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隣の席は君  作者: 姫野 釉月
30/42

☆隣の女子に頼みごと

☆→静くん視点




 彼女はまるで、待っていたかのように体育館前のベンチで立ち止まっていた。

 鞄のことをようやく思い出したのだろう。

 思ったより進んでなくて安堵する。

 ひとつため息を落として彼女がこちらを丁度向いた。

 まさか振り向くとは思わず、内心焦りながら鞄を差し出すと、彼女から反射的なお礼を言われた。

 だいぶと憔悴している表情ながらも、しっかりとお礼を忘れないところは彼女の美点だと思う。


「あ、ありがとう。───?」


 今、初めて自分の存在に気付いたかのように見上げられた。

 彼女の疲労が想像以上に凄いことがわかった瞬間だ。


「おつかれ」


「あ、はい。おつかれさまです、そちらこそ」


「うん」


 簡単な挨拶なら返してくれる余裕はあるらしい。むしろ、定型文のように返されている感じもする。

 早く家に帰してあげた方がよさそうだ。

 本当は、こうして同じ帰り道を行くのはあの日以来だからもっと一緒にいたいのだが。


「じゃあ、帰ろうか」


「ま、待って。帰るって、一緒に…?」


「うん」


 そこは、当然の流れだ。


「部活は?」


「終わった」


「絶対ウソ」


 彼女は体育館に視線を移す。『シズ、どこ行ったぁぁぁッ!』という野太い声が響いているのが聞こえた。十中八九、バスケ部主将の声だ。(あずま)先輩から了承を得ているから、今回は許してもらえるだろう。

 ここは適当に話を流すしかないな。


「清水さん、耳、良いんだね。でも、今日はもういいと思う。オレも、皆も集中力切れたし」


 理由が適当過ぎたからか、さすがの清水さんも口を開いた。


「主将さんがやるって決めたら、参加するものじゃない? 夏の選抜メンバーって聞いた事あるけど」


「時間を費やしたら強くなれるわけじゃない。体力はつくかもしれないけど。あの人もそこはわかってると思う、本能的に」


 焦って間違えて主将のせいにしてしまった。まぁ、主将があんな叫びをしなければ彼女は疑問に思うこともなく、心置きなく一緒に帰路に着くことが出来たようなものだから、あまり反省はしないけれど。


「それに、オレの集中が切れたの、清水さんのせいだから」


「え」


 そこは事実である。好きな人が疲労状態で、しかも鞄も忘れていくのだからこちらの方が焦るのは当たり前である。

 目の前の彼女の瞬きが多くなる。この状態になったらなかなか歩みが進まないのも、あの日に学んだ。

 だから、思いきって彼女の手をとって歩き出す。ずっと同じ場所に、しかもこんな開けた場所に彼女と二人きりの場面を誰かに見られたら噂として広まるに決まっている。それがこちらに都合の良いものであれ、悪いものであれ、彼女にそういう噂はあまり聞いてほしくないと思っている。

