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隣の席は君  作者: 姫野 釉月
32/42

☆隣の席の女子と昼休み

☆→静くん視点






 夢のようだ、と思った。

 以前に『一緒に食べたい』旨を伝え、清水さんから了承を得ることが出来たことがひとつ。

 そこに彼女に明確な意識があったか不明だが。

 そして、木漏れ日が差す体育館裏のベンチまで一緒に歩いて来てくれたことがふたつ。

 そして今、教室ではなく自分の隣に彼女が座っている事実にみっつ。

 以上のことで喜びや戸惑いや緊張で頭の中がごちゃごちゃしている。だから、夢をみているような感覚になるのだろうか。


 彼女が作ってくれたお弁当をつつきながら至福の時を味わう。


 おにぎりだけでいい、と正直思ったし、それでいいとも言ったのだが、野菜や卵まで入れてくれている。

 彼女は律儀だ。

 ささやかな、他愛もない会話にも応えてくれる。


「この卵焼き、清水さんが作ったの?」


「ううん、母作です」


「そう…」


「うん」


 最後の答えが、それだけは譲れない、と声音から語っていた。

 そうか、彼女はだし巻き卵が好きなのか。

 程よい酸味と甘みで、丁寧に作られているのがわかる。自分が作った時は何故か中身がスカスカになるから少し羨ましい。


「他は、ちゃんと作ったよ…?」


 変な沈黙があったからか、彼女がこちらを伺うように言葉を紡いだ。

 なんとなくだが、そんな感じがした。とはさすがに言えなかったので無難に訊ねてみる。


「ホント?」


「ホント」


 しみじみ言われた。そこは胸を張って言ってもいいのに、清水さんのそこら辺の感覚が分からない。

 もしかして、彼女は日頃からあまり料理をしないのだろうか。

 初めて作ってきてくれたとしたら、それはとても嬉しいことだと思う。


「おいしい」


「ね。───ん?」


 かぼちゃの煮付けも甘くていい。

 冷めているのに出汁もしっかり味が染み込んでいるのがわかる。

 文句なく、美味しい。彼女が作ってくれた事実でもう文句なんてないのだが。

 彼女の二度見するような気配を感じたので、改めて彼女の瞳を見て伝える。


「清水さんの料理、おいしい」


 きょとん、とした後、瞬きが多くなる。かと思ったらきゅっ、と完全に目を瞑り、視線が逸らされた。

 何事もなかったかのように、かぼちゃの煮付けを食べ始めた横顔が少し赤く色付いていた。


 もしかしなくても、照れているのだろうか。

 そうだったら、嬉しい。自分の発言で彼女の表情が変わるのが、純粋に嬉しい。


「ここ、日陰になっててたまに疲れた部員が休憩がてらに来るんだけど、昼はさすがにいなくて安心した」


「そうなんだ…」


「吹奏楽部が放課後はパート練習とか言ってここら辺で吹いてたりするのは聞いたことある。清水さんもたまにここで歌ってみる?」


「それは、ちょっと…」


「清水さんって音楽室で歌の練習、一人でしてるけど、なんで?」


「なんで? えっと、個人練習…のため」


 今更な質問だっただろうか。個人で練習してるからそれはわかる。


「吹奏楽部とか、合唱部の先輩たちはどこで練習してる?」


「あぁ、そういうこと…。吹奏楽部は楽器数も多いから視聴覚室とか多目的室でしてるみたい。合唱部の先輩たちは、カラオケとか自宅とか…吹奏楽部とかに被らないようにそれぞれ練習場所を確保してるみたい。詳しくは、知らないけど…」


