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アマービリタ  作者: しや
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Have a nice dream

 一週間なんてあっという間で、ゼミの飲み会の約束をした金曜日になった。

 退屈な四限の講義が終わった。鞄に教科書を仕舞って、人の流れとともにみずと教室を後にする。

 金曜日の四限とか寝たくてたまらなかった。瞼が重かったが、せめてもの救いは催眠術を使える先生ではなかったことだ。


「みず、五限終わりまでまだ時間があるから、図書館で時間でも潰さない?」

「いいよ。課題でもやろうか」

「……真面目だな、いやいいよ。さっさと終わらせた方が土日のんびりできるか」

「そうそ」


 みずがほんわかとほほ笑むが、その表情はどこか硬い。時間が気になって仕方ないとばかりに落ち着かない様子で時計を見ている。時刻なんて先ほど講義が終わったばかりで大して経過していないのに。

 みずにとって初めての飲み会イベントで緊張している様がありありと伝わってくる。別に飲み会なんて適当に騒ぐものであって、気を張るものでもないのだが。


「いろ。何笑っているのさ」

「いや、飲み会に緊張するやつとか初めて見たから思わず」

「酷いなー」

「以前、酒の力で告白するって意気込んでいた奴が緊張していたのを見たことはあるけど、飲み会そのものに緊張して心臓が飛び出そうになっているのは初めてだよ。大丈夫、ただの飲み会だ」

「でも……迷惑かけたら悪いから……」

「みずよりも、アルコール入った同級生の方が迷惑かけまくるから大丈夫さ」


 背中をぽんと叩くと、みずが表情を柔らかくした。図書館での課題は捗った。金曜日の終わりにわざわざ図書館にいる学生も少なくて静かなのもよかった。

 時間が近くなったので図書館を後にして待ち合わせ場所である校門前へ進む。

 四月の空は大分日が伸びてきたとはいえ、この時間になると薄暗い。

 肌寒さがあったので、腕にかけていた上着を羽織る。

 到着すると見知った顔が半分程すでに揃っていた。賑やかで学食にいる気分になる。


「やあ」


 気さくに手を挙げて挨拶をする。

 みずがいるのに優等生を演じないといけないのは面倒だが、これも人づきあいだ。


「よ! 待ってたぜ。五限早く終わったのか?」

「金曜日の五限とか必修でもない限り講義いれないよ。図書館で課題やってた」

「そんな真面目なことしないで連絡くれれば騒ぎながら待ってたのによ」

「そうだね、そうすればよかったよ」


 失敗した、と笑顔を張り付けて肩を竦める。

 本当は嘘だ。優等生の仮面を被ってニコニコしないといけない飲み会に時間を拘束されるのが確定しているというのに、さらに増やされたらたまったものではない。

 だからみずと静かに図書館にいたのだ。


(にのまえ)も来てくれてありがとうな!」

「う、うん。こっちこそ、誘ってくれて……ありがとう」


 ゼミ仲間の人懐っこい笑顔に、みずははにかみながら答える。

 俺や藍色は一流(にのまえみずゆき)のことをみずと呼ぶから、苗字で呼ばれているのを聞くのは新鮮な気分だ。

 他愛ない会話をしていると、五限終わりの終わりを告げる音がなった。街灯の明かりが、俺たちを照らしている。

 程なくして五限に授業があった面々と、外で時間つぶしをしていた面々が揃った。

 教授はゼミの飲み会に誘っていないので不参加だ。教授を誘う前に、同学年で親睦を深めたいとは幹事の言葉だ。


「全員そろったみたいだし、居酒屋にいこっか~」


 まったりとした女子の一言で、全員がぞろぞろと行進する。

 みずはひな鳥のように俺の後ろにいた。喋りにくいので速度を落として横に並ぶ。ショルダーバックを両手で握りしめる姿は、まるで合否の結果を気にする受験生のようだ。

 駅前まで出れば居酒屋の宝庫。

 集団で歩いていれば恰好の鴨に見られるのか、勧誘が多い。先陣を切るように進んでいる幹事がにこやかに断っている。

 居酒屋の暖簾をくぐると、運動部かと錯覚するくらい元気のいい掛け声で迎えられた。

 個室へ案内される。

 座敷は襖で仕切りがされている。

 人数分座布団が敷かれており、四人掛けテーブルが横一列に並んでいた。

 入口に近い方は幹事や飲み会大好き面子が率先して注文をするために座ったので、俺とみずは奥の方へ入る。


「みず、隣においで」

「う、うん」


 みずと居酒屋に来たことはないから――藍色を含めてもない――居酒屋の存在そのものが新鮮なのだろう、落ち着かない様子で周囲を見渡している。別にただの飲食店だし、内装に拘った店でもないのにとは思いつつも口には出さない。

