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アマービリタ  作者: しや
3/30

土曜日の約束

 眼が覚めた。藍色のせいか、夢見が良くなかった気がする。

 遮光性の高いカーテンから朝日は零れておらず、部屋は暗い。時間がわからないので、充電コードを手繰り寄せてスマートフォンで時刻を確認する。午前六時だ。

 普段の起床時間よりは早いが、夜中に目覚めたわけではないようだ。

 二度寝をしてもいいが、柔らかく身体にフィットしながら沈む感覚と俺が足を真っすぐ延ばせる広さがあっても高級なソファーでもベッドじゃないから、寝心地は劣る。

 クッションを枕変わりにしているのもあるだろう。柔らかくてもクッションはクッション。枕とは違う。

 起きるか、と身体を起こす。二日酔いはしていないようだ。

 薄暗い室内の電気をつける。眩しい。カーテンも開けると日の光が室内をさらに照らす。窓を開けると涼しい風が入ってきて、若干残っていた眠気が消えていく。

 窓から外の景色を眺めていると、リビングの扉が開いた。そちらへ視線を映せば、パジャマ姿のみずがいた。袖口が長めで、ゆったりとした白のパジャマを着ている。

 白茶色の髪に灰色の瞳、色白の肌と合わせて夜中に現れたら幽霊と間違えられても不思議じゃない。

 癖のある髪はまだ整えていないからか普段より盛り上がっている。まだ半分程閉じた瞳が俺を不思議そうに捕らえて首をこてんと傾げた。


「ん……いろ、泊ったの?」

「そうだよ。帰るの面倒になって」

「なら最初から送らなくて良かったのに」

「いいのいいの。寛いだら帰るの面倒になっただけだから。おはよう、みず」

「おはよう。何か食べる? 軽いものなら作るよ」

「卵焼き」


 即答するとみずが笑った。ふんわりとした髪が窓から吹いた風で揺れる。


「卵食べすぎ、栄養偏るよ」

「いいじゃん。好きなものは好きなように食べるのさ。でもいいのか? 別に作らなくても冷蔵庫の中から適当に拝借するつもりだったけど?」

「遠慮しなくていいよ。どうせ、僕とあいの分の朝食作るつもりだし。一人増えたって困らないよ」

「わかった。じゃあ頼むわ。そうだ、みず今日の予定はあるか?」

「特にないけど?」

「出掛けようよ、天気もいいし」

「いいよ」

「じゃ、俺はちょっと藍色起こしてくるわ」

「あいならもう起きていると思うけどね」

「ついでに服を借りる」

「ん。わかった」


 寝ぼけていたのか、みずは袖を捲ってエプロンを付けてからパジャマ姿だったことに気づいたようで、付けたばかりのエプロンを外して椅子に掛けてから部屋へ着替えに戻った。

 俺も着替えるか、と廊下に出る。

 ジャージとTシャツとは言え、パジャマにしている恰好で出かけるわけにはいかない。

 藍色の元へ向かう前に洗面所で顔を洗ってさっぱりする。

 玄関近くにあるのが藍色の部屋で、藍色の隣がみずの部屋。反対側は藍色の仕事部屋の、3LDKの作りになっている。

 みずが藍色と一緒に暮らすようになる前から、一人で3LDKを使っていたようで入居年数は長いと以前聞いたことがある。角部屋で防音設備もしっかりしているから、暮らしやすいとかなんとか。

