◆隣の静くんに感化されそう
◆→まちさん視点
そして、私は今。
弁当と楽譜が入った鞄を携えて、体育館前にいる。
このコソコソ感、居た堪れない。
だが、今回は隣に日野原先生がいるからなんとなく『こっちも部活です』というアピールが出来ている感じがして心強い。
日野原先生とは十時に校門前でばったり出会ってしまって、そのまま打ち合わせのような流れになったのだ。
この学校の体育館は2階が設けられている。もちろん、オールスタンドである。座れる場所なんて存在しないし、人がすれ違える程度の幅しかない。合唱部部長や、他の先輩方は来ていないので、文化祭の舞台をどのように使うかを軽めに教えてもらっているところだ。
でも、バスケの試合が目下行われている傍らでその話をしてもいいものか。薄く疑問に思っていた途中、唐突に日野原先生から「で、清水さんは誰を応援するのかしら?」言われて一瞬何のことかと思考が止まった。
「え?」
「清水さんの応援したい子、誰かしら」
『バスケ部でしょう?』と下で試合をしている人たちを見ながら日野原先生が言う。
ちょうど、静くんが相手のボールをカットしてすぐさま仲間に渡して見事自分たちのボールにしたところだ。
彼の言っていた通り、二階席と下には人がたくさんいる。部活の先輩、後輩、そして、誰かしらのファンクラブ。他校の制服なのに、静くんのファンクラブです、と言われたら私は戦慄する。
「佐久間くんです」
「あぁ、あの子ね」
そっかぁ、あの子かぁ、と階下に視線を投じながら日野原先生が頷く。
隠す必要はないし、これだけの人数がいる中、ほぼ注目を集めている彼の名を出しても疑問を持たれることはないだろう。彼に直接お願いされたようなものだが、その事実を知る人はここにはいないのだから。
久しぶりに苗字で言ったなぁ、となんとなく思っていたら「じゃあ、声出ししましょうか」と日野原先生に微笑まれた。
「え、あ、はい」
と言った私はこれから後悔することになる。
「じゃあ、続いて言うのよ」
「はい。───はい?」
「開明ッ、ファイトー!」
「かッ、えっ?!」
ここで?! という私の驚愕に日野原先生は揺るがない微笑みで応える。
「今の出だしはダメね。喉に負担を掛けてしまう。ちゃんと喉を開けて、お腹から声を出して」
「え、は、はい」
「大丈夫よ、周りの人も言ってるから。あそこの人たちと息を合わせて次は言うのよ」
「はい…」
そうか、木を隠すには森。絶対にバレない。さっき考えたことと一緒だ。
ならば、この機会を活かすに越したことはない。
「開明ッ、ファイトー!」
タイミングも見事に合った。少し声を出せてスッキリしたが、ドキドキが凄い。周りには、バレていない。
「さっきよりマシね。じゃあ、次はお腹にマイク当てられてると思って声を出して」
日野原先生にはバレてた。お腹、使えてなかったのバレた。
そこからポイントを抑えての個別レッスンをされた。
凄い、ただの応援なのに全然喉が痛くなってない。ついでに、周りにもバレてない。
後半には恥ずかしさなんて微塵もなく、普通に試合を見られた。接戦であったが、こちらの学校の方が点数が高く、見事勝っていた。
凄い。スポーツ出来る人、カッコイイっていうのがわかる。
その中でも静くんが自然と視界に入ってしまう。先輩方とハイタッチしている。
―――彼は、あんなふうに笑うのか。
嬉しそうだ。
先輩方にも褒められているのか、肩に腕を回され、ガッツリホールドされた後、くしゃくしゃと頭を撫でられている。
男の子らしい喜び方に、微笑ましく思う。
合唱部だから、抱き合うのはあったが、あんな喜び方はやったことがないから新鮮味を感じる。
時計を見ると昼頃だ。まだ一時間半も余裕がある。
日野原先生はもう席を外している。
音楽室の鍵を預かったので、ここはありがたく使わせてもらおう。
周りはまだ興奮冷めやらぬ雰囲気だ。ここは、すぐに退散しても誰も気にしないだろう。
急ぎ足にならないよう、ゆったりめに歩いていき、誰にも声をかけられずに音楽室に辿り着いた。
喉が開いている。これなら、思い通りの声が出せる。好きな歌でも歌ってみようか。いや、それはさすがにダメか。
なんだか、彼らの興奮がうつったようだ。
練習試合と言っても、悔しそうな表情もあり、休憩の度に作戦会議をする真剣な表情もあり、それを全て含めて楽しそうだった。
今なら、あの苦手なフレーズも歌えるかもしれない。
椅子には座らず、窓際に立ってみた。
窓は閉めているから、誰にもきっと聞こえないし、見えないだろう。
身体をリラックスさせて、気持ちを切り替える。
大きく息を吸って、音を紡いだ───…。




