☆隣の清水さんが来た
☆→静くん視点
声が、聞こえた。
「開明ッ、ファイトー!!」
周りに紛れるように、でもちゃんとした意志を持った力強い声だった。
シュートが、入った。
ドッ、と周りが盛り上がる空気が、会場を更に暑くする。
「ナイッシュー! シズ!!」
「今の流れ、いいぞ!」
珍しく主将からも激励された。
どうやら良いところは見せられたようだ。
その後も接戦は続く。こちらが点を入れたらあちらも巻き返してくる動きをしてくる。
「静、なんか動き鈍くなってないか?」
そんなふうに茶々を入れてくる相手に、不覚にも苛立ちが募りそうになる。
「それはそっちだろ、吏玖」
中学で同じバスケ部だったライバルでもあり、同士。
こいつの飄々とした態度と鋭いカットはかなり手強い。
仲間にボールを上手く回せた。同時に聞こえる舌打ち。
「チッ、やっぱ一筋縄じゃいかないか」
「性格悪くなった?」
「なんか、今日の静、挑発が効くと思ったんだよな。やってみたけど、オレの柄じゃなかったわ」
「あってたよ」
「うるせー」
小さな仕返しのつもりで言ったが、それなりに相手も反省しているようだ。
丁度、点が入り試合終了のベルが鳴る。
「あー、惜しかったな。今のカット出来てたらなぁ」
「残念だったね」
「うぁー、覚えてろよ」
そんな他愛ないことを言い合った後、自軍の輪に戻る。想像以上にもみくちゃにされたが、悪くない。
やっぱり、バスケは楽しい。
「さっさと並べー、お前ら」
整列して礼をするまでが試合だと口酸っぱく言う監督ならではの喝に、興奮冷めやらぬメンバーはいそいそと並びに行く。
そこで、チラッと二階を見る。
黒髪が日に柔く照らされて、そうして淡く微笑んでこちらを見ている女性がいた。
───清水 まち さん。
制服じゃない私服姿だったから、思わず見惚れそうになる。
彼女はゆったりと歩いて、出口に向かっていく。水色のロングスカートが、ひらひらと揺れていくのが見えた。
そしてその手には鍵があった。たぶん、音楽室の鍵だろう。
待ち合わせ場所も決めていなかったから、ちょうど良さそうだ。
礼をして、自軍に帰り反省会をする。
「今日が勝てたからと言って気を抜かないように! 接戦だったのはこちらにも穴があるからだ。そこを上手くカバー出来るように、また特訓をしていくぞ」
マネージャーがカメラを回していたのもあり、後日の部活動で視聴覚室にて改めて反省会をする予定だと知らされる。苦手な部分を客観的に見て、そこから重点的に特訓するようだ。
軽い激励と共に、解散の流れになる。
片付けは勿論、こちらの体育館だから、自分たちがする。
「シズー!」
相手校から、駆け寄ってくる影に仕方なしに振り向く。
「吏玖」
「へへっ、ナイスプレー! さすがオレのライバル! 今度は負けねーからな!」
「うん、頑張って。動きは去年より良かったし、接戦だったから面白かった。次もよろしく」
「敵に褒められてもなー。くそ、嬉しくないからな」
こういう爽やかなところはイヤミもなくて良い奴だと思う。
「まぁ、また勝つのはこっちだけど」
「それはやってみなくちゃわかんねーだろ! そうだ! これからあの広場でもうひと試合しようぜ!」
どうやら、あそこでカット出来なかったのが本当に悔しいらしい。リベンジ頼む!と拝まれたが、自分はこれから用事がある。
「ごめん。今日はもう先約がある」
「なんだよー、敵に塩を送るのはイヤってか?」
「違う。外せない用事がある」
「えっ?! 静来ねーの?!」
隣にいた山本が叫ぶ。うるさい。
ていうか、いつの間に混ざる気でいたんだ。
山本は中学から部活も同じだったから吏玖とも交友があるとはいえ、この展開は早すぎる。
「先約が大事」
「えー、なんだよ、つれないなー」
「そうだぞー、シズ。昼飯奢るからさ!山本が! 」
「オレ?!」
「ヤダ」
「そこで即答しないで?! オレの奢りがイヤって聞こえるから!!」
「あー、ダメかー。ヤンマー、ドンマイ!」
途端に賑やかになるのは、吏玖と山本がセットになるからだ。
昔馴染みだから、遠慮がない。
「お前のところは今から高校帰るんじゃないのか?」
「まぁそうなんだけどなー。連絡するのメンドイからこうやってわざわざ声掛けに……」
「おーい、いつまでダベってんだ! さっさと帰るぞー、吏玖!!」
「……呼ばれてるよ」
「へーへー、期待のルーキーは人気者でつらいよっと」
「さっさと行けば」
呆れて言ったら吏玖は心底驚いたといった表情でこちらを見てくる。
「シズ、お前の口からそんな冷たい言葉が聞けるなんて…思ってもみなかったぞ!」
「すまない。山本への対応が最近コレだから」
「えー、オレ、ヤンマーと一緒かよ、つら」
「聞き捨てならねーぞ、吏玖」
「おーい、かーえーるーぞー!!」
再度、相手校からの催促に吏玖はわかりやすく顔を顰めた。
「しゃあない、ヤンマーにこのやるせない気持ちをぶつけることにするわ。またなー」
「おぃぃ!オレの扱いぃ!!」
颯爽と去っていく背に山本が叫ぶ。ついでに、主将からも怒りの言葉が飛んできた。
山本はべそをかく雰囲気であったが、自分は諸々のとばっちりを受けた気がしなくもないから、そんなに罪悪感は抱かなかった。
