☆隣の清水さんの行動は読めない
☆→静くん視点。
朝は女子が目を光らせているし、休憩の合間には宿題を見せろと山本を始め男子が来るしで、よくよく考えなくても彼女に話しかける機会はないようなものだった。
朝早くに出会えたあの瞬間は奇跡だったのだと今更ながら感じている。
そんな悶々とした日々が続いたある日、これまた山本が例のごとく宿題を忘れた休憩時間のこと。
「静~、次の数学見せてくれー」
「無理」
「頼む! オレの昼食やるから!」
「間に合ってる」
「そんな…!」
山本が来るのはわかる。毎度のことだから。
むしろ、何故他の男子も自分の周りを囲むのか。そこが一番の謎である。
他の人はしていないのかと訝るが、そのまま着席して動かない男子もいるのでやっている人もいるようだ。
そうして、視線を元に戻す。思わず首を傾げてしまったのも無理はない。
クラスメイトではない男子もいるのだが、果たして進行具合は彼らと一緒なのか。
ため息が思わず口から出る。
「この際、恥はかき捨て…! 清水さん!」
「ふぇっ?!」
聞き捨てならない声が耳に届いた。
山本、お前は恥をかき捨てる前に悔い改めろ。
喉元まで出かかった言葉を飲み下し、清水さんに懇願する山本を見つめる。
丁度、清水さんは欠伸をしていたようだ。慌てて両手で隠していたものの、涙目になって山本の視線から必死に目を逸らしている。
恥ずかしそうだ。
「数学の宿題見せて!」
「えっ」
「頼む! この通り!」
先日、親友の林藤に『彼女と知り合い以上になるためにはどうしたらいい』と問いかけたのに対して、話しかけることと、山本にも聞け、ということであったが、この流れはヤツだからこそ出来るテクニックだな、と冷静に分析する。
心の底では、ギブアンドテイク、それも有りか?と思いはしたが、山本の顔を見て、ないな、と考え直す。
「あ~…っと、私も宿題やってない」
「へっ!?」
「ごめんね」
清水さん、瞬き増えてる。
無理してウソついてるんだろうな、と安易に察することができた。
彼女は何に対しても誠実である。
前の日に忘れた宿題を怠けもせず、朝早くにしっかり取り組むのだから、真面目と言ってもいい。
だから、あの日の朝に二人きりになれたのだ。
今思うと、自分も軽くテンパっていたんだろう。恋心を自覚する前のことではあったが、それにしてもあのチャンスを棒に振ったのは惜しかった。
なんて、それほど遠くはない過去に思いを馳せる間もなく、山本は彼女の腕をとった。おい。
「聞いた? 静、聞いたよな?! 清水さんもやってないって!」
「え、ちょ…!」
「───はぁ…」
これはチャンス!とばかりに輝くヤツの目を見て、感心を通り越して呆れる。
非常に残念なことに、山本と部活は同じだ。故に、自分の恋心も既にヤツに知られている。
だからこその、ちょっとした人質のつもりなのだろうが、甘い。
清水さんの言葉を額面通りに受け止めたのが、今回の山本の敗因である。
「頼む! 今日だけだから!」
それこの前も聞いた。それでも、山本が宿題をする日は来ないだろう。
だから、断る。
───と思ったのだが。
「まちー! 数学の教科書ありがと、う?」
「梨花…!」
若干、引きつった顔をしていた彼女は、隣の教室からやってきた茶髪の女子を見るや否や、花がほころぶような笑顔になった。
それは日頃から表情があまり変化しない彼女からしたら、劇的とも思える変化であった。
声音も相手の名前を言っただけなのに、なんて歓喜に満ちたものなんだ、と呆気に取られた。
「ごめん、邪魔したね」
その言葉にさすがの彼女もショックを受けたようで慌てて足を踏み出したのだが、山本に腕を取られていたのもあり、大きくバランスを崩し、正面の机に腰をぶつけていた。
ガッタン、とかなり派手な音に誰もが彼女を見たが、それさえも些事だというように、一目散にさっきの女子を追いかけた。
『待って梨花!』と廊下に彼女の声が響いているのを聞いたと同時、山本に即座に数学のノートを渡す。
顔面で受け止めていたが、そんなことは別にどうでもいい。
休憩残り時間、約五分。
急いで保健室に行き、保健の先生に許可をもらい、氷嚢を作り、部屋に戻る。
山本たち宿題怠け組は未だに歓喜していた。ハッキリ言って、うっとおしい。
そして、もう一つの扉から清水さんの影が見えた。
自分から渡すのはさすがに目立つか、と思案し、すぐに保健委員の山中さんに『清水さんに渡してほしい』と頼んで氷嚢を渡した。
山中さん、と名前を呼んだ時にだいぶビクビクしていたが、清水さんの名前を出すと頬を赤らめ始めていたので、もしかしたらライバルの一人かもしれない。そんな危惧もしたが、渡した手前、今更取り返すことも出来ず、事の成り行きを見届けることしかできない。
着席して、隣を見ると、山中さんが氷嚢を渡した際、清水さんがかなり心配そうな表情のままとんでもない行動に移ったので、思わず目を見張った。
「きゃっ!」
「ごめん、悪ふざけが過ぎました」
「う、ううん、大丈夫…」
相手が驚いたことにも、彼女は驚いたようでまた瞬きが増えたのが見えた。
そして、真面目な顔をして謝っているのがおかしい。山中さんも反応に困ったように、そそと自分の席に戻って行った。
もしかして、自分はまたもやせっかくのチャンスを棒に振ったのだろうか、と彼女が氷嚢を脇腹に当てる姿を見て思い至るのにそれほど時間はかからなかった。