Party time
藍色の偽装工作が終わって暫くした後、みずと綾瀬さんが帰宅した。
綾瀬さんの清潔な黒髪と理知的な顔立ちを見るたびに、何故殺人鬼の藍色と友人なのかが甚だ疑問になる。
「あい、おかえりー」
「お邪魔しているよ」
出迎えた藍色に、二人はそれぞれ言葉をかける。
「荷物多くないか?」
エコバックでは足りず、ビニール袋にも食料が入っており、みずも綾瀬さんも両手に荷物がある状態だ。藍色がみずから買い物袋を受け取る。さりげなく、怪我をしている左手で持った。
怪しまれないためにしても、痛くないのかな。重さで傷口から血が流れてこないのかな、といらぬ心配をしてしまう。だが、痛覚はちゃんとあったようで、綾瀬さんとみずに見えない位置で顔を顰めていた。良かった人間だ。
リビングに戻り、フローリングに買い物した品を藍色は乱雑に置く。
みずが手を洗ってから、冷蔵庫にしまうものを手際よく片付けていくのを眺める。手持無沙汰だ。暇である。
「藍と色葉君は、禁酒中って聞いたから、色々作れるものを買ってきた。パーティーっぽくしようと思ってる。炭酸もちゃんと買ってきたぞ」
「綾瀬。何故、連絡をしてこない?」
「サプライズかな」
「なんのだ。こまいをくれるなら貰うぞ」
藍色が左手を伸ばし、こまいを要求する。自然な動作だから、藍色の血を見たのが夢だったように思える。頬をつねっても現実なのに。
「こまいは持ってきていないし、近々北海道旅行する予定もない。食べたければネットで取り寄せをするか、北海道フェアをしているところに行け」
「綾瀬からのお土産だから食べたいだけだ」
「お前はオレから集りたいだけだろ」
綾瀬さんは楽しそうに笑った。
みずゆき君手伝うよ、といって綾瀬さんはみずと一緒に台所へ立ち、自然と夕食の準備を始めた。嘘から出た誠になってしまったが、綾瀬さんの料理もみずと同様美味しいので何が出てくるか楽しみだ。
しかし、それにしても米を研ぐ役目が終わっているのでやることがない。
藍色は暇つぶしにテレビをつけたが、番組を回しても面白そうなのはなかったので、電源が落とされた。ソファーにどさりと藍色は座る。
「……今度、何か据え置きゲームでも買うか?」
暇つぶしで藍色から話を振られた。スマホから目を離し答える。
「いいね。四人プレイできるやつとか買おうよ。格闘系がいいな」
「色葉はゲームをやったりするのか?」
「一応やるよ。携帯ゲーム機くらいなら家にもあるし。実家だったら据え置きもあるよ。DVDとかも見られるし結構便利」
「弟と一緒にやるのか?」
「偶に。やっといた方が仲良しに見えるから」
面白くない理由である。仲良しに見せるために一緒にゲームをやる。
とはいえ、俺も和歌も負けず嫌いなので白熱するし、和歌としてはお兄ちゃんと面倒な会話をしないで仲良しをアピールできる道具として割合気に入っている。
今は俺が一人暮らしをしているから、実家戻ったときにやることもなくなった。
やったら多分、和歌に負ける。兄に負けないためにやり込んでそうだし。
もっと他のところに要領よくさくことをすれば、自由を謳歌しやすいと思うのだけれども。
「お前ら兄弟、もう少しまともに会話をした方がいいんじゃないのか」
「老婆心ながらってやつ? 無理だよ。俺は別に和歌を嫌っていないけど向うが嫌っているんだもん。お兄ちゃんのせいで俺まで優等生でいなきゃいけないー! って。兄弟そろって仲良く猫被っているよ」
「めんどくさい兄弟だ」
「でもお蔭で仲良し兄弟。喧嘩もしません。親にも反抗期がなくていい子だよ」
いや、ちょっと和歌は反抗期あったな。すぐにお兄ちゃんと比べられるのが嫌でやめていたけど――ん? よくよく考えれば、俺に反抗している時点でずっと反抗期なのでは。
まな板を包丁でたたく音が聞こえる。軽快なリズムで刻まれている。
