いつかカエルモノ
平日の火曜日。
詩がいつものように待ち伏せをして俺を昼食に誘った。
凝りもせず、ルーティーンに組み込まれている。あまりにしつこくて瞼が痙攣する。
脈がなくてもひたむきに執念と健気を持ち合わせて、感情をあますことなく伝えてくるのは素直に凄いとは思うけれども。
いつも通りの日常として断ろうと思ったが、人目が多い。時間ギリギリまで講義があったのと、移動が面倒でこの場で昼飯を食べる人がいるからだ。
猫を丁寧に被っているので、そうなってしまえば無碍に断れない。悪評は天敵だ。
けど、恋仲だと思われるのはもっと困る。
「わかったよ。ただ、約束があるから友達と一緒でも大丈夫?」
周囲に示唆できるような気さくさで振舞う。隣に座っている大学生君も勘違いはしないだろう。詩はその容貌と立ち振る舞いから学内では有名なのだ。
「えぇ。勿論構いませんわ。二人だと変に噂を立てられても困りますものね」
詩は意図を組んで応じた。断ってくれれば良かったのに。
ストーカーと一緒にお昼を取ってしまったので、これ今後何か問題が発生した時、勝てなさそうだ。お昼を一緒にする仲なんでしょう? と言われたら否定できない。
「じゃ、ちょっと連絡を取るよ」
巻き込んで安全なのはみずだけなので連絡を取る。人見知りのみずと、俺に恋する詩の組み合わせならまかり間違っても親しくはならない。
心優しいみずが、友達も一緒でいいかな? と連絡を取れば断るわけもなく承諾した。
詩と一緒に食堂へ向かう。隣に並んで歩いていると、詩は満開の桜のような笑みを浮かべる、可憐で可愛らしい。
告白してきたとき別人のようだ。
食堂では、空いている席に人数分を確保してみずが待っていてくれた。みずは、読みかけの本に栞を閉じて丁寧に鞄にしまってから詩へお辞儀をする。
俺はみずの正面に座り、詩は俺の隣に座ってきた。まあ、みずの隣に座られるよりかはマシか。
「一流くんですわね。初めまして、わたくしは詩といいますわ、よろしくお願いします」
「あ、はい。みずゆきです、宜しくお願いします」
目を伏せながらみずは言った。長い睫毛で瞳が隠れる。白茶色の髪の毛が顔の輪郭を隠してしまう。
恥かしそうなみずとは対照的に、詩は程堂々たる振る舞いだった。いやホント。最初の桜のような印象を返してほしいのだけれど。どこに儚さ置いてきたの。
「実はみずゆき君ともお話をしてみたかったのですわ。ですから今回ご一緒出来て嬉しいのですよ」
「あ、ありがとう……ございます」
詩は柔らかな笑顔を向けている。それが少々気に入らない。
俺はみずから弁当を受け取る。学食ではなく弁当なことを、詩は当然のように尋ねてこなかった。
詩もテーブルの上に柔らかい桜が散りばめられた弁当袋を置いた。
「詩さんも、お弁当?」
おずおずと尋ねるみずに、無視していいんだよ、とは流石に言えない。
「ええ。ここ最近は、お弁当にしてみましたの」
お嬢様の弁当は、驚くべきことに重箱と錯覚するくらい凄かった。豪華絢爛。贅沢の限りを尽くした料亭メニュー。金持ちとは、いるべきところにはいるものだ。
「……詩のお弁当凄いね」
素直な感想を言う。一食一万円くらいしそうだ。一か月約二十万円。恐るべし。初任給が飛ぶぞ。
「ええ。お弁当作っていただくならやはり美味しい方がいいですからね。……わたくしは、作ってもらっている身ですけれども、みずゆき君は自作ですか?」
「う、うん……」
みずが遠慮がちに頷いたら、手放しで詩が褒めた。俺は二人の会話が早く終わらないかなと思いながら、弁当を開ける。かにかまが挟まった卵焼きが入っていたので嬉しくなった。
「凄いですわね! 色葉の分まで作っているのはなおさら凄いですわ!」
「あ、ありがとう……で、でも……そこまで上手じゃないよ……」
「そんなことありませんわ。だって凄く綺麗ですもの」
