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隣の席は君  作者: 姫野 釉月
17/42

◆隣の静くんが積極的

◆→まちさん視点



 昨日の放課後は夢ではないか。

 そんなことを現実逃避気味に思いながらボーっとしていたら親友から緊急招集がかかった。


「昨日、佐久間と帰ったって?」


 佐久間、というのは私のクラスメイトで、ついでに言うと今現在お隣の席の男子である。フルネームで、佐久間静という。

 さらさらな丸い黒髪に鋭い黒い眼差し、鼻筋は通っていて口元はよく閉じられている。

 綺麗な人なのだ。男子なのに、美人ってなんだ、と思われるだろうがそこにいるだけで目を惹く存在なのだ。

 この学校の全学年が注目している、いわば有名人である。


「え、やっぱり現実?」


「逃避から帰っておいで」


 そう言うのと同時に頭を軽くはたかれた。言葉と裏腹でバイオレンスな親友に涙が出そうだ。昼休みぐらい、頭の細胞を休ませてあげたい。

 しかし、そういうわけにはいかないようで。


「あんたが王子に手を引かれて帰ってったって、火浦(ひうら)が言ってた」


 ヒウラさんって誰だろう。男子なのか女子なのかもわからない。

 その質問は場凌ぎとみなされそうだから今は言わないけれど、後でちゃんと訊こうと思う。


「手を、引かれて…」


 ようやく陽が沈もうとしているオレンジの色の中、確かに自分より大きい手に繋がれて歩みを進めた記憶が頭をよぎる。

 ついでに、その前に起こったことも思い出して一気に疲労感を味わう。

 夢か夢かと思いこもうとした矢先に現実を突きつけられて頭を抱えたくなる。


「ええ、帰りましたね…。もう、なんででしょうね」


「うん、とりあえず吐いてごらん」


「うん、あの、言い方もうちょっと考えて。ちゃんと言うから」


 悩みがあれば打ち明けてごらん、と言いたかったのだろうが食事中だということを考えてほしかったな。多分、彼女はなるべく場を温めているのだろうが、きっとそのやり方は間違っている。

