☆隣の清水さんとの距離を自覚する
☆→静くん視点
音楽でも彼女は隣の席だった。補足だが、違う科目でも隣の席だった。
歌うのが好き、と言っていたのもあり、声出しから他の人とは違う声質であった。
いつも出している声とはまた違った深みのある声に聞き惚れてしまう。
好きなアーティストの曲は聞くが、学校で習う曲にはそこまで興味なんてないにも関わず、彼女の声なら聞いていたい、と思えるほどの魅力も感じられた。彼女は確かに上手かった。
「清水さん、歌上手いねー」
「去年中学で、合唱部のソロもやってたんだって。英語か、イギリス語?の発音ヤバいらしいよ」
「確かに、発音良すぎてあたしもう耳が追いつかないもん」
そんな噂も耳にしたことがある。
英語の発音に関しては自分も同意である。
「Good morning,everyone! Let's talking! さぁ、隣の人と挨拶をしましょう!」
英語の時間が始まると、隣同士で挨拶をすることが決まりである。伊藤先生が少しでも英語に親しみを持てるように、ついでに早く隣の席の人と仲良くなれるように、と思ってのこの慣例。
『仲良くなるのはついででいいんですか』と誰かが言ったのに対して、『人には相性があるからね。合わないな、と思った時にどうやってその場を凌げるかもこの先必要なことです』と何食わぬ顔で言っていて、この先生はどんな人生を歩んだのだろう、とほぼ全員が戦慄したのは言うまでもない。
「あー、Hello. Mr.シズカ. How are you?」
常々思うが、清水さんは物静かな印象に反して、かなり度胸が据わっているんじゃないだろうか。
いや、オンオフがしっかりしているのかもしれない。
英語だからと言っても、隣の席の異性の名前を呼ぶのは気恥かしさもあり、やや勇気が要ると思われるのだが、彼女はすんなり挨拶をしてくれる。
それは初めの頃から。
外国に在住経験があったんですか、と思わず疑問に思ったほどナチュラルに挨拶をされ、さしものオレも驚いた。
「I'm fine.Thank you.And you?」
「I'm fine too.」
だから、オレたちの挨拶が終わるまで、誰も口を開いていなかったことにその時は気付かなかった。
少しの沈黙の後、清水さんが元の姿勢に戻るのを合図に、周りが挨拶を交わし合うのを聞いて、そういえばさっき物凄く静かだったな、と思い至る。ということは、少なからず周りも初めの一歩は勇気が要ったのだろう。
てっきり、あの友達百人なんて夢じゃない山本が先に口火を切ると思っていたのに、予想が外れた。
これで授業も滞りなく進むわけだが、あの沈黙を打開した彼女に、周りも尊敬の念を向けるようになる。
「よくあんな状況で話せるよね、あたしあんなの絶対ムリ」
「私も、緊張して噛んじゃいそう…よくやるよね」
「俺なんて何喋っていいのかすら分からなかった」
山本は本当に、どうしてこの高校に受かったのか甚だ疑問である。
女子に混ざってよくそんなに喋れるな、と感心の域に達している傍ら、だからお前喋らなかったのか、と納得する。ウケ狙いなのか、本気なのか(多分後者であるだろうが)、とりあえず、あそこの会話は盛り上がっているようだ。
巻き込まれないうちにその場を退散し、弁当を食べに行った。
『Hello. Mr.シズカ』
優しい声音だったな、となんとなく思い出す。
他の子に、下の名前で呼ばれても特に何も思わないのに、彼女の声はやはり響くものがある。
そういえば、彼女は自分のことをなんと言っていただろうか。
「はい、佐久間くん」
それもそうか、とプリントをもらいながら納得する。でも、なんとなくモヤッとするものを感じた。
別に苗字でも、名前は名前だ。彼女の声は相変わらず優しくて、こちらも穏やかな気持ちになれる。
だが、そのささやかな瞬間も、ある日の朝に名前を呼んでくれ、と欲を出してしまったからか、次第に苗字で呼ばれることもなくなっていった。
やはり引かれたのだろうか。今からあの日のことを後悔しても、もう遅い。
「ッぶねー、おい、シズー! 煩悩捨てされよー!」
「お前が宿題をするようになったら、変わるかもな」
「ヤダ、俺のこと心配してくれてる…?」
「逃げろ、ヤンマー(山本のこと)。シズが割と本気だ」
バスケ部では相変わらず集中できていないと(恋煩い=)煩悩と茶化されるし、散々だ。
そして、そんなことが続いたある日、珍しいことが起きた。
「Good morning,everyone! Let's talking! さぁ、隣の人と挨拶をしましょう!」
「………」
「………」
お互いに向かい合ったまま、何故か彼女は黙してこちらを見据えていた。かと思えば、段々と視線が下に落ちていく。
もしかして、体調が悪いのだろうか。心なしか、顔が強ばっているようにも見える。
一度、下に下がったままの視線を横に動かした後、キュッ、と眉が顰められた。
これまた見たことの無い表情に、思わず見つめていると、彼女は思い切ったように口を開いた。
「How are you?」
「I'm fine.Thank you.And you?」
珍しく、名前を呼ばれなかった。
英語のこの時間だけで珍しいが二回続いた。
些か焦ったような口調に疑問を抱いたが、そこからは普通に会話が出来ていた。
と言っても、Aパートを進んでしてくれるので、Bパートを言うだけだが。
見たところ、表情も真剣なものに戻っている。
さっきのは本当に何だったのか。
いつか訊ける日が来ればいい、と教科書越しに彼女を見て思った。
「なぁ、林藤」
「ん?」
昼休みの時間。小学校から同じ学校に通っている親友にそれとなく訊ねてみる。
「知り合い以上って、どうやってなるんだ?」
「………。えっと、まずは話をするところ、からかな。ごめん、それはオレより多分、山本の方が専門だ」
「そうか、話か…。やっぱ、話した方がいいよな」
「うん。でも、佐久間は公の場では話し掛けない方がいいと思う」
「本末転倒だな」
「だね」
そんな会話が繰り広げられるなんて、昔の自分はきっと想像もしていなかったんだろうな、と思う。
さて、どうしようか…。
《補足》
まちさん及び、ちょっとした人々の解釈↓
「(静くんと二人だけって、)よくあんな状況で話せるよね、あたしあんなの絶対ムリ」
「私も、(あの静くんとなんて)緊張して噛んじゃいそう…よくやるよね」
「俺なんて何喋っていいのかすら分からなかった」
(山本っていつもあんななの?)
(うん、あれが通常運転)