 扉を数度ノックしてから返事を待たずに開ける。案の定藍色は起きていた。


「藍色。服貸して」

「せめて、おはようが先だろ」

「おはよう」


 誰よりも早く起きて、誰よりも遅く寝ている藍色のパジャマ姿は殆ど見たことがなくて、今日もすでにいつもの黒いスラックスに白のシャツをきていた。

 腰まである白髪はポニーテールで纏められている。梅紐はいつもと同じ場所で赤が主張していた。

 キャスターのついた背もたれが柔らかい椅子に座り、机の上で作業をしている。

 顔はこちらへ向けているが、手は休むことなくなれた手つきで動かしていた。


「何? 仕事?」


 よくよく見ると手入れをしているのは藍色の仕事道具だ。磨かれて曇りなき銀色の輝きを見せている。


「いいや。仕事は入れていない。というか断った」

「なんでだよ」

「お前がいるから」

「みずの親友への信頼度低すぎだろ!」

「お前みたいなクズの男に信頼度が存在するとでも思ったのか?」


 真顔で言われた。酷いやつだ。

 俺は遠慮なくずかずかと室内に踏み入れる。藍色の仕事部屋だと躊躇するが、こっちは問題ない。クローゼットの中から、好みの服を漁る。


「昨日の服を着ろよ」

「は? 居酒屋いった煙草臭い服を二日も着られるわけないだろ」

「消臭剤使え」

「嫌だよ。新しい服着たい。お、これにしようかな」


 黒のシャツを取り出す。部屋の明かりに照らされると、真っ黒というよりはやや灰色みがあってちょうどいい色加減だ。ジャケットとズボンも手に入れて腕にかける。


「そうだ。藍色、仕事断ったってことは暇? 出かけない?」

「……どこまで行きたいんだ?」

「察しが良くてありがたいよね。ショッピングモール」

「珍しいな」

「まぁね。行ったことないモールに行ってみたくて。電車で行ってもいいけど乗り換えあるし四十分くらいかかるから面倒でさ。藍色が車を出してくれたらありがたいのだけど、どうかな?」

「別に構わないが。免許持っているだろ? お前なら運転するから鍵貸してといってくるものだと思ったが」

「免許は持っているけど、ペーパーだし、第一藍色の車で事故ったら保険関係が面倒じゃん。人の車借りて運転はしたくないね……ってか保険入っているの?」

「さて、どう思う?」


 なんで曖昧にするんだよ、怖い。

 藍色なら普通に任意保険は愚か自賠責保険にすら入っていなさそうで嫌だ。

 強制保険無視しないでほしいんだけど。

 そもそも免許書からして偽装じゃないとは言い切れないからやっぱり藍色の車を運転したくはない。

 おまわりさんに捕まりたくはない。助手席か後部座席には乗るけど。


「じゃ、宜しく。みずが朝食作ってくれているから、食べたら行きたいと思っているんだけど」

「わかった。それで行こう。手入れが中途半端だから終わったらリビングへ向かう」

「仕事ないならしなくてもいいんじゃないの?」

「使うときに錆付いていたら話にならないだろ」

「こわっ、まぁいいけど。わかった」


 ナイフを研いでいる藍色の姿なんて別段見ていたくもないので、そそくさと退出して洗面台で着替える。ブラシで髪をとかしてから寝癖直しをスプレーする。癖がある髪だから、油断すると寝癖で大変なことになる。

 身支度をある程度整えてからリビングへ戻る。漂ってくる美味しい卵焼きの香りで一気に腹が減る。

 早くあの柔らかくて口の中でとろける卵焼きを食べたい。


「いろ、戻ったなら、皿とか出して準備手伝ってほしいな。そろそろできるよ」

「りょーかい。藍色もすぐにくるって」

「わかった」


 テーブルにランチョンマットを並べてから、食器棚から皿を取り出す。三人分を並べ終わったところで藍色がリビングに姿を見せた。

 ポニーテールはいつの間にか解かれていつものスタイルになっている。飯食べるのに邪魔じゃないのか、その長い髪の毛。わざわざ解く意味は?

