友達。それは甘美で特別な
全てが億劫だった。長く続かない夢なんてことはわかっていた。
でも、欲しかったんだ。
みずが――みずゆきが。
親友という単語でくくれるものじゃない特別な『なにか』の証明が欲しかった。どうしても手にしたかったんだ。
*
優等生の佐京色葉は退屈だった。憂鬱とした日々から抜け出せたのは、みずと出会えたからだ。
いつから優等生の仮面を被ったかは最早定かではない。
便利だから利用していたら、脱げなくなった。
例えば、家でそこそこ見たいテレビ番組があったとする。家は誰もいなくて、台所には洗い物が残っていたとする。茶碗洗いをしないで、リビングのソファーでテレビを見ていても怒られない。けれど、テレビを諦めて茶碗を洗って置いたら喜ばれる――すなわち、親の機嫌が悪くならない。
どちらを取れば、最終的に面倒じゃないのかなんて明白だ。だから俺は茶碗を洗うことを選ぶ。
勉強しておけば親も学校も満足するからいい成績をとる。そうすると、虐められることもないし、いじめっ子になることもない、いい立ち位置を獲得できる。
やりたくないことをやって、いい子の色葉を演じるのは心底面倒だけれど、後々を考えると相対的に楽になる。
そうして上手く立ち回っていくたびに、本心は土に埋もれていった。
つまらなかった。
今更いい子じゃない佐京色葉を表に出すこともできないまま、大学生になった。
そうはいっても、いいことがなかったわけではない。大学生で一人暮らしを快諾してもらえたのは、間違いなく優等生で問題を起こさないと判断されたからだ。
一人でいるときは、優等生が必要なくなり楽園になった。でも、一人は寂しい。
本心を話せる友達を切望した。
大学生になって、周りはほとんどはじめましての人たちばかりなのだから、素の色葉を出してもよかった。
けれど、俺は優等生を演じることに慣れすぎて、素を出せなかった。
大学生になった色葉は、やはり優等生の色葉になった。
「――何しているんだろうな」
入学式を終えて、オリエンテーションもつつがなく進んだ。表面上の友達も出来た。簡単だ。
今日から授業が始まる。
必修英語がある教室まで、まだ把握しきれていない広々とした大学構内を学生手帳の案内図を頼りに友人たちと向かう。家に帰りたいと思った。
「佐京ー! こっちじゃね?」
「あ、そっちだね」
「大学広すぎてどこに何があるんだかわっかんね」
「俺は学食と購買の位置は把握済み。それだけあれば困らないし」
「いや困るだろ」
他愛ない会話を適度にこなして、正解を選ぶ。
「みんなはサークル入るの?」
昨日までは新歓が盛り上がっていたが、今日は一変して静かだ。
「俺はふつうにサッカーだなーっずっとやってきたし。もう届も出した」
「佐京は?」
「俺はまだ決めていない」
「よし、先輩がたーこの人フリーってアピールしよう」
「やめてよちょっと。俺に決めさせなさいって」
のろりくらりとかわしてサークルには入らない予定だ。他人と接する時間をこれ以上増やすつもりはない
目的の教室にたどり着く。講義開始十分前。
教室の席は疎らに埋まっている。友人たちと固まって好きな席に座り、講義が開始するのを待つ。
初回の必修科目、人数も二十人前後ということもあるのか自己紹介をすることになった。
「初めまして、佐京色葉です。よろしくお願いします」
当たり障りなく、人当たりのいい、親しくなっても害を感じられない優等生の笑顔で堂々と自己紹介をして終えた。
流石大学生、というべきか自己紹介は十人十色だった。
初回授業早く終わるのかなーと期待していたら、唐突にプリントが配られいきなり抜き打ちの実力テストをさせられた。
まじかよ。
「教科書は次回の授業までに準備してきてくださいネー」
テスト最中に言われた。せめて終わってからいって。
抜き打ちテストは嫌いだ。対策として普段から勉強はしているが、それでも素の学力を試されているようで嫌になる。成績が悪かったら困る。
授業終了十分前にテストは終わり、問題用紙は回収された。成績には響かないから安心してという最初に欲しかった言葉が最後に言われた。手ごたえ的には、問題ない点数はとれているはずだが……。
この先生、授業が上手なのか下手なのかつかみどころがない。
しょっぱなから疲れた気分だが、大学一年生はまだまだ授業が続く。
友人たちと背伸びをして疲れたーいきなりかよーと文句を言い合う。二限で同じ授業を選択した友人はいないので教室を出たところで別れる。