 はあ、と思わぬ盛大なため息が口から出たが、このまま黙っていても何も変わらない。あきらめて口を開いた。


「昨日、部活という名の個人練習中にね、バスケ部の(たちばな)さんって方がいらしたんですよ」


「あぁ、バスケ部部長の…」


「知ってるんだ?」


「生徒会は部長とも顔見知りになるからね。覚えてるよ」


「凄いね、会計だよね?」


「うん、あたしの役職はいいんだよ、あんたの話はよ」


「あ、うん。それで、誰か探してて、それで怒鳴りながらだったからびっくりして……で、見つけたら伝言頼むって言われてその場はそれで終わったんだよ」


「うん」


「強烈な人が来たなぁ、なんて思ってたら、その人が行ってからそう時間を置かずに練習室から静くんが出てきたんだよ」


「ちょっと待った」


「衝撃だったよね」


「待たんかい」


 うまく完結させようとしたがそれは許されなかった。

 やだもう、次に言われることわかるじゃん、この流れ。


「ヤダ~、待つのイヤー」


「出汁まき玉子取るよ」


「絶対ダメ」


 好きなものを最後にとっておくのが仇になるなんて。急いで手で弁当を覆い、次に来るであろう質問に備える。

 慣れない駄々をこねる技はやはり効かないようだ。残念。


「なんでそこで佐久間が出て来る?」


「さぁ、さぼりじゃない? 知らないけど」


「ほう、知らないふりとはいい度胸」


「………」


 さりげなく出汁まき玉子を口に入れる。お母さん、今日寝ぼけてたのかな、しょっぱい。隣の鮭の塩っ気が移ったのだろうか。咀嚼しながら親友とは反対方向に顔を背けていく。

 すっごい睨まれてるのがわかる。


「ちゃんと聞いたけど…うまく(かわ)された」


「へぇ…なんて言われたのよ」


「静かだから、だって」


「あ?」


 今、絶対私がダジャレを言ったと思ったな、親友よ。


「ちゃんとそう言ってた」


「あんた、歌ってなかったの?」


「歌った」


「じゃあ、他に理由あるでしょうよ」


 嘘でしょ、なんでこんなに食い気味なんだ、この親友。

 それはもう本人に聞いて欲しい。


「知りません。躱されたんだって」


 不機嫌になって見せるとさすがの親友もそれ以上聞いては来なかった。だけど、疑わしい眼差しを向けられてしまった。心外である。

 私が一体何をしたというのだ。

 記憶を手繰り寄せると、私の声飽きないね的なことを言われたような気もするけど、それこそ意味がわからない。

 私は歌っただけである。声フェチかと思われる発言もあったことにはあったが、彼のような優秀な人に限ってそんな性癖?があるとは信じたくない。


 刺激を求める女子高生は皆、恋愛に繋げたがる。

 私はまだ、彼に目をつけられたなんて認めたくない。


「じゃあ、最後の質問。なんで一緒に帰ったのよ?」


「……私が動けなかったからです」


「……何されたのよ」


「やましいことは何一つありません。神様に誓えるレベル」


「だって腰抜かすとか、あんたに限ってないでしょ」


 言ってくれるな、親友よ。

 私だって、心の衝撃が凄まじかったら動けなくなるんだな、ってその時知ったから仕方ないが、それでますます疑惑の眼差しが強くなるというのは理不尽を感じる。

 私は無実です、と言いたくなる気持ちをどうか察してほしい。


「人生何があるかわかんないね」


「そうやって詳しいこと何も話さないで、すぐに話を終わらせようとするから疑われるのよ」


「マジか」


「だからすべてお吐き」


「その手には乗らない」


 残りの出汁まき玉子を頬張って、あえて口を封じる。

 親友が私のことを心配してくれているのはよくわかる。長い付き合いだからか、辛辣な言葉とは裏腹にその心根は非常に優しいのがこの親友の特徴だ。みんなから『あの子、ツンデレよね』と共通認識を持てるぐらいには性格は熟知している。

 その心配はありがたいが、正直私から答えられるものは今、手元にない。確信を持てる何かがないのだから、むやみやたらに憶測を喋って、変に噂が流れても困る。噂なんて流さない親友ではあるが、学校という環境のなか、誰が聞いてるかもしれない状況で、そんな無謀な真似は出来ない。明日の私のためにも、ここは黙秘の方が得策だろう。


 そんなふうに思った日もありました。


「―――なんで、来てるのかな?」


「清水さんの歌を聴きに」


 放課後の個人練習の時間。音楽室にて、楽器室からメトロノームを取りに行き、教室に戻ってくると噂の彼がいた。そんなバカな。


「静くん、部活は?」


「ちょっと猶予もらってるから大丈夫」


 ちょっと、意味がわからないです。


「声出しを今日は長めにするから、曲はそんなに歌わないよ」


「それで充分」


 充分ってなんだ。

 この先、不足が出て来るとでもいうのだろうか。それは怖い。


「昨日みたいに歌ってほしいわけじゃない。あれは、清水さんが落ち着きを取り戻すための歌だったし…。今日は昨日より気分はマシでしょ?」


 私の心の動きを察したように彼は言葉を続けて、さらにその内容に戦慄する。

 なんだか、これから毎日練習を見に来るような、そんなニュアンスなんですが…。


「昨日、オレ言ったよね。清水さんの声自体好きだって。それと、これからよろしくって」


 確かに言っていたが、その言葉の意味するところは正直掴めてなかった。

 そして、私はその答えを明確に返してもいないのだが、そのあたりはどうなのだろう。

 彼の有無を言わさぬ鋭い眼差しに、思わず口を閉ざしてしまう。

 彼のファンクラブより、今の彼の存在感のほうが私は畏怖を感じている。


「清水さん、オレのこと苦手意識持ってるようだから慣れていってもらおうと思います」


 それは新手の死刑宣告ですか、とは口が裂けても言えなかった。

 とりあえず逃避が先に働いて、メトロノームを作動させ、いつの間にか声出しに移っていた私は、意外と図太い神経を持っているのかもしれない、とようやく音楽室を後にした静くんを見て、そう思った。


 それから、しばらく日が経って静くんが音楽室での個人練習見学の常連になりつつある頃。

 帰り際に、宿題忘れ及び怠慢による罰で反省文行きとなった同じクラスの山本くんに出会い、開口一番に言われた言葉が以下の通りである。


「なぁなぁ、静と付き合いだしたってホントか?」


 そんなバカな。

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