 壁側にみず、その横に俺。向かい合わせには男女が座った。


「さーってと、何を飲むか」


 座ってから飲み放題メニューを広げる。すでに宴会コースを頼んであるので、料理は順次運ばれてくる。


「俺は、ビールだな!」

「あたしは、ハイボールにするわ」


 メニューを一瞥しただけで二人は酒を決めた。清々しいほどに迷いがない。


「みずは何にする?」

「うーん……ウーロン茶にしようかな」

(にのまえ)君、お酒にしないの?」


 彼女の言葉に、みずは最初だからやめておくと恥ずかしそうに答えた。


「いろは何にするか決めた?」

「俺も最初だしウーロンハイにしておくかな」


 他のテーブルも何を飲むか決まったようで、幹事が率先して飲み物を注文してくれた。

 皿にこんもりとのった枝豆が最初に届いた。ビールもまだだというのに皆の手が枝豆に伸びる。

 この授業は楽単だとか、この授業は教授が意味不明で単位やばいとか、そういった学生生活の話で盛り上がる。

 みずは楽しそうにニコニコしながら聞いていた。俺も周囲の空気を読みながら時折会話に加わる。

 枝豆が猛烈な勢いで消費されてなくなったころ、飲み物が届いた。


「俺がとってくるね」

佐京(さきょう)せんきゅー!」


 すぐそばだっていうのに手を振って見送られた。


「ウーロン茶とウーロンハイ、それにビールとハイボールはこっちだから頂戴」

「はいはい」


 幹事のテーブルまで進み、最初にビールとハイボールを受け取る。お盆なしじゃ四つは持てない。二人へ渡してから、もう一度ウーロンハイとウーロン茶を貰って戻る。


「はい、みず」

「ありがとう」

「じゃ、乾杯しよっかー!」


 既にアルコールでも摂取しているのかってくらいテンションの高いベリーショート髪の女子がビールの入ったグラスを零れそうな勢いで掲げた。


「かんぱーい!」


 それにつられて自然と揃った声と響くグラスの音。乾杯の勢いでビール泡が数名のグラスから零れ落ちた。

 みずが灰色の瞳を輝かせて幸せの表情を浮かべ、乾杯したグラスを飲むのが勿体ないなと哀愁を帯びながら口を付ける。

 卵焼きと焼き鳥が届いた。焼き鳥に皆の手が伸びる中、俺は卵焼きを割りばしでとって口に入れる。お店の味といった感じで美味ではあったが、みずの作卵焼きには及ばない。


「みずも食べたらどうだ?」

「うーん、そうする」


 みずの身体がふわふわと揺れ動いていた。


「どうした、みず。眠いか?」

「眠く……ないよ」


 俺の肩にみずの顔が乗った。


「眠いなら寝ていいぞ」

「おきる……起きる、から……寝ないし……」


 みずの抵抗は空しく終わり、数分もすれば寝ると確信をする。

 両手に持ったグラスが零れてしまいそうなので、指から外してテーブルへ置いておく。反応が鈍い。

 数分後、俺の予想通りみずは寝息を立てて寝てしまった。俺の肩を枕に。


(にのまえ)君、寝るのはや!」


 ハイボールの四杯目のお代わりを注文しながら、アッシュグレイに髪を染めた彼女が驚きツッコミを入れてくれた。俺としてはハイボール四杯目も十分早いのだが。

 俺はみずの肩を両手で持ち、身体をずらして横に寝かせる。

 立ちあがって、座布団を半分に折ってから、みずの柔らかい頭を持ち上げて隙間に座布団を枕側にしていれる。

 風邪を引いたら困るので、脱いで畳んでおいた上着をかける。すやすやと寝息を立てる姿に、いい夢を、と心の中でささやく。


「ってか、一君が飲んでいたのってウーロン茶じゃなかったの!? アルコール取ってすらいないじゃん!」

「みずは酒が苦手だからね。酒の匂いでも酔っちゃったんじゃない? ほら、君がハイボールを三杯も飲むから」


 冗談めかして言うと、そうかもしれなーいと彼女は笑いながら焼き鳥を豪快に歯で食いちぎるように食べた。


「一君たしかに、顔からお酒弱そうだもんねー。カクテルとか似合いそう」

「わかるそれな! スカイブルーとか似合いそう!」


 ビール三杯目飲み中の男子も会話に加わった。だから君ら酒の消費ペース早いって。


