◆隣の静くんからのサプライズ
◆→まちさん視点
嵐は急に訪れるものである。
「なんで! なんで、まっちゃん、演劇部に入ってくれないのよ〜〜!!!」
「なんか、ごめんね。どうか落ち着いて……」
「なんでダンスの方に行っちゃうのよー! まっちゃんは私のものなのに!!」
「それは…違います」
にこやかに否定の言葉は紡いでおく。
私は合唱部です。それは絶対に譲れない。
「あんたこの子に何したのよ」
「あれ、梨花、陽さんと知り合い?」
「受験の時に近くにいてね。で、この騒ぎは何よ」
昼休みのチャイムから暫く。今日のお弁当を教室で食べていた時のことだ。響き渡るほどの号泣具合の声を出す演劇部の長谷部さんがやってきた。フルネームを長谷部 陽子さん。何故か『陽子』と呼ばれるのがイヤのようで、私は苦肉の策で『陽さん』と呼ばせてもらっている。
この間、体育館の練習に引きずり込まれて以来、何かと話しかけてきてくれる間柄となっている。
梨花は次の教科の準備に席を外していただけで、今しがた戻り、ひたすら泣きつかれている私を見て冷静に入ってきてくれた。
彼女が嘆いていることはつい先日に起こった。文化祭で披露する演目で、合唱部の中でチーム分けが行われた。
もともと、私は合唱部のみの演目と、舞台関係の文化部合同の選抜隊として出る予定であった。
私の出場はそれだけだと思い込んでいたのだが、先日のチーム分けでありがたくも私も他の部とのセッションが出来るらしいことを知った。
もちろん、そこに私の決定権はなく、先輩方が振り分けてくださった組み分けである。
合唱部×演劇部、ダンス部×合唱部、演劇部×ダンス部、といういわゆるコラボの演目である。
私と複数名はダンス部とのセッションを担当することになり、それで今、長谷部さんに恨み節を語られることになっているのである。
「まっちゃん、今からそっちの部長に掛け合ってよー! 長谷部が納得してないって!」
「う〜ん、それは無理かな。ほら、陽さんも志賀部長には言えないでしょ?」
「そこは言った」
「言っちゃったの?!」
「他の部との兼ね合いがあるから無理って言われたからやるせない気持ちをまっちゃんにぶつけようと思って」
「あんたそれ八つ当たりじゃん」
すかさず梨花が私の内心の気持ちを代弁してくれた。
日頃から裏表なく大胆に喋る人だとは思っていたがこうも飄々とされたら憎めない。もはや苦笑しか出ない。
甘んじて彼女の言葉を受け止めて行く内に、やっと気が済んだのか朗らかな笑顔で立ち去って行った。
「……嵐のようだった…」
「ホントにね」
「お昼、間に合うかな…」
私はちゃっかり自分のお弁当は食べられたけれど、長谷部さんはわりと早くに来ていたのでそれだけが心配である。
残り時間もあと僅かなのだが…。わざわざ来てくれたことはありがたいのか何なのか、ちょっと複雑な気持ちになってしまう。
「まち、改めてだけど」
「うん?」
「文化祭の選抜隊抜擢、おめでとう」
「わぁ、ありがとう!」
大好きなのど飴を頂いた。梨花はこうして私の好物をさりげなくくれる。昨年のコンテストでもソロをさせてもらうことに決定した時もこうして飴をくれたのだ。
「わざわざ買ってくれたの?」
昨年のものも、今回のものも、どちらも市販で売っているのど飴ではない。歌う人のためののど飴と銘打っているのもあり、まだそんなに有名ではないのだ。最近は少しずつ名前が知られてきたとも聞いているが、コンビニなどで見かけたことはない。そんなことは分かっているが、聞かずにはいられなかった。