みずと綾瀬さんに夕飯を全て任せているのは申し訳ないで、せめてと思ってテーブルの上を綺麗に片付けようと思ったが、元々綺麗なので殆どすることがなかった。
風呂でも洗ってこようかな。藍色に水仕事させるのは可哀そうだ。
藍色は風呂どうするんだろ。入ったふりか? あとで茶碗も洗ってあげよう。
絨毯の柔らかさに寝転がりたくなる。
このまま今日は泊まっていこうかな、帰るの面倒だし明日土曜日だし。
「藍色。今日泊って行ってもいい?」
「断っても勝手に泊っていくのだろ、好きにしろ」
今日は殊勝な態度だった。怪我をしているからか、俺に怪我を見せたことを気にしてくれているのか。
「みずー。俺は今日このまま泊っていくから」
「わかったよー」
家事をしていると声が聞き取りくいそうなので、声を上げてみずに伝える。返事をするみずの声が普段より大きいのが、少し楽しくて好きだ。
「風呂でもあらっとこーかー?」
「じゃあ、お願い」
みずの許可も取れたし、風呂洗いをしよう。
「あまり珍しい行動ばっかしていると、怪しまれるぞ」
藍色が怪訝な顔をして忠告してきた。
「余計なお世話。大体、藍色は今水仕事したくないでしょ。代わりにやってあげるから感謝しといて」
「わかった。しておこう」
立ち上がって、風呂場へ向かう。藍色の家は、風呂場も俺の家より広々としていて綺麗だ。みずが普段掃除をしているから、カビもなく清潔な状態が保たれている。脱衣所にある洗濯機にも洗濯物がたまっていない。藍色の血が付着したスーツとワイシャツは藍色がそのまま部屋の黒いゴミ袋へまとめて、さらにあとで可燃ごみの袋へ移してみずの目につかないように捨てるそうだ。洗濯籠に放り込まれても困るしね。
俺は、家だとシャワーで済ませるからあまり風呂は洗わないし、さっと洗う程度だけれど、人様の家なので念入りに洗ってからシャワーで流す。うん。よし、多分これくらいで大丈夫。駄目でも元々綺麗だからわからないわからない。
夕飯はまだだし風呂のお湯は入れなくていいだろう。
リビングへ戻ると、藍色がお茶を飲んでいた。テーブルには俺の分と思しきコップもある。
「綾瀬が茶を入れてくれた。お前も飲め」
「うん。頂く。綾瀬さんありがとう」
夕食を作りながらお茶も入れてくれるとか、綾瀬さんはどんだけ気がまわる人なのだろう。
飲食店のマネージャーをしているのがとても似合う人だ。綾瀬さんならどんな職業だってぴったり似合いそうだけど。
藍色の隣のソファーに座ってお茶を飲みながら小声で尋ねる。炒め物の音がするから多分聞こえないはずだ。
「腕の調子はどうなの?」
流石にみずや綾瀬さんが見えない場所では、藍色は左手を使ってない。器用に右手だけでこなしている。
多分だけど、右手を怪我しても藍色は左も難なく使えるのだろうな。
「全然よくはないが、薬を飲んだからな。痛みはあまりない。あとで切れてきたら追加する」
「用法容量守ってないな……」
「仕方がない。痛いのだからな」
「一遍、医者に怒鳴られてこい」
「それはごめんだ。絶対、滅茶苦茶怒られる」
「だろうね」
そもそも怪我をして病院にいかないで処置する時点、医者に角が生える。
藍色と適当にお喋りをしていたが飽きたので、やはりテレビゲームは必要だなと思った。
そういえばスマホにソシャゲをダウンロードしてみたのがあったな。話題作りで。それ以降ふれていなかったのをやってみるかと思ったが、チュートリアルで飽きたので駄目だった。
「藍色、これ進めといてくれない。飽きた」
進めといてくれなかった。
夕食が出来上がったので、テーブルへ運ぶのを手伝う。藍色も手伝った。精神力が鬼だ。
テーブルには並びきるのもギリギリなほどに色々な料理が並んでいた。二足早いクリスマスパーティーのようだ。
フライドポテトに、チーズ餃子、一口サイズの焼きおにぎりと、一口サイズのお好み焼き。トマトの中華風のサラダに、キュウリの叩き、卵スープ。それに、デザートに杏仁豆腐みかんのせと、コーラ。贅沢だ。カロリーの暴力である。