 だから、さっさとこの場を去るのが一番だ。

 後ろからものすごく深いため息が聴こえた。深呼吸とはまた違うのは、なんとなくわかった。

 自分の私欲ももちろんあったが、こんなに疲労困憊になるのならマイクを渡したことは反省するべきか。

 知らず知らずのうちに、その想いが口をついて出てきた。


「あんな場所で歌わせるんじゃなかった」


 グッ、と繋いでいた手に力が込められた。そうして、何か堪えるような息継ぎが耳に届いたと同時に、彼女が口を開いた。


「なんで、あそこでマイク渡してきたの。断るタイミングだったのに」


「そう? 清水さん、押しに弱いから多分、あのままでも歌わせられたと思うけど」


 これは、もしかしなくても怒っているのだろうか。硬い声質なのに、拗ねているような八つ当たりのような、今まで聴いたことのない声に内心、動揺する。


「練習したことない歌をいきなり歌わされるのは、誰だってイヤだよ。長谷部さんも歌ってくれたのは、嬉しかったけど」


「楽しそうだったね」


「歌は、好きだから。───でも今の状態では、歌いたくなかった」


 それは、今日の昼休みから彼女を苛んでいた悩みの種でもあったのだろうか。

 自分が思っている以上に、彼女は歌うことに対して真摯的だ。そして、同時に自分に厳しい。

 一曲一曲を大切に歌っているのは、傍で見ていて感じていた。彼女は一見クールだが、情熱的な人であるのもなんとなくわかっていたはずなのに。

 さっきの言葉は失言だったかな、と後悔するも、このしんみりとした空気をどうにかしてあげたい。

 せっかく一緒に帰っているのだ。夕日が沈むのにつられて気持ちも沈ませてはいけない。

 意を決して、彼女に振り向く。


「でも、清水さんはよかった」


「うん?」


「清水さんは分かってない。言っとくけど、オレは充分満足してるから。好きな声があの場所いっぱいに広がってたし、清水さんはいい表情だったし…」


「はぁ…」


 自分でも、論点がずれているのは自覚していたが、言わずにはいられなかった。


「ずっと聞いていたいぐらいだったし、ずっと見ていたいぐらい、清水さんは眩しかった」


「え、う…?」


「あんな表情、練習の時には見せてくれないのに、なんであんな場所で…しかもイイ声で…」


「あ、すいません、ストップ!ストップ!!」


 同じことを繰り返し言っているようで、だんだんと恥ずかしくなってくる。

 なんだ、この情けないセリフ。カッコいいところなんて何もないじゃないか。

 彼女が止めてくれなかったら、さらに論点がずれて収拾がつかなくなっていただろう。


「……何」


「か、帰りましょうっ…!!」


 物言いたそうな顔の彼女に問いかけるも、視線も合わせないように手で遮られた。夕焼けのせいか、彼女の顔が赤く照らされている。

 さっき手を挙げてストップサインをするために落としたであろう鞄を拾う彼女を見て、ここからまた視線を合わさない気だと察して思わず彼女の鞄をひったくる。 

 やっとこちらを向いた。筋トレになるんじゃないか、ってくらい鞄を持つ手に重力がかかる。だが、そんなことは今は些末でしかない。


「静くん…?」


「持つ」


「え、あ、いいよ。そっちの方が荷物多いし」


「質量的にそっちの方が重いから。それに───」


「それに?」


「コレがあった方が、もっとゆっくり歩けるでしょ」


 今日は鞄がお互いの行動を制限する日だな、と思いながら、帰路を歩む。

 彼女も気持ちが収まったのか、何やら諦めたのかため息をこぼし、大人しくついてきてくれた。


「清水さんの鞄、何入ってるの」


「重いでしょう。持つよ?」


 すかさずそういう流れに持って行こうとしている彼女に断固とした意志を示す。


「だめ」


「もう、仕方ない人」


 もしかしたら、彼女は疲労している時のほうがフランクになるのかもしれない。

 絶対、面と向かっては言わないようなセリフに、ちょっと驚いた。


「清水さん、仕方ない人ついでにお願い聞いてくれる?」


「何?」


「俺にお弁当作って。おにぎりだけでもいいから」


「朝の差し入れもらった方がいいと思う…」


「朝から甘いものはムリ。昼なら別だけど」


「ううん、よくわかんないけど、別にいいよ」


「本当?」


「うん」


 完全に言葉に覇気がない。

 普通に会話出来てるけど、ちゃんと意識があるのだろうか。

 心配になるところだが、言質はとった。


「じゃあ、明日、弁当箱渡しとく」


「うん」


 次の日。音楽室で約束通りに自分の弁当箱を渡すと三回ほど弁当と自分を交互に見られた。

 フランクになるんじゃなくて、何も考えてなかったんだな、と改めて彼女のことを知った瞬間だった。


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