 ほんの少し、ホッとしたような空気が漂う。彼女はどうやら彼女自身の話題より他の人や物事に話題を移した方が喋りやすいようだ。


「………」


「………」


 もっと話してみたいのだがどのくらい踏み込んでいいのか、掴めない。毎度彼女の練習を見聞きしているだけで、会話らしい会話はそんなにしてない。

 自然と沈黙が降りてしまう。もくもくと食べている横顔に、多少の警戒心が伺える。


「清水さん」


「はい」


 穏やかながらしっかりしすぎている声音。

 部活中に、先輩や先生に声をかけられた時に出るような声だった。少し驚いたものの、用件を伝える。


「また、作ってくれる?」


「え」


 気の抜けたような、不意をつかれたかのような頓狂な声だ。

 そこから、箸を下ろし、斜め下を見た。


 ―――またもや静かな間。


 何か思うところがあるんだろうなぁ、としばし待っていたが、キュッ、と眉間に少し力が込められたのを見てしまった。


「それとも、オレが作ろうか」


「第三の選択肢…?!」


 作っても作らなくても、またこうして二人で食べたい。そんな気持ちが湧き上がるが、単刀直入で言うと断られるのは目に見えている。彼女は何かしら自分を遠ざけようとする節がある。


「あの、それはやめた方がいいと思う。バスケは朝練するんでしょ?」


「するけど、弁当ぐらい作ろうと思えば作れる」


「でも、それは付き合ってる人にしてあげた方がいいと思う」


「………」


 ほら、やっぱり。


「……清水さん」


「はい」


「明日、土曜日に他校と練習試合があるんだけど」


「奇遇ですね。私も明日体育館の舞台に用事があります」


 実は、知ってた。

 この前、合唱部部長と我らがバスケ部主将が予定を伝えあっていたから。


「何時から?」


「14時です」


 部活が終わるのが12時目安だから、そこから一緒に弁当を食べられたらいい。


「じゃあ、10時に来て」


「うん?」


「応援して」


「部外者立ち入り禁止じゃ…」


「14時から舞台を使うんだったら入れるよ」


「10時はさすがに早すぎて怒られます」


「大丈夫、関係ない人いろいろ来るだろうから」


 土曜日はそこまで厳重に学校の出入口は厳しく規制されていない。呼んでもない人はいくらでも来るのだから、来てほしい人に声をかけてもバチは当たらないはずだ。


「来て、見てほしい。そして出来れば、声出して応援してほしい」


 明日の練習試合の相手は、正直な気持ちで言うと厄介の一言に尽きる。

 だから、好きな人が来てくれたら自分の心の平穏は保たれる、と思う。

 逆にかっこいいところを見せたくて無様なところを見せてしまう可能性もあることにはあるが、彼女の声を聞いたら落ち着くと思う。

 練習試合が終わっても、彼女が歌うのならそのまま残ろうとも考えている。

 今から伝えることは、ひとつの賭けだ。


「それと、また明日、清水さんのお弁当食べたい」


 予想通りの、間。


 自分としてはこうするしか彼女との時間を持てない。席が隣でも、日常会話なんてしないし、彼女はこちらに壁を作っているし。少しずつ、互いにこの距離に慣れていけばいいと勝手に思ってる。


「お願いします」


 図々しいお願いとは百も承知だ。彼女は自分を好ましく思っていない。同時に、そこまで邪険にされていない。それはつまり、あまり関心がない現れではなかろうか。

 関心のないものに、時間をさいてほしいと言っているようなものだ。

 断られる可能性は、大きかった。


「あ、うん…い、いいよ…?」


 今、いいよって言った…?

 何故か圧倒されたような、絞り出したような声だったのが気になるが、彼女は確かに了承してくれた。

 そうとわかると同時に、じわじわと感激に似た思いが湧いてくる。


「……よかった。頑張る」


 俄然、やる気が出てきた。

 今日だけじゃなくて、明日も、だって?

 諸々含めての了承と受け取ってもいいだろうか。

 勝手にテンションが上がる。


 それを宥めるためだろうか、彼女からおまけという感じでカップケーキをもらった。


 今、すごく自分がだらしない顔をしているのがわかる。

 口元がどうしても引き上げられてる。


 ほら、彼女も引いているじゃないか。

 そう自分に言い聞かせるも、どうしても抑えられないので、カップケーキで口を塞いだ。




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