◆隣の席との英語の時間
◆→まちさん視点。
隣の席の男子は今日も今日とて麗しい。周りはイケメンとかハイスペック王子とか呼んでいるが、私は美人さんと呼んでいる。
嘘です。目下、彼の名前を彼のファンクラブにバレない程度に呼ぶ練習をしている。
ファンクラブは恐ろしい。一度巻き込まれてからは、絶対に関わりたくないな、と思っていたのだが、つい最近、席替えをしたのにも関わらず、噂の彼の隣になってしまった。この気の重さ、おわかり頂けるだろうか。
彼の名前を呼ぶときに戦々恐々としなくていい瞬間というものが、実はある。
それは、英語の時間。
「Good morning,everyone! Let's talking! さぁ、隣の人と挨拶をしましょう!」
伊藤先生はコレをよくする。
これは、簡単な会話文を隣の人と向かい合わせになって実践するといったもの。英語の授業の始まりには必ずしなければならないルールとなっている。
女子同士だったら気兼ねしないのに、あえて男子と会話させるあたりがちょっと憎い。
だって、隣の席は彼なのだ。
「あー、Hello. Mr.シズカ. How are you?」
「I'm fine.Thank you.And you?」
普段喋らないのに、なんでそんなに流暢な発音が出せるのか。
表情こそ微動だにせず、真っ直ぐこちらを見ているので気を弛めることはできないが、周りの女子がさりげなく彼の声を聞こうと耳を澄ましているのが嫌でも目に入って大変気まずい。
ほら、この瞬間だけクラスで喋ってんの私たちだけなんだよ?
私と彼の挨拶が終わったらようやく周りが挨拶を交わしあうという徹底ぶり。
初めの頃は彼の人気を甘く見ていて、授業だし普通に振る舞おうと挨拶を私からしたのが運の尽きだった。
私が話しかけ始めると一切の音がなくなり、彼の応えを待つ静寂が辺りを支配するのだ。
異様な静けさに『え、喋っちゃダメだった?』と失敗してしまった感覚に陥ったほどだ。
あまり間を置かずに彼が応えを返すと「ほぅ…」とそこら中からため息が聞こえて酷く肩の力が抜けたのを覚えている。
私のドキドキ返せ。
そんなことがあってから、一度だけ私は無謀な挑戦をしてみたことがある。
いつも私から話しかけるのが癪なので、彼から言わせてみようと黙ってみたのである。
「………」
「………」
「……………」
「……………」
「(マジか)How are you?」
「I'm fine.Thank you. And you?」
折れるしかなかったよね。
周囲の女子の「早く喋りなさいよ」の威圧に勝てるわけがなかった。
すみません、伊藤先生。自分の我が儘で大切な授業時間削ってしまって。
こんな皆して黙るなんて思ってなかったんだ。
というか、彼まで徹底して私の問い掛けを待つなんて思わなかったのが正直な感想だ。
無表情で眼光も鋭いものだから、無駄に私の神経が削られただけだった。
沈黙が長引くほどに訝しげに眉をしかめられるのを間近で見てしまったから冷や汗が出てきていた。
その日の昼時はさすがに親友に泣きつき語って聞かせたが『あんた、チキンなのに変な度胸試しするわよね』と一蹴されただけだった。いやいや、同情してよ。
「でも、よかったじゃん。英語の時は名前で呼んでも女子から睨まれないってことなんでしょ?」
「あ、そうか。いやでも、それは優先順位の問題だと思う」
「うん?」
「みんな、静くんの声を聴くのに集中してるんだと思う」
「へぇ…、イケボ?」
「イケボ?」
「イケメンボイス?」
「あ、なるほど。それは、ええ、もう」
自信を持って言える。低すぎることのないテノールの声音。私は好みである。あまり無駄なことを話さない性分だからか、彼の声が聴けるのはレアだと聞いたこともあるが、隣の席という環境故、彼はそれなりに喋っているイメージを私は持っている。
さりげなく話の筋を逸らされたことに気付いた時には、お昼時間も終わっていた。
とりあえず、もう二度と伊藤先生の授業を妨害しないようにと、さすがの私も学んだ。必ずAパートは私、Bパートは静くんと役割分担し、二人の見本会話が繰り広げられてから、周りの皆が始めるといった異様な授業風景が見られるようになったのだった。
「あんた、発音は完璧なのに、なんでスペル間違えるのよ」
「スペルなんてノリでしか見てないからだよ」
毎日の英語の小テストを不本意ながら親友に見られ、掛けられた言葉に深いため息とともに応える。
英語は耳コピーで限界です。もう、すぐに本番なんだから。
今日も今日とて、運命の時が―――。
「Let's talking! さぁ、隣の人と喋りましょう!」
きた。