「俺は色合いが綺麗だから、エメラルド・ミストとかもいいなって思うけど」

「あー佐京の言う通り、それもいいな! でも一は酒に弱いんだから、エメラルド・ミストとか駄目じぇね?」

「言われてみれば、そうだった」


 言われなくても知っているけど。

 でもあの綺麗な色合いとみずは似合うと思うんだよね。


「佐京君もウーロンハイとかじゃなくてビールとか飲まないの? それともビール苦手? サワーにする? 梅酒もあるよ?」

「そうだね、飲もうかな。折角だしやっぱりビールとかの方がいいや」


 まだ食事は枝豆と卵焼きと焼き鳥しか運ばれていないのに、彼や彼女だけでなく、皆酒を飲むペースが早い。すでに出来上がっているものもいる。

 刺身が届くと、我先にと美味しそうな部位争奪戦が始まる。割りばしが虎視眈々と獲物を狙っている様は滑稽だ。

 ビールが届いたので飲む。ほろ苦い味が美味しく浸透していく。

 みずは深い眠りについたのか、騒音でも目を覚ます様子はなかった。

 からあげ、肉、と料理が運ばれ、最後はさっぱりとしたデザートが出てきた。宴会もそろそろお開きの時間が迫ってきている。

 すでに出来上がってどこのサラリーマンの定番だ、といいたくなるようなネクタイを鉢巻のように巻いている同級生もいた。


「佐京君、これから二次会にいかない?」


 上目遣いで見てきたのは隣に座るギャル系女子だ。胸元が大胆に開いた服を着ている。最初は上着を羽織っていたはずだが、途中で暑くなって脱いだようだ。


「ごめん。今日は帰るね」

「えーそうなのー? 残念なんだけど」

「みずが寝ちゃっているからね。家まで送り届けるよ。放っておけないだろ?」

「あたしなら幼馴染が酔っ払ってても蹴飛ばすけど」


 彼女の視線が、隣でぐでんぐでんに酔っぱらっている幼馴染へ向いた。


「蹴飛ばさないで送り届けてあげなよ、ね」

「んー仕方ないな。送るか」


 よし、と立ち上がった彼女の足取りはしっかりしているようで、幼馴染を蹴飛ばしていた。


「オイこら! 起きろ!」

「ぐへぇ」


 悲痛な声は無視する。

 何名かは名残惜しそうに最後の酒を飲み干し、幹事は二次会へいく人を募っていた。半分くらいは二次会へ行くようだ。

 金曜日の夜は皆元気だ。


「みず。そろそろ解散の時間だからおきな」


 飲み会三時間のうちほとんどを寝て過ごしたみずの身体をゆすって起こす。

 暫くするとみずが眠たそうな瞼をこすってからはっとして顔色を悪くする。


「ご、ごめん!」


 がばっと起き上がってみずが頭を勢いよく下げた。ワイワイ騒がしかったゼミ仲間が一瞬静かになる。


「折角の飲み会に誘ってくれたのに……僕、寝てた……」


 しょんぼりとするみずに幹事が笑った。


「別にいいって、それに寝てたの一だけじゃねーし!」


 幹事が指さした先には先ほど蹴飛ばされた彼が畳に転がっている。寝てたというよりも寝かされた、の方が正しそうだ。尤も、机に伏して鼾をかいているものものいる。

 自由奔放、自由気ままな飲み会だ。


「で、でも……」

「みず。また今度飲み会いこ、ね? 機会はまたあるから」

「そうそ、佐京の言う通り」

「う、うん」


 なんで寝てしまったんだろう、と残念がっているみずを慰めながら外に出る。

 むわっとしていたアルコールの香りは一気に消えうせて、夜の冷たい空気が身体を冷やす。

 眠らない街の灯りが、夜空を見上げても薄くしか星々の輝きを見せてはくれない。


「みず、大丈夫か? 寒くない?」

「平気だよ」

「なら良かった」

「じゃ、佐京に一。また大学であおーぜ」

「それじゃ皆気を付けてね」


 手を振って別れる。

 ニコニコとした顔を続けるのも面倒なので、高校時代から二次会は当たり障りなく断るのが定番だ。


「みず。家まで送るよってどうしたの」


 しょぼんとうつむいているみずに声をかける。


「……折角の飲み会だったのに、寝ちゃって、皆と殆ど話せなかったから」