茶色一面にならないように配慮された色合い。赤く瑞々しいトマトに、緑のキャベツ。黄色いの卵焼き。二段弁当の下段はご飯で、今日はのり弁だ。
「そうそ。みずの料理は美味しいから謙遜しなくていいよ。俺が保証する」
自分に自信がないみずだが、嬉しそうに微笑んだ。耳がちょっと赤くなっていた。
褒められ慣れていないから嬉しそうにするし、人と会話ができると楽しそうに頬を緩める姿は、大学生っぽくない一面が見れて楽しいけれど、それを引き出すのは詩であってはならない。
「さて、お昼休みが終わる前に食べようか」
詩は俺と一緒にいるのがさぞ幸せだとばかりの笑顔で――決して俺の自意識過剰ではないはずだ――話を弾ませた。
「みずゆき君と、色葉はGWどうしていましたの?」
「旅行に」
隠す必要もないので、素直に答えた。
「あら、いいですわね。わたくしもいつか京都旅行とかしてみたいですわ」
ぞわり、と鳥肌が立ったが、流石に自意識過剰だ。
俺とみず(と藍色)はGWに京都へ行ったが、京都は旅行の定番地だ。北海道か沖縄か京都か大阪か。どれかを言ったら偶々当たった程度だろう。ストーカーされているとその程度のことにも、気味悪さを感じなきゃいけないのか。疲れるな。
いっそゼミの友人に公言でもしていた方が良かったか? いやでもお土産買うのとかめんどくさいじゃん。やだよ、さして親しくもないのに出費するとか。
「詩は修学旅行とかで京都行かなかったの?」
「わたくし修学旅行はヨーロッパでしたの。あまり日本の観光地とか行ったことがないのですわ」
お嬢様怖い。
「なるほどね。京都とかは観光客多いけど、一度行ってみたらいいよ」
「そうですわね」
友人として接する分にはあまり苦手意識がないタイプだなといった感想を抱く程度には、普通に話せた。
昼食をとり終わったら詩は礼儀正しく去っていった。
このあとも付きまとわれるかと思った俺は内心ほっと安堵の息を漏らす。いや影でストーカーされる可能性はなきにしもあらずなんだけど。
まだ昼休みは残っているので、学食でみずとぐだぐだする。癒しだ。一番落ち着く。
「詩さんって、前にいろが告白されたっていっていた人だよね?」
「そうだよ。俺を諦めないって言われてさ。まあ、でも告白は受け取る気はないけど、友達として付き合いたいならそこはね、付き合うよ」
「いろって酷いね」
「俺は酷いんです、知っているだろ?」
「うん」
いくつか嘘は混ぜたけれどもこれで問題はない。だって詩にストーカーされています、なんてみずには言いたくないじゃん。
明日は土曜日。麗しく花の金曜日。
今週は火曜日に詩との昼飯を食べたからか、誘ってくることがなく俺の心は平和だった。なので機嫌が良い。さらにいい出来事があったら有頂天になれる気がする。
「みず。今日遊びに行ってもいい?」
「いいよ」
そのまま泊まるのもいいな。藍色が煩いけど。大学まで徒歩で通える好物件。
何よりみずの自宅なら、詩も知らないだろうからストーカーの恐怖もなし。最高だよね。
なんて思いながら藍色の自宅へみずと一緒に帰り、リビングでくつろぐ。
珍しく藍色がいなかった。いつもは昼間からいるのに。禁酒生活に堪えられなくなって外で飲んでいるのかなと思いながら、みずとお喋りしていると、インターホンが鳴った。
俺とみずは顔を見合わせる。僅かな静寂。
ここの家主は殺人鬼なので、基本的に来訪者はいない。故にインターホンだって鳴らすのは俺くらいなものだ。
今は藍色がいないし。どうしたものかとちょっと恐怖しながらモニターを覗くと、そこには綾瀬さんが映っていた。みずと一緒に胸をなでおろす。
「綾瀬さんなら、出ても大丈夫だって、あいがいってたから出るね」
綾瀬さんは、唯一かは知らないが俺が知る限りではただ一人、藍色の友人だ。
藍色が中退した大学で知り合った人。藍色が殺人鬼であるのを知りながら通報が出来ていなくて、友情と良心の狭間で苦悶するいい人。