疲れた。大学生になったら、何か変わるかと思ったが、変化は特にない。
俺が変わらないのだから、環境が変わったところで変化するわけもないのも当たり前と言われたらそれまでだけど。
数日後。英語のテスト返却が行われた。ついでに教科書を購入していない人は教室にいれませーん、と二人追い出された。
学籍番号順で呼ばれ、返却されたテストは点数の横にクラス内順位までご丁寧にかかれていた。
この先生、結構鬼っぽい。これから先大丈夫だろうか。
二十三人中四番目だった。
まぁ妥当だ。皆テストの点数で少々騒がしいのに乗って周囲を見渡す。勉強バリバリできますオーラの眼鏡君が一番前の席を陣取っているので盗み見た。二番目だった。
一番は誰だ? と再度見渡すと、周囲の喧噪には一切加わらない儚げな青年の答案用紙が満点だった。満点は凄い。
時間一杯英語の授業を終えて、友人たちと学食で待ち合わせをして別れる。
学食では英語の授業が鬼という話で盛り上がっていたのを、笑顔で相槌を打った。まぁそれには大いに同感だ。
翌日。一限が休講だった。ポータルに連絡が来たのは大学についてからで、思わず舌打ちしそうになった。
二限の教室が空いていればそこで予習でもしようと、第二外国語の教室へ向かう。運がいいことに使われていなかったので、中に入ると先客がいた。
「あ、君……は」
英語のテストで一番だった学生だ。象牙色の髪を揺らしながら彼は軽くお辞儀をしてきた。目を伏せて他人と視線を合わせないようにしている。
「にのまえ君、早いねどうしたの?」
空席だらけの机を無視して、彼の前に座る。にのまえみずゆき君。漢字だと一流で、初見では読めない字だったので逆に一発で覚えた。
椅子を動かして彼と顔を合わせると驚いたように灰色の瞳を丸くしたが俺と目を合わせようとはしなかった。人見知りのようだ。
他人となれ合いを好まないタイプなら適度なところで切り上げるが、そうでないなら親しくなっておいて損はない。何せ英語で満点の学生だ。
「え、っと……一限が休講だったから……空いていたら、この教室で待っていようと思って……」
ややしどろもどろになりながら答えてくれた。
「俺も俺も。それにしても、にのまえ君と第二外国語の選択が一緒だとは思わなかったよ」
大半の友人は中国語を選んでいた。
「そだ、にのまえ君は英語が得意なの?」
「えっ?」
「テストの答案用紙見えちゃったんだ。勝手にごめんね」
申し訳なさそうな顔を作りながら声のトーンは明るいまま言葉を続ける。
勉強ができる友人作りは大事だ。
「得意って程じゃないよ……ただ、えっと……なんて、いえばいいのかな」
謙遜しすぎるのもよくないと思ったのか、答えに窮している。素直で宜しい。
「得意ではないけどできるって科目とかもあるよねー。でも、満点ってすごいよ」
助け船を出しておくことにした。
会話が嫌いという印象は受けないので、このまま話してもいいだろう。
「えと、まぐれかも……」
「まぐれでも別にいいじゃん。凄いよ」
「ありがとう」
ちょっと嬉しそうに微笑む姿は、何処か儚くて同じ大学一年生とは思えなかった。
「あ、そうだ。一人が好きなあら俺はあっちにいくけど……」
「そ、そんなことは、ないっよ」
遠慮がちに問いかけると、少し前のめりになって否定された。やはり人見知りがあるだけで、会話自体は嫌いではないようだ。良かったといって俺は笑みを見せる。
「ふふ。高校も楽しかったけどさ、大学はやっぱり自由度が高いっていうかなんていうか、楽しいよね。新鮮でさ」
「え?」
変な顔をされた。変なことを言ったつもりがなくて怪訝してしまう。
出来立てほやほやの新入生。皆がまだ大学生活に夢と希望をもってふわふわしているころだろう。
だから、当たり前の、当たり障りのない言葉をいったのだが。
「あ! もしかして、にのまえ君は第一志望この大学じゃなかった?」
最難関大学の入試に落ちて、第二志望でここにきたのかもしれない。英語が満点ならあり得る。だとしたら言葉選びをミスした。
「ち、違うよ。ここ、だけ受けた……」
しかし、にのまえ君は控えめに否定をしてくれた。
「ならどうして? あ、別に怒っているとかそういうわけじゃなくて、単なる疑問。答えてくれると嬉しい」
「それは佐京さんが、楽しくなさそうだったから……」
「え」
固まった。彼は、なんて言った。