「てか、珍しいな、静。お前、大抵吏玖の誘いにはノってくのに」
気分を持ち直した山本が再度こちらに問いかけてきた。
「…そうだったか?」
どちらかと言うとあちらが何かとライバル心を燃やして勝負だなんだと突っかかってきたから暇してた時期に付き合ってただけである。
小・中一緒の林藤のほうがよほど付き合いやすいのに、あの頃はどうかしてたとしか言いようがない。
志望校が違うのも早い段階から分かっていたのもあり、さほど気にしていなかった時も山本と吏玖には今のような顔をされたな、とふと思い出した。
「オレにも用事はあるからな」
「うん、めっちゃ聞いてた」
たまに山本の日本語が分からなくなるが、あえてスルーして片付けを再開する。
入口付近で女子がたむろしていたようで、監督が速やかに帰るよう促していた。
「差し入れは門の外でやれー! さぁ、とっとと解散解散!!」
女子からのブーイングも聞こえる中、監督のあの度胸は本当に凄いな、と毎度感心する。
彼女があの中にいないことをこっそり確認して、さっさと片付けに集中した。
────…更衣室で速やかに着替え、誰よりも早くその場を後にする。
どうしようもなく、気が急いていた。
夢じゃない、と思いたかったのかもしれなかった。
音楽室の前まで来て、息を整える。
中から聞こえる声に、ふと意識が行く。
───……あの後からずっと歌っていたのだろうか。
窓の外に向けて夢中で歌っている彼女の姿がそこにあった。
以前に体育館で演劇部に頼まれて歌っていた時とは違う、柔らかなその表情に思わず見蕩れた。
ドアを隔てていると言うのに、くもって聴こえるその声は今までのものと違うことがなんとなくわかった。
いつも安定しないとこぼしていた部分も、不安無く歌えているように聴こえる。
一通り歌ったのだろうか。手が降りて脱力したように深呼吸をし終わったのを見計らって部屋の扉を開ける。
ハッ、としたようにこちらを振り返った清水さんと目が合う。
「おつかれさま、静くん」
ふわり、といつもと違う微笑みに言葉が奪われてしまった。
なんだか、本当に、無性に相手がかわいく思えて仕方がない。
無難に「うん…」としか言えなかった自分が恥ずかしい。
「………」
「………」
「ど、どうかした?」
「さっきの歌、よかった」
「え、いつから居たの?」
瞬きが多くなる彼女。途端に完全にリラックスした表情から一変してしまい、あぁ、表情が変わってしまった、ととても惜しい気持ちになる。
「さっき。ねぇ、もう1回歌って。近くで聴きたい」
「あ、いや、それはちょっと…」
そうして、彼女が一歩後ろに退くと同時にきゅるる、と間の抜けた音が耳に届いた。
「………」
「………」
「……清水さん」
「……はい」
「お腹空いた?」
うっすらと赤みのあった頬が確実に色を増した様子に、確信を抱くには充分だった。
「……そ、そう! お腹、すいたからご飯食べよう!」
ふとあることに気付いたようにカバンに駆け寄り、二つの弁当箱を出し始める彼女に、何を思いついたか容易に想像出来た。
「清水さん」
「な、何?」
「またさっきの歌、聞かせてね」
空腹なのは本当だから仕方ないけど、歌の件は流すわけにはいかない。
きっちり釘をさすようにお願いすると、清水さんはあからさまに視線を逸らした。
「ちなみにこの後、静くんはどうするの?」
机の上に弁当箱を置いて、窓際に座って彼女はおもむろに聞いてきた。
ちょうど直角を描くような面で弁当箱が配置されている。
さり気なく距離を置かれてる配置だな、と思いつつ席に座りながら質問に答える。
「清水さんの練習を見る」
「え゛?!」
心の底から驚いたような濁った返答に思わず彼女を見やる。
それと同時に、弁当箱に乗っていた箸箱を落とす音が響いた。
「失礼。───え、本気?」
音を立てたことに謝罪してからの切り返しがなんだか面白かったが、なんとか表情を保てた。
「うん。───何か都合悪い?」
「都合悪いっていうか…全く練習に関係ないのに、なんで?」
「清水さんの声、聞きたいから」
あわよくば、そのまま一緒に帰ろうとも思っている。そんなことはあえて言わないけど。
「……そんな聞こえないんじゃないかな」
少し考えたあと、彼女は真顔で言った。
だから、これを食べたら帰りましょうという会話に繋がりかねない雰囲気だった。
「清水さんの声なら、わかる」
「それはそれで問題なんだけど…」
何が問題かわからないが、自分にとっては都合の良いことである。
しばらく咀嚼している間、彼女は唐突に聞いた。
「じゃあ、静くん。合唱の時に私の声、うるさかったかどうか後で教えてほしい」
その『お願い』に、さっきの“問題”というのは合唱としての問題にかかっているのだとやっとわかり、願ってもないことにすぐさま了承した。
彼女が勤勉なことにこれ以上感謝したことはない。
その後の練習で、清水さんの声を存分に聞けて満足した。
彼女が危惧していた合唱部分は、彼女の声が特定出来ないことがわかり、どうやらそれが正解らしい、と合唱部部長の神矢先輩に教えられた。ついでに、練習が終わり、彼女が帰り支度をしている最中に同性だからか神谷先輩が話しかけてくる。
「一緒に帰るの? じゃあ、君たち付き合ってるって噂、ホントなんだ?」
それは初耳だ。