みずは深呼吸してから、通話ボタンを押した。
『綾瀬だけど、藍?』
「みずゆきです。あいは今、外出中でいないんだ」
『そうなのか』
「えっと、折角ですし。うちで待ちますか? あいも、そんなに遅くはならないと思うので」
みずが遠慮がちに尋ねる。綾瀬さんに対して緊張はしているみたいだが、藍色の友人ということで緊張の割合が比較的低い。綾瀬さんは人好きのする真面目な笑顔で言った。モニター越しでもわかる柔らかな顔って凄い。
『じゃあ折角だしお邪魔しようかな』
オートロックをみずは解除する。綾瀬さんに飲み物を出すのでみずが台所に立つ。
スマホの着信音が鳴ったので、何だろうと思っと藍色から珍しく俺宛へメールだった。
『色葉。うちに遊びに来ているか?』
文面に違和感があり、怪訝な顔をしてしまった。みずに勘付かれては困る。台所を見ると背中を向けていたので安心してから文面の意味を思案する。
藍色は俺が遊びに来ているかどうかを気にするような男ではない。どっちかというと来なくていいと思っているやつだ。
何かあったのか? と思ったが殺人鬼に何か問題が発生するわけもない。ならば何故? 結論が出ないでいると、ピンポーンと玄関のインターホンが鳴った。みずの代わりに俺が出る
「こんばんは、綾瀬さん」
「色葉君もいたんだね。こんばんは」
綾瀬さんは玄関で靴を脱いで、丁寧にそろえてからフローリングの上を歩く。リビングに戻ると紅茶を用意したみずがお盆でテーブルへ運んでいた。
「みずゆき君。こんばんは」
「はい、今晩は」
テーブルへ並べ終わったみずに綾瀬さんがお土産、といって紙袋を渡した。
「あり、がとうございます」
緊張しながらも笑みを浮かべる。
「ああ、そうだ。藍色に綾瀬さんがきたってメールしておきます」
メールの返信しないわけにもいかないし、怪しまれても困るので普通の行動をとる。
『遊びに来ているけど。何かあったわけ? あと綾瀬さんも今遊びにきた。早く帰ってきなよ』
サクサクと文字をフリック入力して送信。後は藍色の返事待ちだ。ピコン、とすぐになった。いや早いよ。女子高生かよ。
『買い物にでも行ってろ』
端的な文章。うん。何かあったんだな。想像つかないけど把握した。
買い物に行けって何だろう。怖いな。さて、どうしたものか。
「綾瀬さん。藍色から折角だから夕飯を何か作って行けって傍若無人な返事がきたんだけど」
「は? ……相変わらず無遠慮なやつだな……」
最近嘘が板についてきた気がする。元々か。
「冷蔵庫拝借していいか?」
「う、うん。大丈夫です」
綾瀬さんは立ち上がり、冷蔵庫の中身を見ていく。
さて、ここで冷蔵庫に材料がそろい切っていたら駄目なんだよな。
外に追い出さなきゃいけないわけだし。冷蔵庫に買い置きがなさそうな食材……料理ってなんだ。
いやでも、みずがいるからあまり藍色がリクエストをしなさそうなものだと困る。俺の家の冷蔵庫と一緒に考えちゃ駄目だよな。
「ありものでも作れるっちゃ作れるけど、折角だし買い物にでも行ってくるか」
冷蔵庫問題解決。
俺の言葉を疑うことなく信じてくれてしかも料理を作ってくれる綾瀬さんマジいい人だよな。藍色の友人になってしまったという欠点以外は完璧な人だ。
「みずも何か買い物あるならいってくれば? 俺は留守番しているから」
さりげなく、みずを促す。
みずはうーんと考えていたが、綾瀬さん一人に買い物を頼むのも悪い気がしたのだろう。
「一緒に、いっても、大丈夫ですか?」
「勿論。大丈夫だよ。みずゆき君。一緒に藍が好きそうな料理を作ってあげよう」
「はい」
綾瀬さんは基本的にいい人なので――藍色が友人をやっているわけだし――人見知りするみずも緊張こそすれ一緒にいるのが嫌じゃないようなので良しだ。
「じゃ、いろ。お留守番宜しく」
「米くらいなら炊いておくけど?」