「佐京さん、いつも笑っているけど、つまらないみたいだから。皆が楽しいって、いうのに合わせて……演技しているみたいなのに……楽しいって」
「…………」
「あっ! ご、ごめんなさい……ごめんなさい……!」
俺の機嫌を損ねたと思ったにのまえ君が慌てて平謝りしてきた。謝る姿は怯えていて臆病な小動物を彷彿させる。
「すごいな……」
だが、俺が抱いた感情は感嘆だった。
だから、にのまえ君が謝る必要は皆無。それどころか、にのまえ君の言葉に心が躍った。
「え?」
今度は彼が困惑する番だ。俺は面白くて笑った。本心から。
「初めてだよ。俺が演技しているって見破ったの、凄いね」
にのまえ君の顔を改めて正面からみる。
視線を逸らそうとした瞳を追いかけると諦めたのか、遠慮がちに灰色の瞳があった。象牙色の柔らかな髪質。陶磁のような肌は触れたら壊れてしまいそうで、端正な顔立ちは美形というより美人。
黒のハイネックに灰色のジャケットを羽織ったシンプルな出で立ちだが、それがとても似合っている。
大人しく理知的で、他人との会話が苦手でしどろもどろになるこの青年が、俺の本心に触れた。
楽しくないのだと、見破った。信じられない。
弟の和歌と違って、佐京色葉の仮面は完璧だったはずだ。
優等生の。日々積み重ねてきた信頼の貯金。
成績優秀で、文武両道。男女隔てなく仲良く接し、優等生だが付き合いが悪くなく仲間たちと悪ふざけをするノリのいい一面も用意する。
親の頼まれごとは二つ返事で引き受ける。でも、偶に勉強があるからって断って調整する。
笑顔を張り付けて、笑いを張り付けて、仮面を被って、脱ぎ捨てることなく過ごしてきた。だから――鬱憤がたまっていた。
誰も、仮面を張り付けていない自分を知らない。
みんなが知っている佐京色葉は俺が作り出した優等生。
本性ではないし本心ではない。
これが俺だと演じてきたのに苛立ちが最近収まらない。
佐京色葉を知っているのに誰も知らない。
誰か知ってよと叫んでも、仮面を自分から外すことができなくて結局大学も変わらない生活をスタートさせた。
それなのに、にのまえ君は気づいた。
彼だけは、俺に触れてくれた。
俺はつまらなさそうな顔をしている自覚なんてなかったのに、無意識の一瞬を、嘘を見破られた。
両親ですら、気づくことなんてなかったのに。
心音が早い。身体が熱い。感情が湧き上がってくる。
だから。
俺は、思った。
――友達になりたい、と。
損得勘定も打算も、何もいらない。ただ、彼と友達になりたかった。
仮面を脱ぎ捨てて、優等生ではない笑顔を浮かべる。
「みずゆき。俺と友達にならないか」
「――!」
本性をむき出しにした笑顔に、困惑するかと思ったが、俺の予想を裏切ってみずゆきの顔はキラキラと輝いた。
新月の夜空が、満月に変わったように。
「いいの!?」
弾んだ声と喜びに俺は悟る。
みずゆきが誰かと一緒にいる場面をまだ目撃したことがない。いつも静かに読書か勉強をしていた。だが、一人が好きなわけではないのだ。
友達が欲しかった。けれど、内向的で人に話しかけることができなくて、できなかったのだ。
手を伸ばして、みずゆきの細い手を握った。
俺が求めていた、素の佐京色葉を知ってくれる友達。
「もちろんだ。俺は、俺がみずゆきと友達になりたい。あ、でも俺がつまらなさそうって見抜いたみずゆきには言うけど性格悪いよ? 普段はただ『いい子』を演じているだけだから。それでも――構わない?」
「いいよ。僕は演じていない佐京さんの方が好きだよ」
なんともまぁ――いい子だ。『いい子』を演じている俺とは違う。
「ありがとう」
初めて。友達が、俺にできた。
「僕……友達、初めてできた。嬉しい」
みずゆきの友達も、俺が初めてだった。
それは甘美な特別だ。
幸せな笑顔に裏表はなくみずゆきは純粋だ。俺の顔も綻ぶ。
「ねぇ、みずゆき。俺のこと色葉って呼んで。名前で、呼び捨てで。佐京さんなんて他人行儀はやめて」
「……いろ、って呼んでもいい?」
「もちろんだ――みず」
愛称で呼び合うのもまた、心地よい。
優等生の色葉に、感謝をした。優等生を演じるために勉強を頑張ったお陰で、俺は今日。友達と出会えた。
ただ一人の友人同士。
甘美さに沈め沈むほどに思う。他の友人なんて必要ない。
俺にはみずだけがいればいいし、みずにも俺だけがいればいい。
みずは特別だった。
みずと親しくなってからほどなくして、みずの家に遊びに行くイベントが発生した! やったぁ!