 みずが作ってくれたサンドイッチの中身はトマトやハムに、サラダを詰めたものが多い。卵がないのは卵焼きで使ったからバランスを考えてのことだろう。

 頂きますをしてから真っ先に卵焼きに箸を伸ばす。ぱくりと口の中に入れる。あぁ、美味しくてたまらない。サンドイッチも瑞々しいトマトが程よく絡んでいい。

 皿にあった卵焼きが真っ先になくなったらみずが笑いながら俺に分けてくれた。普段なら遠慮するところだが、卵焼きではそうはいかないので美味しくいただく。

 腹が膨れてきたところでコーヒーを口に運ぶ。苦みがちょうどいい。

 食べ終わると、みずが食後にミカンヨーグルトを出してくれた。至れり尽くせりだ。

 自宅だったら、コンビニのメロンパンで済ませていた。料理とか作れないし、そもそも面倒だ。

 食後すぐに動くのも億劫なので、だらだらと休憩をしてから出かけることにした。

 ソファーに座って寛ぎながら、テレビを眺める。

 一時間くらい休憩したところで、鞄を持って外に出る。みずが戸締りをしている間、藍色が一足先に駐車場へと向かった。

 マンションの外に出ると日差しが強い。春の陽気どころかもう初夏ではないだろうか。まだ四月なのに。

 ジャケットはいらなかったかもしれないな、と思いながら駐車場にとめてある白い車の後部座席にみずとともにのる。

 藍色が軽く冷房を入れた。冷房の風が程よく涼しくて気持ちがいい。

 土曜日の午前中だし、道が混んでいるかと思ったが渋滞に引っかかることなくスムーズ進む。


「眠いなら寝ていいぞ、みず」

「うん……じゃあちょっと寝ようかな」


 バックミラー越しにみずが船をこいでいるのに気づいた藍色が声をかける。みずは頷いて瞼を閉じた。

 車の振動って心地よくて眠気を誘うからな、眠くなるのも仕方ない。しばらくしたら眠ったようで、こくんこくんと時たま頭が揺れていた。

 藍色と会話で盛り上がる必要もないので、鞄から読みかけの本を取り出す。三半規管が強いのか、車で文字を読んでも酔わないのは有難い。


「そろそろ目的地だ」


 視線を本から窓へ移すと、大型ショッピングモールが姿を見せていた。

 駐車場は土曜日の混雑を見せていた。藍色が車をとめたところで、隣で寝ているみずの肩を叩いて起こす。


「みず、ついたよ」

「……おはよう」

「おはよう、大丈夫か? 眠いから少し車で寝ていてからでもいいぞ?」

「ん、大丈夫だよ」

「なら、行くか」


 車から降りて、人の混雑の中へと進んでいく。

 大型ショッピングモールにはアウトレットもついていて見どころ満載だ。

 一度来てみたいと思っていたのだが、わざわざ電車で足を運ぶのも面倒だったので、こればかりは藍色に感謝だ。子連れや恋人同士が多い駐車場を歩いてモール内に入る。


「どこにいく?」


 入口でマップを手に取って眺める。

 店の数がたくさんある。現在の時間は午前十時半過ぎ。レストランが沢山目に入って、どれも美味しそうな写真を載せているが、流石にまだ腹は減らない。


「春先の洋服を見よう」


 偶に洋服を買う店があったので、そこの番号を指さす。何着か春物を新調したい。


「そうだな。みずも気に入った服があれば遠慮するなよ?」

「う、うん」

「遠慮するなっていったばかりなのに遠慮するな」


 藍色がやれやれと肩を竦める。藍色の財布なんて服の出費じゃ痛くもならないだろう。

 目が飛び出すほどの高級ブランドがショッピングモールに山ほどあるとは思えない。

 せいぜい、ちょっとお高いブランドものがあるくらいだろう。

 今日は暑いからあとでアイスを食べるのもいいなと思いながら歩いて目を付けた店に入る。

 一部の商品はセールで安くなっているようで看板が出ている。

 気に入ったものが安く買えたら、仕送りをしてもらっている一人暮らしの大学生としては有難い。


「ふむ、私も何着か購入するか」


 店内を見ながら藍色が言った。


「スーツ専門店の方がよくないか?」

「いつもその格好ばかりなわけではないぞ」


 眉を顰めて藍色が答えるが、今もスーツ姿だからあまり説得力がない。カジュアルな店と藍色はミスマッチな気分だ。


「アロハシャツは変な感じがするんだ」

「ハワイの店じゃないだろここは!」

「え、着ないの? 面白そうだと思ったんだけど」

「お前が着ろ!」

「じゃあハワイ連れてってよ、旅行に」

「……流石に海外は面倒だから、国内はどうだ?」


 確かに海外旅行は藍色にとっては面倒だろう。

 俺もパスポート作らないといけないし、藍色程ではないにしても面倒だ。


「国内か……京都とかいいかも?」

「京都は修学旅行の定番じゃないのか? 中学とか高校での行くだろ」

「みずと行くのと、学校の修学旅行は別物だろ」

「それもそうか」


 猫を被っていないといけない人と一緒にいないといけない修学旅行は面倒でしかない。

 気心知れた友達と行くから楽しいのだ。


「みずは行きたいところあるか? 北海道とか。沖縄でもいいけど」


 話題を振られたみずはうーんと旅行本があるわけでもないのに店内を見渡す。


「僕も京都とか興味ある、かも……」


 控えめに興味があるなと思った地をみずが言った。観光の名所だし、綺麗なイメージがある。紅葉の季節で永観堂とか凄く綺麗なんだろうな、と思うが四月の今から秋までは遠いい。もう少し早く行きたい。遅くても夏だ。盆地の夏は暑いとは言うけれど、京都で抹茶かき氷を食べるのも美味しそうだ。