「気にするなよ。みずは酒に弱いんだから仕方ないって」

「だから酔わないようにウーロン茶にしたつもりだったのに……」

「仕方ない仕方ない。周りが酒飲みばっかだったんだから空気で酔ったんだよ」

「そうなのかな?」

「きっとそうさ、それに金曜日の飲み会だぞ? 授業の疲れだってたまっているだろうし、気しなくてもいいと思うよ。あ、そうだみず」


 一歩前に出てみずと正面から顔を合わせる。明るい空間は、花の金曜日だと賑わいを見せている。


「なら、俺と二人で二次会行こうぜ! 俺となら寝てしまってもいいだろ?」

「行く。でも今度は起きているよ」

「よし、決まりだ。どこにするか……腹は減ってる?」

「ううん、特には減っていないよ」

「なら、二次会の定番カラオケにでも行くか」

「りょーかい。あいに帰るの遅くなるってメールしておくね」

「それがいい。二次会に行ってくるって送っときな」

「わかったよ」


 みずがメールを送ると、藍色は暇なのか返事が直に帰ってきた。

 楽しんで来いだったので、藍色は皆と二次会にみずがいくのだと勘違いしているようだ。

 金曜日の夜だからカラオケは混んでいるかと思ったが、二人で二時間だからスムーズに取れた。酒は頼まないでおいた。

 カラオケ屋から出ると、流石に日付が変わった頃合いなので賑わいは落ち着いてきていた。

 そろそろ終電を気にする時間だ。

 俺もみずも大学までは徒歩で電車は使わないから自由に時間を気にしなくて済むのは利点だ。

 とはいえ、名残惜しいが帰る頃合いだ。


「みず。夜も遅いし家まで送るよ」

「大丈夫だよ、そんな心配いらないよ」

「帰っている途中で寝たら困るだろ」

「寝ないって」

「いいからいいから。それにどうせこっからなら、通り道みたいなもんだろ」


 みずの背中を押すと、諦めてくれたようだ。並んで家の方向へ進む。客引きも店じまいのようで殆どない。

 少し歩けばあっという間にみずが住むマンションへ到着だ。

 一人暮らしをしている俺のマンションも大学生が住むにはちょっといいところだが、このマンションはさらに豪華だ。

 家主である藍色の仕事を考えれば――相場とかまったく知らないけど――稼いでいるんだろうなということが容易に想像できる。

 というか藍色の仕事で稼ぎが少ないと割に合わない予感しかしない。

 そもそも、どれほど報酬を貰っていたところで、割に合わないと思えばそれまでな仕事だが、その辺は、みずに影響がない限り深く考えるつもりもない。

 マンションのエントランスでみずは鍵を取り出して、オートロックをあける。

 エレベーターにのり、一番上のボタンを押す。マンション最上階の角部屋だ。時間が時間なので防音設備はしっかりしているが静かに廊下を進み玄関前に立つ。

 鍵は開いていたので、そのまま中にはいる。


「ただいまー」

「あい、ただいまー」


 玄関で靴を脱いでリビングへ入ると、藍色がスーツを着崩した姿でビールを片手にソファーに座っていた。

 染めたのか自然のものか判断がつきにくい真っ白な髪は腰まで伸ばされており左の揉み上げには梅紐が結ばれている。

 緩めたネクタイに、第二ボタンまでシャツはあけている。

 藍色の名前が示すとおりの、藍色の瞳が俺を見た瞬間、微かに歪んだ。


「おかえり。みず。あと色葉、お前の家じゃないだろここは。お邪魔しますだ」

「いいじゃんいいじゃん。みず、今日は風呂入ってさっさと寝たほうがいいぞ」

「うん、そうする」


 二次会もしたし、日付も変わった深夜だ。

 みずは半分瞼をこすりながら、風呂場へと向かった。髪を乾かし終わって寝巻に着替えたみずがお休み、と俺と藍色に挨拶をしてから、自室へと戻った。

 いつまでたっても帰る様子がない俺に、藍色は苦虫を潰したような顔になる。


「もしかして泊まるつもりか?」

「ソファーでいいよ」

「帰れ」

「いやだよ。めんどい」

「歩いて帰れる距離だろ。面倒ならタクシー呼んでやるから帰れ」

「こんな時間に動きたくないよ。寝る場所があるんだからここで寝ます。あ、パジャマ借りるから」