「うん。頼んだ」
とりあえず米を先に炊いてから、俺は藍色にメールをした。『買い物に行ったよ、と』
数分後。鍵をかけてある玄関が開いた。玄関へ向かう。当然、藍色だった。
さては藍色、途中から自宅近くの物陰で様子を伺っていたな。
「……なんでお前まで残っているだよ。一緒に外にでもいろよ」
酷い言い草だ。嘆息しながら靴を脱ぐ藍色を見て――俺は驚いた。
藍色は、怪我をしていた。
「は――? ちょ、何があった!」
「うるさい……」
藍色は左腕を右手で押さえている。黒いスーツのせいで分かりにくく、最初は俺も気づかなかったが、スーツには濡れた染みがあるし、掌で隠しきれていない部分が切り傷みたいに破れていた。そこから見える色は間違いなく赤い。血だ。
藍色は真っすぐ、自分の部屋へ足を運んだ。俺は咄嗟に玄関から廊下を見渡す。
血の痕跡はない。みずや綾瀬さんが突然戻ってきても平気だ。
扉が開きっぱの藍色の部屋へ俺も入る。藍色が引き出しから、右手で乱暴に治療用の箱を取り出した。
「……仕事をしてきたのか?」
藍色が怪我をする原因なんて一つ、しかない。
「そうだ」
「最近、していなかっただろ」
「断っていたからな。しかし、仕事依頼の量が多かったから一つ引き受けた。同業社を殺すって依頼だ……。仕事は完遂したが途中で、抵抗されて下手を打った」
「大丈夫なのかよ」
「深くはないから問題はない。が、私の身体もなまったものだ」
仕事していなくとも俺にとって藍色は強いやつだけれども。藍色と同じような仕事をしている人となれば立つステージが違うのだろう。そんな世の中なんて知りたくないし垣間見たくないけれど。藍色は怪我の手当てをするためスーツとワイシャツを脱いだ。
「ひっ――!」
俺は思わずあとずさりをして、壁にぶつかった。
赤い。赤くて、黒くて、ドロドロしていて、痛い。
投げ捨てられたワイシャツは白さを失っているが、そちらのほうがまだ見れた。
肌についた傷。鋭利な刃物で抉られたような跡があった。
「驚くな。これくらい平気だ。手当をすれば問題はない」
「驚くに決まっているでしょ!」
あまりにも生々しくて許容の範囲を超える。
「気にするな。大体、お前も外出していればよかった話だ。私はみずと綾瀬にだけ買い物へ行けといった覚えはない」
「……仕方ないだろ」
「なんだ? 私が心配だったか?」
「そんなわけないでしょ。普通に気になるからだよ。藍色があんな怪しいメールを俺に送ってくるから」
「まあいい。お前がいるなら手当を手伝え。みずや綾瀬が来る前にすませたい」
「普通に病院行けよ!」
「この程度なら自分で処理できる」
「いやいやいや、そういう問題じゃないからな!? 藍色は何をいっているんだ!? おかしいだろ普通!」
「いいから手伝え」
有無を言わさぬ言葉に、返答に詰まる。普通に病院へ行ってほしい。破傷風とか大丈夫なの!? よくわかんないけど。
でも、藍色は梃子でも動かなさそうだ。一番困るのは藍色が怪我の治療中にみずと綾瀬さんが戻ってくること。メールの嘘も全て露呈する。
仕方ない。包帯を巻くくらいならば多分できるだろう。いやでも、このざっくりって消毒して包帯撒くだけでいいの? ねえちょっとホントに困る。
水を要求されたので台所で取りに行って戻ると、藍色は鎮痛剤を飲んだ。用法容量を守ってなさそうだが、藍色にも痛みの概念があるようでよかった。人間味がある。
藍色はためらいなく消毒液を腕にかけた。流石に染みるのか顔を顰めていた。
淡々と藍色は手当をしていった。痛そうな光景で無理。顔が歪むので、以下省略。藍色に呼ばれるまで目をなるべくそむけた。
「なんだお前、顔色が青いぞ」
藍色は一通り処置を終え、包帯を巻くのだけ手伝った俺に対して、平然とした顔で尋ねた。どっちが怪我人だかわからない扱いだ。
「いや、正直吐きそうなんだけど」
