた。


「ちょっ、マジ? 嘘でしょ? なんでなんでっ?! え、どゆこと?!」


 あたしはババアに駆け寄って身体を揺さぶってみる。


「ちょっとババア?! ねえ、どうしたの!?」

「…………う……ぅう…………うぅ………………」


 目を瞑ったまま、うめき声を上げてて、もうどうすればいいか分かんなかった。


「えっと……えっと…………こういうときって救急車呼べばいいんだっけ……?!」


 あたしは急いでスマホを取り出して百十九番にコールする。少しして電話口から男の声が聞こえてきた。


「こちら、百十九番です。火事ですか? 救急ですか?」

「あ、えっと……『救急』です……!」

「どうされましたか?」

「あ、あの……あたしのババア――あ、えっと……母親が倒れちゃって…………!」

「倒れた方の年齢は分かりますか?」

「はぁ?? えっと……四十一歳です!」

「状況を教えていただいてもよろしいですか?」

「えっと……その……いきなり胸を押さえて苦しみだして……そのまま意識失っちゃったんです!」

「場所はどちらですか?」

「ああもうっ! なんでもいいから早くこいよぉっ!」

「落ち着いてください、一分一秒が命取りになりますので。……もう一度お聞きします、場所はどちらですか?」


 素直に現住所と電話番号と名前を伝えて、あたしは大人しく救急隊員の指示に従うことにした。











 ――――母さんは搬送先の病院で何とか一命をとりとめたけど、酸素マスクをつけてずっと眠ったままだった。

 あたしは近くにあった丸椅子に座って、しばらくの間看病をしてやることにした。まだ喧嘩の途中だったのに……勝手に倒れるなんてバカじゃないの。

 文句の一つや二つ言ってやったら、目を覚ますかな……




「…………肺癌、なんだって? しかも、末期らしいじゃん」


 ――反応はない。


「ざまあないよね…………数年前から患ってて、しかも何も言わずに我慢して朝早くから働きに出てさぁ……バカじゃん……それに末期ってことはさ……もう長くないわけじゃん……?」


 ――何とか言えよ、くそババア。


「なんで何も言ってくれなかったわけ……?」


 ――マジふざけんなよ……!


「こんなダサい姿になるまであたしなんかと喧嘩してさぁ…………バカじゃないの…………?!」


 ――ほんとにありえないよ…………!


「あたしのことなんて放っておいてくれればよかったじゃんっ!!」


 ――指が……母さんの指が動いた気がした。


「母さん? 母さん!?」


 ――母さんはうっすらと目を開けてこっちを見た。


「……まり……な…………」

「な……なんだよ、目ぇ覚ましたのかよ………」

「ない……てる…………の………………?」


 ――言われてはっとした。いつの間にかあたしは泣いてたっぽい。あたしはそれを隠すようにして軽口をたたいた。


「泣いてねーよバーカ……」

「まり…………な…………」

「……なんだよ」


 ――あたしは母さんの口元まで耳を寄せていく。そしてそれははっきりと聞き取れた。






『どうかまっすぐに生きて』と。 






「うっさいよ……ババアのくせにさぁ…………」


 そう言ってやると、母さんは少し微笑んでくれた。




 ――少しして、医者が病室の中に入ってきた。「これ以上は患者様の負担になりますので、そろそろ休ませてあげてください」と言われて、あたしは病室から出ることにした。


「じゃあね……また来るから…………」


 ――いつものあたしらしくない言葉が出て、自分でも気味が悪く感じて少し笑っちゃった。






 ――病院から出ると、もう外は暗くなりだしてた。


「…………母さん、大丈夫かな……」


 あたしは振り返って、もう一度母さんがいる病室を見上げてみる。


「…………帰ろ」


 そして踵を返して歩道に出た時――あたしと入れ違いに五台の黒い車が病院の駐車場へと入っていく……


「えっ……なにあれ……」


 気になったあたしはその黒い車を目で追った。

 車の中から次々と黒スーツの男が出てきて、その中にめちゃくちゃ目立つ男がいた。


「えっ……『銀髪』??」


男たちの先頭に立ったのは長身の銀髪のイケメン。そいつは右手にジェラルミンケースを握り、十数人くらいの団体を束ねて病院の中に入っていった。

まぁ、ああいう連中には関わらないのが一番だろうな。そう思ってあたしはもう誰もいなくなった自分家へ帰るこにした……






 ――次の日。




「――ねえまりな、聞いてる?」

「えっ……?」


 いつものように朝から杏奈と里緒菜を連れて街を歩いてた。杏奈が何かあたしに話しかけたみたいだったけど、どこか上の空で聞いてたので何の話をしてるのか分かんなかった。


「ごめん、なんか言った?」

「今日の昼ご飯何にしようかなーって話だったんだけど…………どうしたのまりな、今日なんか変だよ? 大丈夫?」

「そういや朝から元気ないよねー、なんかあった?」


 あたしは自分の母親の状況を二人に説明する。


「うわ……マジで? それヤバくない? あたしらと一緒にいていいの? 寧ろ病院で親の看病してた方がよくね?」と里緒菜。

「今さらあたしが行ったところでどーしよーもないって」

「いや、まぁ……まりながいいんだったら、私は何も言わないけどさ…………」と杏奈。

「なんかさ……気分転換してないと落ち着かないんだよね、付き合ってよ」


 あたしたちはまたこの日も美味い店を探したり、屋台で食べ歩きをしたり、ゲーセンで遊んだりしてまったり過ごした……











 ――うるさい携帯の着信音であたしは目を覚ます。


「……え、何? 電話? 誰から?」


 携帯の時計を見てみると、まだ夜中の二時十四分だった。杏奈たちと別れてまだ数時間しか経ってない。かけてきた相手を確かめてみると、『須々すすだ総合病院』だった。母さんが入院してる病院の名前で間違いない。どうしたんだろう?


「はい、もしもし?」

「夜分遅く失礼したします、須々田総合病院の杉田すぎたです。宮川みやがわ奈津子なつこ様のご家族の方でお間違いないでしょうか?」


 ――女性の声だ。それに宮川奈津子っていうのは母さんの名前だ。


「はい、そうですけど?」

「宮川様のご容態が急変いたしまして……今、危篤状態になっています……早急に病院にお越しいただくことは可能でしょうか?」

「――えっ……」




 ――あたしは駆け出していた。病院まで走って十数分もかからない距離を……

 何でこんなに必死なのか自分でも分かんなかったけど……とにかくあたしは一心不乱に走ってた。息が切れて苦しくても、一分一秒でも早く病院に行きたくて……静まり返った街中を走り続けた。






「――母さんっ!!」


 あたしは乱れた息を整える間もなく、母さんに飛びついた。


「母さんっ! 母さんっ! まりなだよ、分かる?! あんたのクソ娘のまりな! 分かる?!」


 …………母さんは目を瞑ったまま。周りにいる看護師や医者たちは揃って俯いている。恐る恐るあたしは訊いてみた。


「あ、あの……母さんは…………?」


 すると、近くにいた眼鏡の医者が気まずそうにしながらこう告げた。


「申し訳ありません…………延命措置を施して最善は尽くしたのですが……………………ほんの二、三分ほど前に、息を引き取りました……」

「そんな…………」


 力なく床に膝をついたあたしは、それでも母さんの手を握りしめれば目を覚ましてくれるんじゃないかと思って……


「…………何の冗談なんだよぉ……ねぇ……! 母さぁああんっ!!」


 母さんの手にすがりつくようにして、あたしは号泣した。

 声が枯れるまで……涙が出なくなるまでずっと……






(第二幕へ続く)

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