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アマービリタ  作者: しや
18/30

ただ、一つでいい。

 和歌からその後の連絡はないまま平日になった。解決したかは知らない。自分磨きに精を出すことにしたのか、単純に勉強で忙しいのか。弟の恋愛事情には興味がないので、どれでも構わないけれども。

 それにしても、疲れた。隣で座っているみずの方へ身体を倒して、ぽとっと肩に頭を乗せた。


「ちょっと、いろ。どうしたのさ」

「疲れた。最近目まぐるしくて疲れた……」

「だとしても、僕の肩に頭をのせても疲れ取れないでしょ」


 みずが呆れたように笑った気配がした。目を瞑っているからよくわからないけど。疲れはとれるさ。だって、みずが隣にいるんだから。


「というか、次の講義への準備をするから、どいてほしいな」

「はい」


 重たい頭を上げて肩から離れた。

 今日は数少ないみずと講義が三限と四限被っている日であり、教室もそのままなので、移動しなくて済むので楽な、いい日である。

 みずが教科書の詰まった鞄から、次の講義のを取り出している間に、ふと手元のスマホを見ると点滅していた。

 メールだ。送り主はゼミの同級生で、遊ばないか? という連絡だった。俺は断りの返信を入れる。

 休憩時間だから、返事が直にきたので、読んでから画面を切る。


「そうだ、みず。今度の土曜日、空いてる? 遊ぼ」

「いいよ。どこで遊ぶ?」


 みずなら授業でノートをとるのも不要だろうに、几帳面に記入された前回分のページが、机には広げられていた。


「そうだなぁ……じゃ、久々に、俺の家でどうだ?」


 普段は藍色の家で遊ぶことが多い。あっちの方が広いし、色々充実している環境なのと、みずに手間をかけなくて済むからだ。けど、偶には俺の家でもいいだろう。


「わかった。って、どこ行くの?」

「飲み物買ってくるわ」


 さて、遊ぶ約束も手に入れたことだし。俺は席を立ち、廊下に出る。階段付近にある自販機へ向けて歩き出すと、前方から小走りでやってきた同級生にすれ違いざま、声をかけられた。


「佐京! また今度遊ぼうぜ!」

「うん。また今度誘って、今回は御免ね」

「いやいや、予定が会わなかったら仕方ねーし!」


 彼はそのまま先ほどまで俺がいた教室へと入っていたのを見て、歩みを再開する。数人の大学生とすれ違った。

 自販機のラインナップを眺めて、ミネラルウォーターかお茶か迷ったが、二十円安かったのでミネラルウォーターを選ぶ。当たりが出たらもう一本だが、当たらなかった。

 一度も当たったことがないから、外れしかないのではないかと思ったこともあるが、先日女子が当てているのを見かけてちょっと驚いた。当たりってあるんだね。まあ、ミネラルウォーター二本もいらないからいいけど。

 キャップを開けて、適当に喉を潤して時間を潰してから、ゆっくりとした歩みどりで教室の方へ近づくと、同級生の「じゃ、また誘うわ!」と快明な声が聞こえてきた。

 少し立ち止まり、同級生が反対側の扉から出て行ったのを確認してから、席へ戻る。みずにどうしたの? と尋ねた。


「今度、遊ばないかって誘われたんだ」


 ペットボトルを机に置いて座る。みずは楽しそうに話してくれた。手に落ち着きがないから余程、誘われたことが嬉しかったんだろう。


「そっか、良かったな。楽しんできなよ」

「ううん。断ったんだ」

「そうなの? どうしたんだ?」

「日程が土曜日だったんだ。土曜日は、いろと遊ぶ約束をしていたからね。用事があるっていったら、それでも……また今度って言ってくれたんだ。嘘をついていない顔だったから、本当にそう思ってくれたんだと思うと、嬉しかった」


 他人の感情に敏感なみずは、珍しくその精度を発揮していったので


「あー土曜日だったのか。じゃあまた今度あいつに誘ってもらわないと、だな」


 親友に対しては感情の精度が鈍くなっているみずに対して、嘘をついた。



 

 夜。ベッドでくつろいでいると、藍色から珍しく電話がかかってきた。一瞬出るか悩んだが、諦めて出る。


「もしもし?」

『お前、そろそろぶっ飛ばすぞ』


 開口一番酷い言われようである。


「藍色に殴られるような悪いことはしていないよ」

『とぼけるな。お前、みずが同級生に遊びに誘われると知って、わざと土曜日に遊ぶことにしたんだろ』

「俺は毎日だってみずと遊びたいよ。けど、どうして藍色はそれを知っている?」

『みずが、同級生に遊びに誘われたって嬉しそうに教えてくれた。でも、色葉との予定が先にあるから断ったんだ、ってな。馬鹿でも気づくだろ。自分以外と、遊ばないようにお前が先手をうったことくらい』