「あんたが喜ぶからね」
「ふふっ、ありがとう!」
こういう場面では素直な彼女が、私は本当に大好きだ。
今度は何を作ってプレゼントしようか今から考えを巡らせてしまう。
「言っとくけど、お返しはいらないからね」
「え、なんで?」
「あんたはあたしに物を贈りすぎ。母さんにも『あんたもうもらってきちゃダメよ』って言われてんのよ」
「ちゃんと消費物だよ?」
クッキーとか、チョコとか…。残る物は誕生日の時ぐらいにしているのに。
「その贈ってくる頻度がおかしいからそう言われてるんだろうが」
「おいしいものとか、皆で食べたいじゃん?」
「頻度を減らしてねって言ってんのよ、気ぃ遣うから」
「えー、お礼は出来る時にしたい」
「充分だから。そんなのど飴ごときにチョコを倍の量とかやめてよね」
「チョコの気分じゃないんだ?」
「人の話聞いてたか?」
そんなやりとりの末、ホントになんか贈ってきたらそののど飴没収だからね、と念を押されしぶしぶ了承したのだった。
***********
のど飴の日から間もなく、それは起こった。
「合唱部の清水まちさんってこの教室ッ?!」
名指しだ。お弁当を持って今日は中庭に行こうと準備していた時に、その女性は現れた。
授業の終了のチャイムが鳴ってそんなに時間も経っていないので、自然と声を上げた女性に視線が集まる。その後、名前を呼ばれた私が見られる羽目になった。
同級生では見たことのなさそうな人だな、と思い視線が上靴に行く。その色は赤。上級生だ。
いよいよ隣の席の超有名人の佐久間 静くんのファンクラブ代表がお越しになられたのだろうか、という考えが頭をよぎったが、それは次の瞬間には消えることになる。
自然と周りの視線が私に集中したのもあり、彼女は目標を定めたようにこちらに凄い勢いで近づいてきた。ひぃ。
「今度の『人魚姫』ってあなた?!」
「人魚…?」
思わず聞き返してしまったが、ふと思い至る節があった。
「そう! 今度の文化祭の選抜メンバーで『人魚姫』のとこ歌うんでしょ?!」
「え、ちょっとわかんないですけど、『海の底の花』担当です」
「それを『人魚姫』って言うのよ!!」
凄い剣幕で言われて納得する。ちょっと悲恋チックな歌詞だからだろうか。
そんなオシャレな呼び方、先輩たちも言ってなかったから知らなかった。
五つの花のもとへ渡り歩く旅人。花たちそれぞれの恋の歌がまず歌われるのだが、それぞれオシャレな呼び名があるのだろうか。練習の時はもっぱら『海』と呼ばれるからあまりピンとこない。
火山の花担当の人とか、なんて呼ばれてるんだろう。
自分で考えるには限界がありそうなことに考えを巡らせられる程度に、相手はじっとりと私に注目していた。
「……あの?」
「あぁ、失礼。わたしはデザイン部の井ノ瀬。今回『人魚姫』の衣装担当になったの。話は聞いてる?」
そういえば、神矢先輩からお知らせが来ていたな、と思い出す。
選抜隊には、それぞれデザイン部の方から衣装の調整があるだろうからよろしく、とメッセージにも入っていた。
よかった、静くん関係じゃない。そのことにまずホッとした。
そして、食い入るように私の体全体を見てくる彼女の行動の意味がようやくわかり、力の入った肩を緩めた。
「はい、聞いています」
「そう、じゃあ話が早いわ。あなた、夏休み中に海かプールに行く?」
「行きます、ね?」
あれ、衣装の話じゃない…?