「神社とか、行ってみたい……清水寺とか、三十三間堂とか……伏見稲荷大社とか、色々と」


 修学旅行の定番の地だなって思ったが、みずが中学や高校の学生時代を満喫していたとは思えないし、修学旅行に参加していたかすら怪しい。


「いいね。行こうか。お守りでも買う?」

「そうだね、折角だから欲しいかな」

「みずなら健康祈願とかどうだ?」

「いいね。そうしようかな」


 学業のお守りとか不要だし。みずは俺よりも頭がよく学業優秀だ。


「色葉は恋愛成就か?」

「は? 買わないけど?」

「そうなのか」

「当たり前でしょ。そもそも好きな女の子いないし。いたとしても神頼みなんてしないで自力で成就させますよ。藍色こそ何買うの? 商売繁盛?」

「閑古鳥は鳴いていないし、繁盛してどうする」

「それもそうだ……いつ、京都行く?」

「今は四月だからGWにでも合わせるか? 紅葉の季節もいいがそれだと先すぎるしな」

「俺もそう思ってたんだけどさ、一つ問題があった。今からGWの予約とか京都高くない? 早割とかもう終わってそうだし」


 普段生活する分には十分すぎる程仕送りをしてもらっている大学生だが、流石にGWの京都を余裕で旅行できるほどの財力まではない。

 そりゃ仕送りしてもらった分は全額使わないで何かあった時を考えて毎月ちゃんと貯金はしているけど。


「私が払うが。って、なんだその嫌そうな顔は? 別に奢られるのが嫌いな殊勝な性格はしてないだろお前」

「そりゃ、藍色におごってもらえるのは嬉しいけど、流石に旅行全額は心境的に無理」

「最初ハワイ連れてけって行ったくせにか」

「それはそれ、これはこれ」


 奢ってもらえるなら素直にありがたいが、それにだって限度がある。

 藍色のお金だとしても全額は微妙なもやもやとした心境がのこるのだ。申し訳ないという気持ちとはまた違うような。


「面倒だな。私が払うといっているのだから素直に奢られればいいものを」

「むーりー」

「なら宿代と交通費は私が持とう。GWで高いだろうからな。それ以外は自分で出せ。これでどうだ?」

「……まぁ、それくらいなら、ぎりぎり」


 うん。俺の心境的にもその割合なら、となる。やはり全額奢ってもらうのは居心地が悪いのだ。


「あぁ、みず。お前は全部私が出すからな。お前は私と一緒に暮らしているのだから当たり前だろ」


 俺以上にお金のことを気にするだろうみずには、藍色が有無を言わさずにそういった。


「え、あ」

「皆で京都にいくなら、そういうことは私に任せておけばいい」

「そうそう。なら京都に合わせて服も買っておこう」


 自分が旅行費用を全額奢られるのは嫌なだけなので、みずはまた別だ。

 そもそも、藍色とみずは一緒に暮らしているから生活費の類は全て藍色が出しているわけだし、俺とは状況が違う。


「それがいいな。な、楽しみだなみず」

「うん!」


 お金のことを気にしても藍色や俺に悪いと思ったのだろう、みずは気持ちを変えて楽しそうに微笑んだ。

 つまらない学校の修学旅行ではない。楽しい楽しい旅行がGWに待っていると思うと心が躍る。待ち遠しい。早く四月が終わって五月になればいいのに。

 さて、みずに似合う服を探そう。

 自分の服を探すよりも楽しい気分だ、なんて思いながら服を広げる。


「みずにならこれ似合うんじゃないか?」


 ボートネックタイプの白のシャツを取り出す。身体のラインがややゆったりとしており、袖口は長めだ。細身のみずが着るとぶかぶかだろうが、首回りがすっきりしているのでサイズが合わないという印象はない。