「仕方ないじゃん。みずはいい子だよ。だからこそ、友達が増えたら困る。みずの友達は俺だけでいいんだから」

『クズ』

「酷いなぁ。端的に酷い……。休み時間にさ、土曜日に皆で遊ばないかって連絡が俺に来ていた。みずとは連絡先を交換していないから、教えてほしいって言われたんだ。だから、いまいる教室を教えたのさ。空きだからすぐに向かうって来たから、俺はみずと遊ぶ予定を組んだ。みずなら、先の予定を優先するからな。あとは、俺が席を外していれば、遊び相手が俺だと気づかれることなく――双方問題なく、遊べない」


 めでたし、めでたし。


『……お前はいつまで、みずに友達が出来るのを妨害するつもりだ?』

「いつまで? 当たり前のことを聞かないでよ。俺にとっての親友がみずだけで十分なように、みずにとっての親友も俺だけで十分だ。同級生の枠組みでいるくらい許すけど、それ以上は駄目。あ、そういえばさ」

『なんだ』

「腕の怪我ってもういいの?」

『……今更すぎないか?』

「いやー藍色が普通にしているものだから、つい忘れちゃって。今思い出したから尋ねた」

『日常生活を送る分には問題ない』

「そっか、それは良かった」


 本当に今の今まで忘れていた。

 あんなに衝撃的だったのに、藍色はあまりにも平然として盗聴器を探してくれたり、詩を殺そうだなんて物騒なことをいうし、運転までしていたから、記憶が飛んでた。

 流石に昨日今日の怪我とかではないけど、それでも普通ざっくりと切られた傷ってすぐには完治しないだろうし、痛みも続くと思うんだ。藍色って、身体の構造どうなっているんだろ。化け物かな。


「じゃ、おやすみ」

『色葉。……あまり、みずの大学生活の邪魔をするなよ』

「それは無理」




 土曜日。

 みずが俺の家に遊びに来た。特に何をするのか考えていなかった。

 だらだらと遊ぶのも楽しいからな。そうだ、NPCをいれて麻雀でもやるか。

 綾瀬さんは無理でも、せめて藍色に勝てるくらいには鍛えておきたいし。うん。そうしよう。


「ベッドの上にでも座っていて。何か飲み物持ってくるから。あとで麻雀やろう」

「いいよ、今度もいろに勝つから、見てて」

「え、嫌だよ。俺に勝たせろ」

「駄目。僕が勝つ」


 麻雀教えない方が良かったかな。

 ベッドの端っこのほうにみずはちょこん、と座った。

 和歌とか藍色は遠慮なく座るから性格が出ている。

 大学生の一人暮らしには広い部屋――とはいえ、流石に藍色とみずの所と比べると狭いけど――は、元々、将来的に和歌が一緒に住むために、両親が選んでくれた物件だ。築年数も新しめで、防音もある程度しっかりしている。住民同士のトラブルもなくて、住むのには居心地がいい場所だ。

 だから、とみずを見て思う。


「ねー。みずールームシェアしようよー」

「いろ、もうお酒飲んだの?」

「酔っ払いの発言じゃないから! 前々から思ってたんだよ。この部屋って元々ルームシェアが出来るようにって借りられた部屋だから、一人だと寂しいなって思って」


 とはいえ、本心を露としたところで、みずは藍色と一緒に暮らしているから、首を縦に振らないことはわかっている。わかっていても、零れ落ちてしまう言葉だってあるが、


「まあ。就職でもした後にでも、考えくれたら嬉しいな。ルームシェアはしてみたいし。面白そうじゃん」


 聞く前からわかっている返答より先に、言葉を濁す。


「そうだね、じゃあその時に改めて考えるから、また誘って」

「おー」


 藍色がいなければ、もっとみずと一緒にいられるのにな。

 でも、藍色がいないとみずと出会うこともなければ、今のように遊べることもなかったから物凄くもどかしい。

 みずに飲み物を手渡して、さあ麻雀の準備でもしようと思っていると、マナーモードを切っているスマートフォンが鳴った。電話だ。コップをテーブルに置いてから、画面を見ると和歌だったので眉を顰める。

 嫌っている兄と頻繁に連絡を取りすぎだ。


「ごめん、みず。弟からだ。ちょっとでるわ」

「うん、いってらっしゃい」


 通話ボタンを押して、台所のほうへ歩きながら出る。


「なに。どうしたの。ののかちゃんとまたなんかあったわけ? つーか兄を頼らないでくれないかな。いつから和歌はブラコンになったんだ?」

『…………お兄ちゃん。どうしよう。オレ……。ねえお兄ちゃん――助けて』


 ――は?


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