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隣の席は君  作者: 姫野 釉月
12/42

☆隣の清水さんに想いを馳せる

☆→静くん視点。



 朝練と放課後の部活は、ある日を境にだいぶと鬼気迫るものになった。マネージャーとコーチがドン引きする勢いで、部員達は必死に主将に食らいついていく。

 気軽にバスケ部に入るのはやめておけ、と一年の中で暗黙の了解になるほど、練習量が半端じゃなくなった。

 日に日に、だいぶと体力がついてきたのを感じる。

 帰宅して真っ直ぐにベッドに向かうこともなくなり、宿題と小テスト対策を出来るようにもなってきた。

慣れって、凄いな。

 しかし、そうはいかない人もいるわけで。


「佐久間、ちょっと」


「はい!」


 昼時に、購買から買ったおにぎりとパンとジュースを抱えながらコーチの後をついていく。そこは中庭。


「最近、バスケ部一年が授業中に居眠りをすることが増えた、と職員会議で出てな」


「はぁ…」


「英語の小テストも受けずに眠りこけている、と聞いてちょっと心配でな」


「まぁ、朝練が厳しいですからね」


「お前もそう思うか」


「巷では有名です」


 煩悩を消し去るぞ、と直接言われた自分が原因ではあるのだろうが、それはあえて言わない。


「部活で大学を目指すヤツも中には出てくるだろうから、表立って教師が止める訳にはいかん。だが、頭ももっておかんとこの先しんどいのが世の常だ」


「はぁ…」


「それとなく、橘にセーブをかけてやってくれ。(あずま)にも一応伝えたが、たぶん動き出すのは遅いだろう」


「了解です」


 東先輩は二年で、副将だ。参謀としての素質がありそうな、自分とは違った意味で考えが読めないお人ではある。

 一度主将がどこまで暴走するのか見届けるつもりなのか、頃合を見て止めるつもりなのか、確かにタイミングを図っているのかいないのかわからない表情でいつも部活をしている。

 コーチが言うのもごもっともである。


「あと、今度のテストで赤点取ったヤツは勉強会を開くんだが、お前、教えてやってくれんか?」


「山本は救えません」


「個人名を出すな。今から決めつけるほど悪いのか、アイツは」


 全く…、と首を横に振りながらコーチはその場を後にした。

 勉強会の教師役はあえて返事はしていないのだが…。

 きっと避けられないんだろうな、と思いながら、自分もその場を後にした。


「佐久間、今日の部活、逃げろ」


「何言ってるんですか、東先輩」


 その日の放課後の部活。着替えの前に東先輩に首根っこを捕まれ、物陰に連れていかれた矢先に言い放たれた言葉に、少々戸惑いが隠せない。


「何って、このままじゃ大会に出る前に皆、くたばっちまうから、その対策をな?」


「オレ、一年ですけど」


「一年であろうが、この学校は実力主義。たぶん、橘さんはお前を夏の選抜に入れようとしてる。あわよくば、他の芽も育てていくつもりだ」


「主将はそんなに考えてなさそうですけど」


「あの人、野生だからな。オレの深読みの可能性もあるが、実力を育てていくのに理由なんて後付けでもいいだろ。問題は、このままじゃ試合する前にやる気も体力もなくなるかもしれないという、部活動の危機だ」


