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隣の席は君  作者: 姫野 釉月
31/42

◆隣の席の男子とお弁当

◆→まちさん視点。





 どうしてこうなった。

 弁当からお気に入りの卵焼きを口に運び、ちらりとお隣に視線を向ける。

 黒くさらさらな丸い髪、前髪が目に入りそうだな、なんて思ってしまう。だが、まつ毛が長く、上手い具合に目に入らないのだろうな、と思い直す。鼻筋も通っていて、お人形さんのようだ、という言葉に相応しい造形。不格好な俵のおにぎりを綺麗な箸使いで切って口に運ぶ様も、そこらの男子よりも品がある。私の兄なんていくらぺちゃんこになったおにぎりでも素手で食べるのだが、この佐久間(さくま) (しずか)くんはどうやら違うらしい。

 彼を見ていくうちに、私の中の男子という概念が少しずつ変わっていく気さえする。


「この卵焼き、清水さんが作ったの?」


「ううん、母作です」


「そう…」


「うん」


 それだけは譲れない。私の大好物のだし巻き卵。(ネギ)入り。毎日は作れないのはわかっているから週に二回でもいいから入れてください、と拝むと快くオッケーが出て歓喜したのは記憶に新しい。


「他は、ちゃんと作ったよ…?」


「ホント?」


「ホント」


 そりゃあまぁ、疑うよね。

 だが、よく見てほしい。卵焼きだけ明らかに見た目も味も違うことを。弁当箱を開けた瞬間に卵焼きだけ輝いて見えるのはきっと私だけではない。だってこの前、親友に卵焼きだけを取られたもの。


「おいしい」


「ね。───ん?」


 今、かぼちゃの煮付け食べて言った?

 その言葉は卵焼きに言ってほしい。母にメールでもいいからすぐにお知らせするのに。

 じゃないと、私の自画自賛になるじゃないか。それは恥ずかしい。


「清水さんの料理、おいしい」


 視線を合わせてから改めて言われた。控えめに言って、恥ずかしい。クラスイチの美男子としての自覚が果たして彼にはあるのだろうか。

 卵焼きよりも眩しいものを見てしまい、慌てて自分の弁当をつつく。

 ついでに言うが、かぼちゃの煮付けは砂糖を入れすぎてぶっちゃけ甘い。彼は甘党なのか。それとも、私が甘く煮すぎて遠回しにこれめっちゃ甘いと彼の舌に言わせてしまっているのだろうか。

 鮭の塩焼きが甘さを緩和してくれて助かる。

 メニュー的には健康的だが、味付けだけがなんかちょっと健康的とは言い難いことが口惜しい。

 まぁ、彼はバスケ部。運動部だからまぁ大丈夫だろう。カロリー的な意味で。問題は私だ。歌うだけではカバーしきれないものをひしひしと感じている。改善策を講じなければいけないな、と憩いの食事タイムにそんな無粋なことを考えてしまう。それほどまでに、彼との間では会話がなかった。いや、私が続かなかった。

 彼は無愛想だが、それ以上に人付き合いは良い方だ。宿題忘れ常習犯の山本くんとの会話もよくよく聞いてみると、ほぼ山本くんが喋っているが彼もちゃっかり話している。それは打てば必ず返してくれる、そんな信頼さえも見えるぐらいだ。たまに、山本くんが投げてくれた(はなし)を叩き落としているのも聞くが、山本くんに至っては泣きつける友だちがたくさんいることもあってあまりダメージは受けていない様子。

 私に至っては、静くんがどれだけ優しい球を投げてくれようと取りこぼすことが多い。一度は受けとめられるのだが、ポロッと落としてしまう。緊張しているのではない。戦慄しているのだ。


「清水さん」


「はい」


「また、作ってくれる?」


「え」


 今日限りだと思ってました、とはさすがに言えない。わざわざ三日前の夕方に『お弁当を作ってほしい』とお伺いをたてられた時点で心に引っかかるものがあったから。

 しかも三日前だ。期間にちゃっかりワンクッションどころかスリークッション入れてくれて、私がメニューを考えられるように配慮されていた。弁当箱まで彼がわざわざ予備を持ってきてくれて、これは断れないな、と察するのに時間はかからなかった。

 そして、母に『弁当二つお願いします』とはさすがの私も言えなかったので、苦肉の策で『三日後から自分で作ります、お弁当。(でも卵焼きはお願いします!)』と言って、母に何かしら勘づかれるのもそう時間はかからなかった。むしろ『カツアゲの類でないのであれば』と生温いものを見るような目で言われた。言い方よ…。

 自分で作ることにしたので、自分が食べる分には構わない。

 だが、さすがに彼に食べてもらうというのは申し訳ないと思えてくる。日頃、ファンクラブらしき人たちからの差し入れを断っているのを見ているから余計にこんなのでいいのかな、と感じてしまう。