「折角だし、たまにはこういうジーパンと合わせてさ」


 薄めのデニムを取り出して組み合わせてみずに見せる。


「普段身体のラインにあった服が多いから、たまには上はだぼっとさせて、下はスキニータイプですっきりさせてみない?」

「ならボーダー柄もどうだ? 似合いそうだが」


 藍色が持ってきたのを俺は受け取る。確かにボーダー柄もみずには似合う。


「いいね。なら黒のジーパンも折角だし一着どう?」

「籠にいれておけ」

「りょーかい。みずもいいよね?」

「いろと、あいがいいと思ったならいいよ」


 というわけで買い物かごの中にイン。似たようなバリエーションだけにならないように違うデザインの服も欲しいな。GWはまだ夜も涼しいだろうしアウターが一枚あってもいい。あと襟があるシャツもいいな、普段みずはハイネックばかりだし。


「ここのお店だとこんなものかな?」


 サイズが合わないと困るので、三着選んでみずに試着してもらった。俺の見立ては問題なかった。みずにとても似合う。

 俺もみずの服を探しながら見つけた自分好みの服と皮のブレスレットを手にレジに並ぶ。セール価格でお手頃だった。

 藍色も会計を終えたので次の店へ移動する。ショッピングモールで店数は多いが、残念なことにレディースと比べるとメンズは店が少ない。

 なんて今更なことを実感しながら、モール内を歩いていくと本当に人が多い。遊園地かと錯覚したくなる。


「そろそろ飯にするか?」


 藍色が時計を見ながら言った。時刻はいつの間にか一時になっていた。腹の虫もそろそろなりそうでちょうどいい。

 レストラン街は昼時だから混雑していたが、時間をずらしたところで果たしてこの人混みが減ることがあるのだろうか、と思ったし腹が減っているのに後に回す必要はない。食べよう。

 藍色は肉を食べたそうな顔をしていたが、流石に昼間から焼き肉は少々重いので拒否した。


「大体俺はともかくみずが昼間から焼き肉はつらいだろ」

「僕は大丈夫だよ」

「やめとけやめとけ、どうせあとで後悔するから」

「それもそうだな、別のにしよう。肉はまた今度でいい」


 本当に肉が好きなやつだ。そろそろ三十路も近いのに胃袋が元気なことである。二十歳で大学生の俺より胃袋丈夫な気がするよ。

 昼は比較的すいていたパスタの店で食事をすることにした。

 俺はミートソースを頼んで、みずはスープパスタで藍色はカルボナーラを頼んだ。みずは半分食べたところで腹一杯になったようだったので、藍色が残りを食べた。

 食後、買い物を再開する。藍色がみずに似合うと思ったものを迷うことなく購入するのでみずがあたふたする。

 その様子が楽しくて笑うと、みずも表情を柔らかくした。困ったような嬉しいような、幸せなような顔は儚く綺麗だった。

 藍色もスーツを何着か新調した。結局スーツかよ。

 買い物を終えたので、帰る前にフードコートでアイスを購入して食べる。トリプルアイスを選んでみた。


「冷たくて美味しいね」


 冷えて頭に響くのか、きゅっとみずが瞳を瞑った。ストロベリーは甘くておいしい。

 食べ終わったところで駐車場へ向かう。いつの間にか空は血のように赤い夕焼けが支配していた。


「たまには買い物もありだな」


 藍色が車のキーを取り出しながら言った。


「そうだね、楽しかった。あい、色々買ってくれてありがとう」

「どういたしまして」


 ロックが解除されたので、荷物は助手席に置いてから後部座席に座る。

 藍色が運転する車の振動が心地よくて気づいたら爆睡していた。隣にいたみずに起こされたときは俺の家の前に到着していた。


「今日も泊ってきたいんだけど?」

「折角家まで送ったんだ、帰れ」

「はいはい。みず、明日も遊びにいくから、午前中に行く予定」

「わかった、待ってるね」

「藍色、服は今週中に返す」

「あぁ、それでいい」


 仕方ないので今日は家に帰ろう。明日は日曜日で大学も休み。

 面倒なレポート課題もない。朝から遊びにいこう。

 一日ぶりの家は、いつも通りでなんとなく寂しかった。



 日曜日。朝、目が覚めて、早々と着替えて準備をしてから藍色の自宅へと向かう。いやはや、徒歩圏内で迎えるのは有難いことだ。今日も昨日と同じで晴天。春の日差しは暖かだ。

