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隣の席は君  作者: 姫野 釉月
28/42

☆隣の彼女は合唱部

☆→静くん視点。





 神様は、最近自分に優しいと思う。

 音楽室から追い出された矢先に彼女の歌が聴けるなんて、とても幸運だ。

 彼女は明らかに本意ではなさそうではあるけれど。


「お前、どっからマイクもってきた…」


 自分の鞄の回収と、彼女の鞄の避難をしたところで山本が引きつった顔で言ってきた。


 それはもちろん、彼女が体育館で大きな声で紹介された時点から舞台裏に取りに行ったに決まってる、と臆面もなく言うと、山本はあからさまに引いて行った。心外である。


「だって、こんなの絶好の機会だろ」


「ちなみに聞くけど、何が?」


「清水さんの声が大音量で聴ける」


「………」


 ナイス人選、と彼女を連れてきた演劇部の女子には心の底から感謝する。


「え、あの人がシズの好きな人?」


 断言した矢先に、こちらの会話に気付いたように(あずま)先輩が入ってくる。

 こちらに気を遣ってくれたようで、その声は小さかったがちゃんと聞こえたので頷く。


「なんていうか、大人しそうな子だね…」


 そのままである。むしろ何を濁そうとしたのか気になる。

 そういえば、部長にも似たようなことを言われたような覚えがある。我が部の部長ともあろう人が、彼女に直接言ったことは忘れてはいない。


 そんなことを思っている間に、彼女の雰囲気が変わる。


 背筋を伸ばして、マイクを左手に持ち替えた。


 清水さんの歌は、やっぱりよかった。白雪姫の可憐な雰囲気、王子の覚悟を決めたような凛とした雰囲気、それを見事に使い分けていた。間奏であるのか、英語かただの言葉の羅列なのか聞いたことの無いメロディーもずっと歌っていて、本当に至福の一時だった。

 実は演劇部だった…?と隣の山本が呟くのも無理はない。

 歌はもちろん役の感情が見えたし、マイクの持っていない手は優雅に動き、その表情一つひとつに引き込まれる。

 携帯で録画していたが、時間が足りなかったのが惜しい。

 何度録りなおしのボタンを押したことか。

 こんなことならボイスレコーダーも持っとけばよかった。今まで音楽室で聴いていたのに。あの時から何故購入しとかなかったのか、本当に悔やまれる。


 時間はあっという間だった。


 歌が終わって、見ていただけのこちらもほぅ、と息をつく。

 心残りといえば、彼女が微妙に主役に合わせて立ち位置を変えていくからカメラアングルは残念なものになっていることぐらいか。カメラアングルと言ってもそんな大したものではないけれど。ただ、あの表情が丁度見えなくなる位置は頂けない。

 今ここで確認するわけにはいかないので、さりげなく鞄に携帯をこっそり直しておく。


「おい、あれが清水さん?」


「歌上手いって聞いてたけど、ヤベーな」


「清水さんって、歌うと人変わるんだ?」


 最後の東先輩の発言には物申したい。


「彼女は、多分オンオフがしっかりしてるんだと思います」


「へー、なるほどな。やっぱ詳しいな、シズ」


 普段の様子がクールな彼女だからこそ、歌う時は表情豊かになる、そのギャップも実はかなり好きだ。


「あれだけ歌えたら気持ちいいだろうなぁ」


 なんて声がそこかしこから聞こえてくる。

 だが、歌い終わった彼女の表情は浮かない。演劇が終わったと同時ぐらいに合唱部部長の神矢さんが舞台から降りて来るのを見て、彼女はすぐさま背筋を伸ばしていた。


 ………反省会だろうか。一言二言話したと思ったら、途端に悄然としてしまった。


「嘘だろ、あれでへこむってなんだよ」


「合唱部の部長、あんな優しい顔してもしや鬼畜?」


 演劇部の女子に突撃されても、心ここに在らずで、その足取りはゆっくりだった。

 演劇部の背の高い志賀部長と言われていた人が何やら頭を下げている手前、彼女はひとつ会釈しただけで、いそいそと帰っていった。

 ……あの様子だと、こちらに彼女の鞄があることすら忘れている気がする。


「すみません、東先輩。鞄、届けに行ってきます」


「いいよ、そのまま帰りなよ。彼女、心配なんでしょ」


「………ありがとうございます」


 主将は絶対そんなこと言わないだろうな、と思いながら急いで扉をくぐる。

 この体育館には、左右に二つずつ扉がある。一番近いその扉からこっそりと出る。

 清水さんが出ていった扉から玄関での距離はここからだと遠回りになるから、急がなければ。


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