「その件に関しては、昼にコーチが…」


「何だ、そうか。様子見してたの、さすがにバレたか。なら話は早い。お前、ちょっと前半戦はどっか隠れてろ」


「はい?」


「お前見ると、主将が燃えちまうんだよ。これからは後半戦に顔出すぐらいでいいだろ、朝練してるし」


「えっと、それは…」


「他の部員にも話は通してある。今は逃げろ」


「はい」


 ―――とは言ったものの、どこに居とけばいいのか。

 とりあえず、体育館裏に居とこうか、と仕方なく座ると、5分もしないうちに主将自らやってきた。

 一日目は捕まり、東先輩には苦笑いされた。

 二日目も捕まり、三日目も隠れていたのに見つかり、ようやく東先輩の『逃げろ』という意味がわかった。

 主将の場合、人気のない場所ではすぐに見つけられるのだと、悟った。

 ならば、一人でも人がいる場所に行ってみようか。

 今なら部活が始まったばかり。外では主将に見つかりやすい。ついでに、女子にも見つかる。

 そうして考えていくうちに、自然とある場所に足が向いた。


 【音楽室】と書かれたプレートの教室の前まで来て、自分は運動部なのに何をしているのだろう、と思い至った。

 でも、しょうがないじゃないか。

 先日、日野原先生に鍵を渡してもらっていた彼女を見たから、半ば確信を持ってしまったのだから。

 中を覗くと、彼女はいた。その傍らには彼女より頭一つ分高い男性がいて、一目で上級生とわかった。

 彼女は真剣な表情でこくりこくり、と頷いて、時にはメモをしている。

 しばらくすると、相手の男性は何かを言い、くるりとこちらに向かってきた。彼女はお辞儀をしてそれから、奥の部屋へと入っていった。


 咄嗟に隠れる場所なんて思いつかなかった。


 ガラッ、と上級生がドアを開け、目と目が合う。


「へっ、君は…?」


 初対面であるはずなのに、やがて何かに気付いたように、急いでドアを閉めた。


「君、バスケ部の子だよね? 橘が鼻息荒く語ってた…」


 主将の様子はどうでもいいが、もしかすると彼は主将と親しい間柄のかもしれない。

 この様子だと、自分の名前も知られているな、と確信した。


「佐久間です」


「あぁ、そう。そんな名前。こんなところでどうしたの? まさか、告白?」


 チラッ、と中にいるであろう彼女のことを揶揄するように視線を一度投じて、こちらにまた向き直った。

 思わず、早口になってしまう。


「いえ、匿ってくれる場所を探していて」


「は?」


 要点を説明すると、彼は「どの部活もいろいろあるんだねぇ…」と感慨深く呟いた。


「じゃあ、この部屋に入りなよ。ただし、練習室の方に身を潜めていてくれ。他の部活のゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁してほしいところだからね」


 特にアイツはうるさそうだ、と苦笑しながらその音楽室のドアを開けてくれた。

 音楽室は計四つの部屋で成り立っている。

 通常使われている音楽室は大部屋で、そこに縦に隣接するように練習室として二部屋ある。そして、彼女が向かった奥の小部屋は、楽器やメトロノームが置かれている楽器室となる。

 彼の言った部屋は練習室。2箇所扉が存在している。


「あぁ、彼女にもバレないほうがいいかも。根が真面目だし、怠けてると思われるのは君も不本意だろう?」


 それはそうだと思うが、なかなかにハードルを上げられた気がする。

 忍びの道を進んだ者しか行けないのでは、と危惧したが、案外行けた。


 彼女は自主練であろうと集中が深いようで、なかなか気付かない。扉をかなり慎重に開けたら音もあまりしないし、メトロノームの音に神経を研ぎ澄ませているようで自分の姿さえ見えなければ余裕で行けた。


 ただ、要注意なのは、歌い終わりに一瞬現実に戻るのか、その時はメトロノーム以外の音を簡単に拾うので、その時は絶対に動いてはいけない。一度音楽室を出た時に、危うくバレそうになった。


 主将もさすがに音楽室に入り込んではいないと思ったのか、はたまた、その忍び込んだ初日にあの上級生と出くわしてそこにはいないよ、とそれとなく釘をさされたからなのか、この付近では見かけたことがない。


 練習室の壁に寄りかかりながら、彼女の歌を聴く。

 完全に今、部活を放棄しているのだが、これはこれで悪くない。


 いつか彼女の隣で堂々とこの歌声を聴けたらいいな、と割と本気で思う今日この頃。


 その後の席替えで、また隣になり、音楽の時間で堂々と聴ける位置にいることにも気づくことになる。

 しかし、それだけでは足りない、と心の片隅で思うようになるのも、時間の問題だった。




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