「……は?」
「普通にグロいし血って気持ち悪いし、貧血起こしそう……」
ふらふらする。真面目に。
というか大学生になんで怪我を見せているんだよホント、俺も一緒に買い物に行けばよかった。失敗した。ちょっとの好奇心を諦めれば良かった。
だって、仕事の仲間とかが藍色の家に来るならそう文面にかいてくるだろうし。なかったから、何が起きたのか気になったんだよ。
「……悪かった」
「は? いや急にどうし……いや、うん。いいよ、別に。うん」
「そうか」
「ねえ。藍色は仕事から足を洗ったりしないの? どうせ、今はそんなに仕事をしていないわけだし。居酒屋の店員とかどう?」
「何故、居酒屋なんだ……」
「その見た目でも問題なさそうだし、酔っ払いに強そうじゃん」
「酔っ払いを殴ったら流石に問題にされると思うぞ」
「それもそうか」
でも、バンダナを撒いてエプロン姿で、お盆を両手に料理を運ぶ姿とか案外似合う。スーツ以外で想像が割かししやすい。料理は出来ないけど厨房に入らなければ問題がない。
「あとは……ああ、あれ。キャバクラとかの黒服の男みたいなやつ」
「あまりにも偏見に寄っている……。今の仕事はやめないよ。別に嫌いではないしな」
「嫌いじゃなくても殆どしていないじゃん」
大学一年の時に初めて出会った時よりも少なくて、日に日に藍色は仕事を断っている。
みずと暮らして、どんどん丸くなっている。
そこまでするのならば、いっそ辞めてしまえばいいのにと思う。
どうせ、藍色はやめたところで二人の生活に困らない程に、預金があるのだから。
「……無理だ」
藍色は、逡巡した後、口を開いた。
「無理って」
「流石に、全部断ることはできないよ。ある程度は裁量で好き勝手出来るけれどな。私には私の繋がりが、あるんだ。私に仕事を依頼する鳶もそうだな。全部をなくすことはできない」
藍色の素直な言葉に、俺は言わなきゃよかったと後悔した。
人殺しの殺人鬼に、今更なことを言うべきではない。この怪我だって、藍色の自業自得なのだ。
「それに、私は元々仕事を趣味にした人間だ。例え、今仕事を減らしていたとしても、嫌いになったわけではないからな」
追及はやめた。深追いしたところで、意味はない。大体、俺は藍色がみずを養ってくれていればいいのだ。
「わかった。じゃあとりあえず早く服きて。みずと綾瀬さんが帰ってきたら困る」
「なら時間稼ぎに、間に合ったら炭酸でも買ってきてくれ。禁酒中だからって送っておいてくれ。買い物が終わってたらいらないが」
「了解」
買い物が終わっているなら急げばいいだけだからな。ってか藍色も禁酒守っているのか。健康診断を受けるなら今がいいな。肝臓の調子絶対いいよ。
みずから返事がきた。まだ買い出しの途中だったようだ。快く炭酸を買ってきてくれるようだ。味を聞かれたのでグレープフルーツにした。炭酸より酒が本当は飲みたかったが仕方ない。
藍色はクローゼットの中から、薄手の黒い長そでの肌着と、黒のワイシャツを取り出した。
「夏じゃなくて良かったな」
「そうだな。しかし夏じゃないとはいえ、六月に長袖二枚ってしんどいな……。だが、白だと透けたら困る……包帯が見えても駄目だしな」
エアコンで涼しくしたら不自然だしな。
「スーツも着たらどうだ?」
「室内でそんなに着込んでいたらおかしいだろ」
「それもそうだ」
長袖二枚はまあ片方肌着だし両方黒なので、透けることはない。服の下が変に包帯で膨らんでいるあともない。
不自然な動作さえしなければ大丈夫だろう。俺なら痛くて無理だけど。
「色葉、わかっていると思うが」
「大丈夫。みずや綾瀬さんに気づかれないように協力はするよ」
ここまできたら、同じ穴の貉だ。最後まで一緒に付き合うしかない。俺に痛みはないし。
「利き手じゃなくて良かったよ」
藍色はそういって安堵した、柔らかな表情を見た。