 最初っから泊まる気満々でした。例え徒歩十五分程度だったとしても歩きたくない。


「オイこら」


 藍色の抗議を無視して暖かい風呂につかり、勝手に借りたパジャマをきる。

 藍色と俺は体格も身長も殆ど変わらないので、パジャマも私服も借り放題だ。

 リビングに戻ると、藍色は新しい缶ビールを開けて飲んでいた。俺も酒を飲もうと、冷蔵庫を開ける。ビールと肉が好きな藍色だから、冷蔵庫の中には沢山のビールが並んでより取り見取りだ。


「散々飲んだんじゃねぇのかよ」

「そんな飲んでないよ。外で酔っ払うわけにはいかないでしょ。みずも一緒なんだから。ここなら酔ったとしても問題ないしね」

「……みずは飲み会楽しそうにしていたか?」


 藍色が心配そうに尋ねてきた。保護者みたいなやつだ。


「寝ていたよ」

「は?」


 藍色に睨まれた。ソファーが占拠されているので、絨毯の上に胡坐をかいて座る。


「いやぁウーロンハイ一杯で潰れちゃった」

「……酒飲ましたのか?」

「うん。みずはウーロン茶を飲んだつもりみたいだけどねー。俺がすり替えたことに気づかなかったよ」


 あははと笑いながらビールを飲む。ウーロンハイとウーロン茶ならば見た目はそんなに変わらない。味は流石にアルコールが入っているから違うが、酒の席だからみずも気づかなかったようだ。

 気づかれたら、悪い間違えたっていう予定だったから、どちらに転んだところで問題はないけど。


「ほんっとお前害虫だな」

「みずの親友に対して酷い言い草だなー」

「クズ」

「ははっ。だって仕方ないだろ? みずはいい子だから仲良しの子が出来たら俺が困る」


 酒にみずは弱くて、飲んだらすぐに寝てしまう。

 寝てしまえばゼミの仲間とお喋りをして距離が縮まる心配もない。

 親友は――増えない。


「みずの親友は俺だけで十分だ」

「お前がみずの親友じゃなかったら殺していたよ」


 藍色の瞳から漂う力強さに俺は思わず身体を後方へ下げながら、頬を引きつらせて笑う。


「やめてよ。藍色が言うと冗談に聞こえない」

「冗談じゃないからな。仕方ない、殴っとくか」

「俺が怪我したらみずが心配するよ」

「死ねばいいのに」


 ビールを最後の一滴まで飲み干す。物足りないので冷蔵庫から多めに三つ取り出すと、藍色がよこせと手を差しだしてきたので、ビールが泡立つように振ってから投げて渡す。


「おい」

「飲み会が終わった後は、みずと二次会と称してカラオケいってきたよ。楽しかった」


 藍色の抗議は無視して、カラオケでの出来事を語る。


「お前が一緒にきたからそんなことだろうとは思ったよ。最初はてっきりゼミの仲間と行っているのかと思ったけどな」

「二次会でまで優等生でいなきゃいけないとか最悪。行くならみずだけがいい」

「最悪なのはお前だ」


 藍色は立ち上がって冷蔵庫から振られていないビールを取り出した。振ったビールは冷蔵庫に戻された。

 ソファーが空いている隙に座る。ふかっと身体が沈んでいくのが心地。程よく眠くなってきた。


「ここは私の家だ。お前は帰れ」

「面倒。大体、藍色のベッドを占領するわけでもないんだから、いいじゃん」


 ひらひらと手を振る。


「私の寝床を占領したら蹴落とすに決まっているだろ」

「うわ、酷い。骨が折れそうだ」

「……起きたらすぐに帰れよ」

「それも嫌。明日は土曜日で大学もないんだからゆっくりさせてよ」

「講義入れれば良かっただろ」

「やだよ。なんでわざわざ土曜日に講義いれなきゃいけないの。必修が入っているなら諦めるけどさ」

「お前なら諦めて単位落とすとかいいそうだと思ったが、優等生を演じているせいでそれができないか」

「正解。別に必修だとしても単位の一つや二つ落としたところで、再履修すればいいだけだけど、優等生が再履修とかありえないから無理だね。さて、俺はそろそろ寝るよ。おやすみ」

「よい悪夢を」


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