親戚ではないけど保護者的な人と一緒に暮らしているとは前もってきいていた。
だがその保護者? は一言でいうと、怪しい不審者だった。一言じゃ足りなかった。
外見が風変わりだとしても、別にそこで良し悪しを判断したりはしない。
けれど、染めているのか地毛なのか判断のつきにくい白髪が腰までの長さがあり、左側を梅紐で結んだ切れ長の藍の瞳を持つ、スーツを着た二十代の男が姿を見せたら流石に怪しいとしか言いようがない。
「あい。僕の友達の色葉だよ」
みずが嬉しそうに、不審者の保護者に俺を告げた。鋭い瞳が、まるで俺を品定めをしているようで少しばかりなぜか身体が強張った。
平日の昼間にいる二十代の若い長髪の男はどう見ても会社員には見えない。自営業か。一体何の仕事をしていたら、この見るからにいいところのマンションに暮らせるのか皆目見当がつかない。いや、実家が太い可能性はあるか。だとしたらニートか? ニートならスーツいらなくない?
「藍色だ。初めまして。みずから話は聞いている」
淡々と、男は名乗った。みずを見る眼差しは慈愛があった。
それから、みずの家に遊びに行くたびに藍色はいた。この男は一体何なのか。
この男について知りたかった。血縁とか遠い親戚とか、そういう名前のついた何かだ。
探ろうにも、大体家にいた。やっぱ実家が金持ちのニートかな。
中々、探れないでいたある日――。泊りがけで遊びに行くことになった。やったね! 友達とお泊り会! 最高じゃん! まあ白髪の怪しい男の家だけど。
とか思っていたら、藍色は留守だった。
「今日。あいは仕事で外にいるんだって」
「働いてたんだ」
率直な感想が出てしまった失礼。みずは規則正しい生活を送っているので、日付が変わるころに寝た。
玄関の鍵がかかっているのを確かめてからよし! と背伸びをする。家探し開始である。こんな機会滅多にない。
藍色が何者であるか、身分を証明して俺は安心したかった。
だが、軽率な行動は後悔を招く。藍色の自室の机には不用心に拳銃がおいてあった。ここ法治国家なんだけど。
「け、警察に……通報……」
「させるわけないだろ」
「――!?」
なぜか背後に藍色がいた。
気配が全くない。何なら視線を下へ向けると首に腕が回されていた。ちょっと引っ張れば簡単に首を絞められそうな位置。そしてナイフが見える。手首を動かせば、頸動脈から簡単に血が流れるだろう。
藍色に押されて前を歩くと、背後で扉が閉まり鍵がかかる音がした。
「え、えと? わざと?」
「当たり前だ。お前が、私のことを怪しんでいたから機会を作ってやっただけだ」
「それは、どうも?」
「どういたしまして」
なるほど。それならば普段昼間から家にいる男が今日に限っていないのも納得だ。
いや、ほんのちょっと。友達同士の気兼ねないお泊り会を邪魔しないように、仕事って嘘をついて気を利かせてくれたのかなーなんて思ったりもしたんだけど、そんなことは一ミリもなかった。
藍色の正体、ニートの方が百倍良かったな。
「えーと。藍色さんは警察に通報されたらまずい人ですか?」
「お前はどう思う?」
「アウトだろ」
「正解」
「…………人、殺してたりする?」
「する。仕事で人を殺しもするし、趣味で人を殺しもする」
冗談みたいな職業を告げられても、嘘とは一ミリも思えなかった。
日本で拳銃を入手できる手段なんて早々はないし、それ以前にこの薄暗い室内の中で、命を握られている事実が、藍色が本当に人殺しなのだと正解を示している。