 俺が借りているマンションよりもさらに家賃が高いマンションへ到着する。オートロックを解除してもらってから、エレベーターに乗って部屋のインターホンを鳴らせばみずが出迎えてくれた。


「本当に朝にきたのかよ」


 リビングではソファーを一人で占領していた藍色が嫌そうな顔をしていった。足を豪勢に伸ばして、お茶を飲んでいる。


「当たり前だろ。日曜日は終わるのが早いの。のんびりしていたらあっという間に月曜日になるだろ」

「いろ、何か飲む?」


 みずが尋ねてきたので首を横に振る。


「自分で入れるから大丈夫」


 勝手知ったる振る舞いで冷蔵庫からお茶を取り出して飲む。

 日曜日の時間経過は週の中で一番早く感じるが、リビングでゴロゴロとみずと喋っている時間は楽しくていいと思っているとインターホンが鳴った。

 藍色が眉を顰める。一瞬だけ不穏な雰囲気を醸した。藍色の家に一番多く足を運ぶ俺がこの場にいるのに来訪者がいることを不審がっている。


「色葉、うち宛で何か買い物したか?」

「なんで真っ先に思い浮かぶ可能性が俺なんだよ。流石に買い物は自宅宛てに送るわ」

「だよな」


 次点で荷物は実家に送るわ。

 藍色が俺に尋ねたってことは、宅配の可能性は低そうだ。ソファーから立ち上がってインターホンのモニターを見に藍色が怪訝な表情を崩さないまま行く。

 殺人鬼なだけあって予定のない来訪者に対しては警戒を見せている。


「……なんで」


 ぼそりと驚いたような声を上げたのは珍しいので横になっていた身体を起こして立ち上がり、藍色の隣からモニターを覗く。

 鮮明なカラー画像で映し出されるその顔は俺の知らない人だ。

 右手に紙袋を持っている黒髪の青年。俺やみずよりは年上――藍色と同い年付近だろう。

 藍色が驚いているから同業者か? 仕事(さつじん)を断りまくる藍色に痺れを切らしてやってきた可能性もある。


「……俺とみずは部屋に行ってようか?」


 だとしたら一緒にいるのまずいだろう。


「いらん気を回さなくても大丈夫だ……あれは、私の大学時代の同級生だ、別に問題はない」

「……わんもあ」

「別に問題はない」

「その前」

「大学時代の」

「藍色に学業を学ぶ概念があったの!?」

「失礼なやつだな。興味本位で大学に入ってみただけだ。結局卒業はしていない。中退した」

「まじか」

「嘘をついてどうする」

「藍色の大学時代とか想像が全くできない。何してたの? 生きてた?」

「勉強してたに決まっているだろ」


 藍色は居留守を使うか迷っていたようだが、要件はどうであれこの場所にやってきた元同級生を放ってはおけないのだろう。応じた。

 最初は喫茶店へと会話していたが、結果としては部屋にあげることになったようだ。

 程なくしてピンポンが鳴り、藍色が廊下に出た。

 リビングへ取り残された俺とみずはどうしようかと目を合わせた。みずの部屋にこもっていてもいいのだが今から廊下に出ると鉢合わせるので、無視するのも失礼だ。挨拶くらいはしよう。

 藍色の大学時代も想像できないが、同級生が尋ねてくることも想像できなかったので――みずとは大学一年の時から知り合いで、この家にはそれこそ実家に帰る以上に入り浸っているが、藍色の知り合いと遭遇したことは今まで一度もない――こんな珍しいイベント見てみたい興味もあった。

 人見知りで他人と話すのが苦手なみずだが、藍色の知り合いである黒髪の青年が気になっている様子で落ち着かないのは表情からわかる。手招きすると俺の隣に並んでソファーに座る。立っていかにも待ってましたで出迎えるのも変だろうと思って気を回した。

 藍色がリビングに大学の同級生を連れてきた。

 モニターで見たときも思ったが、藍色の同級生とは到底信じられない真面目の三文字が誰よりも似合いそうな雰囲気を醸し出している。

 藍色の部屋に人がいるとは思わなかったのだろう、青年は一瞬驚いたがすぐに人畜無害な笑顔を作っていった。


「初めまして、綾瀬です」


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