 というか、こんな状況になっていることがまずおかしい──…。


「それとも、オレが作ろうか」


「第三の選択肢…?!」


 そんなの今まで聞いたことない。私が弁当を作るか作らないかの二択だけだと思っていたのに。


「あの、それはやめた方がいいと思う。バスケは朝練するんでしょ?」


「するけど、弁当ぐらい作ろうと思えば作れる」


 嘘でしょ、スペック高いなこの人。文武両道だけでなく時間配分も出来て、料理も卒なくこなすとか一体なんなの。


「でも、それは付き合ってる人にしてあげた方がいいと思う」


「………」


 言えた。これが初めてじゃないけど、確実に彼に届いた。そんな手応えを感じる沈黙がその場に落ちた。


「……清水さん」


「はい」


 この流れで名前を呼ばれるの、よくない。

 そんな気持ちが声に出た。しかし、彼はそれに気にすることなく続ける。


「明日、土曜日に他校と練習試合があるんだけど」


「奇遇ですね。私も明日体育館の舞台に用事があります」


 それより、さっきの私の言葉はどうなったんでしょうか。何度も掘り返すとヤバイものが出てきそうなので自分からはようようと言えない。


「何時から?」


「14時です」


「じゃあ、10時に来て」


「うん?」


「応援して」


「部外者立ち入り禁止じゃ…」


「14時から舞台を使うんだったら入れるよ」


「10時はさすがに早すぎて怒られます」


「大丈夫、関係ない人いろいろ来るだろうから」


 それって、あなたのファンクラブ関係じゃないでしょうか。怖くて聞けない。いや、これは聞くべきことだっただろうか。


「来て、見てほしい。そして出来れば、声出して応援してほしい」


 常日頃から私の声が好きと言っている静くんらしい最後の言葉に、この人本当ブレないな、と呆れを通り越して感心する。


 私としては指定された時間はそんなに早くはないし、見るくらいなら別に構わないとは思っている。思っているのだが、問題は別のところにある。


 さっきの言葉通り、私たちは付き合っていない。

 だから、どうして親友と食べているはずのこの時間に静くんとお昼を共にしているのかよくわからないのだが、なんだか今更感が出ていて突っ込めない。


 応援の件も今更…と他人(ひと)は思うのだろうか。正直なところ、彼のファンクラブに目をつけられることはしたくない。

 ただでさえ、常日頃の授業で隣同士で接する機会が多くて、女子の視線にも鋭いものが混ざってきている。

 相も変わらず席替えをしても隣だし、『そこの席、譲りなさいよ!』という女子も出てきてくれないし。何より、ファンクラブは何してるの、と私が喝を入れたいぐらい向こうから接触してくる気配がないことが余計に恐ろしい。

 あの朝の差し入れの時の女子の剣幕がいまだにトラウマである。

 早くファンクラブの代表者の顔を知りたい。そして私はいろいろ絡まれてるほうなんだ、何とかしてください、といろいろ相談したい。


 いつも親友とは中庭で食べてるのに、今日は体育館裏にひっそりあるベンチ。木漏れ日が優しく穏やかな絶好の場所だと今日初めて知った。意外に綺麗なベンチで安心した。鳥のフンがひとつもついてない。にも関わらず、静くんが使っていないというハンカチを出して自分の方ではなく私の方に『汚れるから』と敷いてくれたのには脱帽した。そんな気遣い、見たことない。兄なんてそんなの頓着しないし、私だってしない。遠慮というか、もはや恐縮レベルに至って彼と一悶着あったのは言うまでもない。イケメン怖い。って、思ったよね。今は…すみません、ありがたく座らせて頂いております。

 ハンカチは後日必ず私が洗って返します。


「それと、また明日、清水さんのお弁当食べたい」


え。


「お願いします」


 頭を、下げる…だと…?

 こんなイケメンさんに頭を下げさせた私って一体何様なんだろう。

 真摯なお願いに、表面上、特に深刻な事情があるわけではない私は了承の意を告げるしかなかった。

 後からファンクラブ怖い、と思っても実質、声を掛けられるどころか全く干渉されたことがないので表面上。嵐の前の静けさかなぁ、なんなのかなぁ、と不安を誰かにお伝えしたい。

 付き合ってないのに、そんなことしていいんですか、と私の中の何かが必死に言っている。だが、この流れで断りにくい。ていうか、ほんの数秒前にちゃんと私言ったし。これは質問に答えない彼が悪い―――…。


「……よかった。頑張る」


 貴方はそれ以上頑張らなくていい。

 切実に思ったものの、結局口に出せなくてデザートのカップケーキをあげたら「ありがとう、助かる」と微笑まれた。

 日頃から無愛想な人が微笑んだら、凄い衝撃をもたらすことを身をもって知った瞬間だった。


 ていうか、そんなに食べれるんですか。

 おにぎりだけにしなくてよかった、ホントに。



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