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隣の席は君  作者: 姫野 釉月
38/42

☆隣の清水さんが行く

☆→静くん視点




 長い休みに入って後悔したことがひとつ。


 ―――清水さんの連絡先を訊いていない。


 連絡先をもらったとしても送る文章はだいぶと悩んで結局携帯の画面を閉じると思うが、あるのとないのとでは心持ちがかなり違う、と思う。あったことがないから比較のしようもないけど。

 自分が想いを寄せる清水さんとは隣の席というだけの浅い関係である。自分が片思いをしているだけで、当の本人はこちらを意識している様子もない。いや、巻き込まれないように、という少しの警戒をにじませる雰囲気が垣間見えるので違う意味で意識はしているとは思う。全く喜べないけれど。


「ドンマイ、シズ! 次がある!!」


 だから、今日の試合の観覧席に彼女の姿が見えるわけもなく、きっと彼女は自分のことを思い出すこともないのだろうな、とやや感傷的になる。

 さっき相手のカットを受けてしまってそれが相手の点数に入ってしまったのもあって悔しさついでに上を見上げても求める姿がないことに少々落ち込んでしまう。


「今のはちょっと突っ込みすぎだ。全体を見ろ」


 主将から肩をたたかれながらアドバイスをもらう。

 そう、バスケは落ち込む時間などない。さっきの挽回だと思って焦ってしまったら相手の思うツボだ。

 深呼吸をして、次のゲームに神経を集中していく。

 そこでふと、体育館でたった一人で歌っていた彼女を思い出した。舞台の演劇部の動きに合わせるように全体の動きを把握し、歌い切った彼女の姿を。そして、歌い出す前のまっすぐなあの表情を。

 自分もひとつ、深呼吸をしてみる。


 ―――不思議と、神経が研ぎ澄まされる。


 ボールの移動、人の動きをしっかり頭に入れて、攻めに転じられるように動いていく。


 ―――今だ!


 ボールを手で弾き、先輩に流す。そこからパスとカットの攻防の末、こちらの点数になった。


「シズ、ナイスカット!」


「ナイス挽回! さすが!!」


「先輩もナイスプレイ!」


「よっし、まだ攻めるぞ!」


 主将の檄に部員も士気が高まる。その勢いのまま白熱したゲームが続いた。




***********



「ありがとうございました!!」


 ゲームを何とか勝ちとり、今日の試合は終了である。

 帰っていく他校のメンバーと挨拶を交わしてから片付けをしていく。体育館の大型モップで周回していく傍ら、またもや応援団という名の差し入れ隊を上手いことさばいていくコーチを見やる。


「……なんか、増えてない?」


「先輩たちのファンクラブじゃないか?」


 山本のつぶやきに自分の予想を言ってみる。試合中に先輩たちの名前がよく叫ばれていたし。

 そして視線を移すと、なるべくコーチがさばいているところに近づかないように掃除をしている先輩たちがいた。自分もいつかの練習試合の時に後からコーチに呼ばれて『混乱を招かないようにお前は終わったら出入り口から距離を置け。いいな?』と言われたことを思い出す。

 応援団にちらほらメンバーの家族が見えるのは分かるが、面識のない女子が圧倒的に多い。コーチも大変そうだ。

 一段落したようで、保護者(そして応援団)からの差し入れをもらいながら、反省会をする。

 それが終われば、自由解散となる。応援に来てくれた人たちに感謝の言葉を伝え、先輩たちにも挨拶をする。試合に勝った興奮もあってか、すごくもみくちゃにされた。


「お前の気持ちの切り換えよ。あそこからちょっと崩れるかと思ってたが、逆にバネになってたな」


「一年なのによくやった。お陰で次の試合も出来るぜ」


「勉強もしなよ」


「それは今は言わなくていいんじゃね?」


 思い思いの言葉を掛けあって、更衣室に流れ込む。

 着替えも終わり、さぁ帰るぞ、という時に合唱部の声が聞こえた。


「あん中に清水さんいるんじゃね?」


 条件反射で顔を向けてしまい、察しのいい山本が茶化すように言った。

 途端に食いつく先輩たちと同期たちにため息が零れる。


「今日は見に行かない」


「え、なんで」


「いっぱいいるから」


 後ろも前も、とは言わないでおく。こんな野次馬を引き連れて、そして合唱部をこっそり見るなど出来るはずがない。むしろ清水さんにより警戒心を抱かせてしまうではないか。

 もちろん、清水さんに会いたい衝動はあれども、ここは我慢である。


 ―――と、校門に向かおうとした時だ。

 ギターを背負った黒いカジュアルな服装をしている男性が門の前で電話をしているところに出くわした。

 サングラスをしていて目は見えないが、さっぱりとした髪型をしており、どこか清涼感のある人だ。吹奏楽部の関係者だろうか、と見ていると、不意に山本に小突かれた。


「何―――…」


 と振り向こうとしたその瞬間、風が通りすぎた。

 黒い髪が横を通り過ぎて、男性の方へ駆けていく。

 思わずその後ろ姿を見送っていくと、彼女は男性と電話をしていたのか携帯を切って、そこから更に加速し、あっという間に男性のもとへたどり着いた。


「清水さん…?」


 声が、こぼれた。

 彼女は男性の手に持っていた譜面台らしき黒いものを男性からひったくるように持ち、一言二言掛けてそしてまた戻ってくるかのようにこちらに走り出した。後ろの男性も一緒だ。


「まちッ、待って!」


「さっき言った、急いで…!」


 男性もなかなか早いが、彼女は風をきるように駆けていった。


「はっや…」


「なぁ、合唱部って文化部だよな?」


「あのダッシュは、いいな…」


 主将は以前、彼女をバスケのマネージャーにしたい旨を合唱部部長に話して怒らせたという話を聞いたのだがまだ懲りていないのだろうか。陶然(とうぜん)と言っている主将は本当に部活一筋なんだと思わせる何かを感じた。


「てか、清水さん怒ってんの初めて見たわ」


「すっげぇ声低かったもんな」


 山本たち一年組は日頃落ち着いている清水さんしか見たことがなかったからか先程の光景が信じられないように声を交わす。かく言う自分も驚いている。


「てか、あの男性(ひと)誰?」


 その答えを知る者はそこにはいなかった。



 

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