「……酒が飲みたい」
藍色の一言にみずが笑う。
「駄目。コーラ飲んで」
飲酒の許可は出なかったが、コーラも最高である。
お好み焼きとコーラの組み合わせって贅沢でいいよね。ピザとコーラも最高だけど。
焼きおにぎりがだけ異色っぽいけど米が食いたいときにちょうどいい。しかもお好み焼きと焼きおにぎりは一口サイズで手軽に食べられるから色々なものをつまんで食べるのに最適だ。
全員でテーブルを囲んで四方に座る。
美味しそうで腹が鳴る。まずはチーズ餃子だ。ぱりっとした皮と、チーズが口の中に蕩けてくるのがたまらない。油が上品で美味しい。コーラとあって最高だ。
「美味しい。みずも綾瀬さんもホント料理上手」
ほくほくとしながら、食事がはかどる。藍色も頷きながらうまいと食べる。
「料理って美味しいといってもらえるとホント嬉しいよね」
「本当に、綾瀬は何故料理人にならなかった。料理が好きなくせに」
満更じゃない様子で喜ぶ綾瀬さんに、藍色が酒に酔ったように言う。酔ってないし酒を飲んでもいないけれど絡み方が酔っ払いだ。
「好きだから。藍とは違うのさ。しかし……色々作っておいてあれだけど、ビールがあいそうなおつまみばっかになってしまったな。禁酒期間が終わったら改めて作ろうか」
「そうしてもらおう」
「上から目線すぎる。今度は折角だし、藍と色葉君で作ってみたら?」
とんでもないことを綾瀬さんは言い出した。
みずと作るならともかくなんで藍色と一緒に台所へ立たなければならない。
いや、それ以前にこのお店で出しても問題がない美味しい料理を食べながら、どうして料理をさせようとする。泥を食べたいとでも綾瀬さんは申すのか。
「いや、俺は料理できないので……そりゃ米を研ぐくらいとか、インスタントの味噌汁くらいならできるけど」
インスタントの味噌汁って、お湯いれるだけだった。できない方が問題だ。
「あはは、色葉君は自宅で料理とかしないの?」
「しませんね……実家にいたときは母親がしてくれていたし、一人暮らししてからはもっぱら外食か冷食か弁当だし……」
「不健康だなぁ」
栄養不足だったら、サプリメントに頼ればいいやと思っていたので。
今はみずがバランスのよい弁当をくれるし、こうして藍色の家でご飯食べているので、とても健康的だけど。
「藍も料理できないのは知っているけど、色葉君もか」
「私が料理をするわけないだろ。みずの料理がおいしいのだから」
威張るなといいたいが、同感である。
いつもみずが料理をしてくれるのは申し訳ないとは思うけど、みずの料理がおいしいのだから、甘やかしてほしい。
「とはいえ、なら二人に台所を任せるのは少々不安だな。今度うちにきて皆で料理してみないか? 多少だけど広いよ」
「お前一人暮らしなのに台所広いのか?」
「引っ越ししてから藍は遊びにきてくれたことないもんな。そうだよ、料理するのに広い方が都合がいいから、それで選んだんだ。家賃は少し高いけど、快適さには代えられない。何より職場に近いから便利だよ」
「職場に近いと台風とかの時に駆り出されそうだな」
「あはは。その点は不便だよね」
綾瀬さん本当に料理人になるポテンシャル高すぎるし、綾瀬さんを料理人にしていないのは店の損失なのでは? とさえ思ってしまった。
「……みずも広い台所が良ければ引っ越しでもするか?」
突然藍色がそんなことをいいだしたから、みずは咽た。
「突然どうしたの。今のままで十分だし、別にここの台所も広いよ」
台所二人で並んで余裕で作業できるだけ広い。シンクもスペースがあるし、作業しやすいスペースが確保されている。俺の家の台所より広いのはもちろんのこと、なんなら一軒家である自宅よりも広い。
「そうか、みずがいいならいいが」
「いや、よくなくてもそんなことで引っ越ししないで」
みずの言葉にそうか、と唸ったあと藍色はまあ引っ越し面倒だしなといって納得した。多分そういうことじゃない。