ところで、藍色と俺の身長はさほど差がない。人質のような体制になっているから、頭を思いっきり後ろへ突き出したらいい具合に藍色の顔面に当たらないかな。あとは足の小指を思いっきり踏むとかしたいけどあいにくスリッパなんだよな。
「何か無駄なことを考えていないか?」
「うん」
「無駄だからやめとけ」
「はい」
それはそう。
「で、色葉。どうするんだ? 私のことを知って、警察に駆け込むか?」
「……みずは、知っているの? 藍色のことを」
「ああ。知っている」
ますますもって、みずと藍色の関係が不明だが、一つわかることはある。
「じゃあ、しない。いらないや、警察」
あっさり告げた言葉に、藍色が面を食らったような、息を吐いた。
いつの間にか首に回されていた腕は離れていたので、恐る恐る背後を振り返る。藍色の手にはナイフがちゃんとあった。幻覚ではなかったようだ。
「……なぜだ」
「通報したら殺されそうな気配はするけど、まぁそれは置いといて。みずが知っているなら、いらないよ警察なんて。だって、知ったうえで、みずが一緒にいるのならば、藍色がいなくなったら、みずが困る」
藍色が日々の生活費をだしているのは明白だ。みずの生活は藍色のお金の上に成り立っている。
それでも、藍色が人殺しであることを知らないのであれば、通報した。危険人物の犯罪者と一緒に暮らさせるわけにはいかない。
けれど、みずが藍色のことを知っているのであれば話は別だ。
「藍色は、みずに害があるの?」
「いいや。害するつもりはない」
「ならいいじゃん。別に。俺としても藍色のことを知ったから、不審者から犯罪者に格上げ? 格下げ? されたくらいだし」
よく考えると、怪しい不審者のままの方が良かった気もするが。正体不明より、正体を知った犯罪者の方がいい。多分。
「いいのか」
「いいよ。俺が殺されるの困るけど対岸の火事を気にしても仕方ない」
「お前を殺す予定だったよ。私のことを怪しんでいたからな。真相を知って通報されるわけにはいかない。ならば、友達がいなくなってみずは悲しむが、同じ悲しませるなら傷が浅いうちにと思っただけだ」
「俺、殺される前提だったの」
「私がいないと知って、躊躇なく家探し始めただろ」
「それはそうだけど」
まさか本物の犯罪者。しかも人殺しとかが出てくるとは思わないよ。
藪ってつついちゃダメなんだなと学習した。
「藍色のこと怪しまなかったら、放置してた?」
「一応。ただ、お前は性格が悪そうだから少し悩んだが」
「それどっちにしてもダメじゃない!? いや、俺の性格が悪いのは自覚あるけど。少なくとも藍色よりはましだからな!」
「私の素性を知って平然と話しかけてきているのは、感覚がおかしいと思うがな。やっぱ今のうちに殺しておいた方がいいか」
「それは困るからやめてくれないか。みずを悲しませたくないんだろ? 俺はみずの友人だ。余計な悲しみは必要ない。みずの嬉しそうな顔、ちゃんと覚えている?」
熱弁したら、藍色に睨まれたが、どうやら殺す予定はなくなったらしい。気づいたらナイフが消えていた。手品かよ。
みずには優等生の色葉という仮面を外していたが、今日この日までは藍色には友達の家に遊びに来た礼儀正しい大学生、くらいは演じていた。
けれど、今日この日。必要がなくなった。まさかこんな流れがあるとは、予想外だよ。
眠れなかったので朝まで藍色と話した。みずのこととか。
翌朝、何も知らないみずが、俺の藍色に対する態度が変わったことを見抜いて仲良くなったんだ嬉しいと笑いかけてきた。
見抜いたのは流石だけど、仲良くはなっていない。