そんなことをチラッと思った私は甘かった。
「ぜひ、私も同行させて」
「……。……それは、衣装のため、ですか?」
「もちろんじゃない!!」
そんな『もちろん』は聞いたことがない。
冷静な私は突っ込んでいたが、彼女の剣幕がそれを許さなかった。
ガシッと肩を掴まれ、彼女の鬼気迫る表情が近づく。
「人魚といえばまずは水! なるべくあなたと水の動きとテーマに沿うように衣装を手掛けることが私たちの誇りなの! 協力してもらうわよ!」
「……はい」
完全に気圧された。この人、通常でもこのテンションなのだろうか。
「じゃ!そういうことで!おっと、連絡先交換させてもらえる?」
ちゃっかり連絡先を確保され、井ノ瀬先輩は去り、私の昼休みは始まった。
「───というわけで、海におひとり様追加で」
『別日に行けばよろしかろ』
「そんなこと言わずに。ちゃんと働きますから」
『仕方なし…これも人員確保のため。きっちり身体で払ってもらう』
「……頑張ります」
そう言うが早いか電話が切られた。
「───どこの海に行くの?」
今日は静くんにお弁当を渡す日であった。彼が来る前に電話を済ませてしまおうと掛けていたのだが、切ったと同時に背後から声を掛けられ、危うく心臓が飛び出すかと思った。
「あ、え…親戚のバイト先…」
「どこ」
突然の登場と端的な問いに、慌てて場所を答えてしまう。
まぁ、ここからはわりと近いところだし、海は綺麗だから有名ではある。だからか、彼も名前を聞いただけで「あぁ、そこか」と呟いていた。
「静くん、海行かなさそう…」
なんたって目の前の佐久間 静くんは男性であるにも関わらず美人さん。その肌はきめ細かく白い。夏場だからもうちょっと焼けても良いはずなのに、ゆで卵のような潤いすら見える肌である。海ではしゃぐような姿が想像つかない。
思わず零れた言葉を静くんは拾ってしまったらしく、口を噤んで物言いたそうな瞳でこちらを見てきた。
もともと無愛想な彼だが、意外と表情が動いている。彼なりに自分の気持ちを出していることがわかってから、やっぱり彼も人なんだな、と安堵を覚えるようになった。
前まで美人さんは畏れ多い、となんとなく感じていたが、今はそのご尊顔を堂々と見ることができている。それは見惚れてる、とかではなく『この人今何考えてる?』とよくよく見とかなければならないという使命感からだが。
いや、それでも目力は凄いな、っていつも思ってるけど。
さっきの呟きは無かったことにしたくて、さり気なく彼にお弁当を渡す。
「海ぐらい行くよ。部活でもプライベートでも」
受け取りつつ、ちゃっかり呟きの返答がきてしまって、ひぃ、と思ってるままベンチに座ることになった。だから、ハンカチは敷いて頂かなくて結構です。え、はい、すみません、座ります。なんてやり取りも恒例である。相変わらず彼は押しが強い。
弁当を広げて食べようとした時に、さっきの返答が急に思い出されて驚きで聞き返してしまった。
「え、部活?」
「うん、海沿いの小さな旅館の近くに体育館があるってとこ。泊まりがけで行ったことある」
「それは、中学の時?」
「うん」
そんなことが出来るんだ、と素直に感心する。中学の時にそんな企画が出てくることなんて皆無だった合唱部である。まぁ、合唱だからどこでも練習しようと思えば、そこら辺の公園でもできる地域ではあるのだが。
「清水さんのところは?」
「え?」
「泊まりがけの特訓とかなかったの」
「え、うん。合唱部だから。場所は学校で充分だったし…」
「そうなんだ。……いただきます」
「いただきます」
こんな他愛ない話が弾んだのって初めてじゃなかろうか。さっきの会話なんてなかったみたいに昼食の時間が始まってしばらく。彼は思い出したようにお弁当を片付けた後、ポケットから何かを取り出した。
「清水さん、今日はごちそうさま。はい、これ」
「?」
佐久間くんから差し出されたものを反射的に手を出して受け取る。
手のひらにポン、と軽いものが置かれたときに無意識に受け取ってしまったことにハッと気付いた。
「これは…?」
「お菓子」
手のひらサイズの、中身が見えないようにラッピングされた小袋を渡されて戸惑っていると彼はこれまた淡々と答えを口にした。
「……デザート?」
「違う」
お菓子なんて持ち歩いていたのか、とどこか現実逃避気味に思いながら訊ねると彼は予想していた答えを即座に否定した。あまりの早さに彼と小袋を交互に見てしまった。
「なんで?」
「お祝い。合唱部選抜いけたって聞いたから」
「あ。…選抜のこと、静くんに言ったっけ」
「直接は聞いてないけど、いろんな筋から聞いた」
「ごめんなさい」
いろんな筋ってどこのことだろう。とりあえず、いつも練習を見に来てくれている彼にも報告しなければならなかったことであったのに、これは失礼なことをした。素直に謝ると「別にいいよ」と穏やかに返された。
「選抜に決まっても決まらなくても、これまでとすることは変えないから」
「それは…」
正直勘弁してほしい、と言うのはわがままだろうか。変わらないからというならともかく変えないからという言い回しも強い意志が宿っていてとても怖い。
いくら手のひらサイズのお菓子だろうが彼からの贈り物ということには変わりなく、それだけでも戦慄しているのに。手のひらサイズにしてくれたのは彼なりの配慮だとでも言うのだろうか。優しさが違う意味で心に沁みたお言葉だった。




