羨望と称嘆と禁酒。
頭痛を感じて目が覚めた。
鈍痛の中うっすら目を開けて時計を見ると、九時を回ったところだ。
藍色は起床していたようで、コーヒーを飲みながら優雅にテレビを見ている。規則正しいみずは部屋にいるのか姿がない。
重たい身体を起こす。ソファーに手をつく。断続的な痛みに顔を顰める。
「藍色……おはよう」
「寝過ぎだ。もう何時だと思っている」
「九時はまだ十分早い……だろ……」
二日酔いだ。気持ち悪い。自宅なら惰眠を貪るところではあるが、二日酔いが十中八九見つかる。
身体に悪いよって昨日みずに言われたばかりだし、怒られる前に鎮痛剤を飲んで証拠隠滅をはかることにした。
頭痛用で鞄に常備してある鎮痛剤を取り出す。二錠手のひらに乗せてから台所へ向かう。
久々の二日酔いだ。酒には強い方だし、節度ある飲酒を心がけているから普段はならない。ストーカー疲れで深酒をしてしまったようだ。藍色が酔っ払ってくれたら俺だって酒をセーブできた気がするのに。藍色からは二日酔いの気配がない。俺より飲んでいたのにずるいと思う。
食器棚からグラスを取り出し、水を入れて鎮痛剤を飲む。
二度寝を三十分くらいしたらすっきりするだろう。まだ眠いし。十時前にでも起きれば十分だ。
欠伸をしながらソファーへ戻ろうとすると、みずがいた。休みの日にも関わらずパジャマではなく着替えも済ませてあり、寝癖もない。
「いろ」
「……おはよう、みず」
「うん、おはよう。ところで二日酔い?」
みずの笑顔に、あははと笑って誤魔化そうとしたけど駄目だった。
「いろは飲みすぎ。お酒は没収。いろもあいも暫くは禁酒だね」
「え!? 私もか!?」
バッサリと言い渡された禁酒宣言へ、リビングでのんびりくつろいでいた藍色が慌てて反応をしてくる。
「私は二日酔いではないし健康だが」
「駄目。いろもあいも飲みすぎ。最近、空き缶が多すぎるよ。健康に悪いからお酒は駄目です」
みずが冷蔵庫を開けて中を見る。
俺が持ってきたのでは足りなかったので、藍色が常備してあるお酒も昨日結構飲んだが、それでもストックが沢山残っている。飲みたいときに飲めるように常備されているのだ。
みずは酒を捨てたり隠したりすることはしなかったが、銘柄と賞味期限、そして位置を目で見て淡々と把握していく。カメラアイに近いものを持っているので、下手な小細工をして飲んでも一発で発覚する。
位置を把握だけでなく、念のため、といって空き缶用のゴミ箱を一度全部取り出して新しいものへ付け替えた。本当に禁酒を実行するようである。マジですか。
「え……ちょっ、みず。禁酒しなくても大丈夫だって。あと二日酔いじゃなくて……」
「薬飲んでいるの見たけど? いろは嘘つきだねー」
「……うぐ……普通の頭痛かも……」
「普通の頭痛なら、朝食を食べてから飲みなよ。大方、僕にばれたらお酒飲むなって言われると思ったから朝食の前に飲んだんでしょ? 駄目だよ。食後に飲まないと、胃に悪い」
まさしくその通りなので返す言葉がない。
二日酔いを疑われないように行動した結果、二日酔いだと露呈してしまった。運が悪いな。
藍色も口をぽかんと開けている。俺より藍色の方が酒豪だもんね。
「色葉はともかく、私は二日酔いでもなんでもないし、酔ったりもしていない。私は構わないだろ? 色葉はともかく」
「二度も俺の名前を念入りに言わないでくれないかな」
俺も藍色もアルコール中毒ではないが、禁止されると滅茶苦茶飲みたくなる。なんなら今すぐ飲みたい。朝からアルコール摂取って自堕落って感じがしていいよね。
「駄目。あいは、お酒強いからって飲みすぎ。二人とも休肝日を作って。暫くしたら解禁します。それまでは駄目だからね、わかった?」
俺と藍色はうなだれた。みずは頑固なので一度言い出したら撤回しない。諦めて数日間は禁酒するしかないようだ。休肝日って必要なのかな。
「返事がないみたいだけど?」
「わかったよ、みず。しばらく飲まない」
「あぁ、私も休肝日を作ろう」
白旗をあげた。
「じゃ、いろ。朝ごはんすぐ食べる? それとも少し寝る?」
「少し寝るかな」
「わかった、じゃあその間に準備するよ。早く鎮痛剤きくといいね」
ソファーへ戻って横になろうとすると藍色に睨まれているのに気づいた。タオルケットを身体にかける。
「おい、色葉。お前のせいで私まで酒を禁止されたんだが」
「酒が駄目ならタバコにする? アルコールじゃなくてニコチン。似たようなものでしょ」
タバコは付き合いでも吸ったことないけど。
藍色が喫煙している場面は見たことない。見た目的には似合いそうだ。何なら葉巻も似合う。
「タバコは吸わない……。昔吸ったことはあるが味が好みじゃなかったからやめた。色葉は?」
「俺も吸わない。タバコは特に惹かれる要素がなかったし、今高いじゃん」
「ビール三本飲むのと変わらないくらいだと思うけどな」
「ビールと合わせたら出費が酷いから」
「それもそうだな。にしても、飲めないとわかると益々飲みたいな……」
「わかる。俺も飲みたい」
「お前は二日酔いだろ」
飲めないとなると無性に欲しくなる。身体が欲しいと訴えかけてくるのだ。
とりあえず、頭痛治らないし寝よう。もぞもぞと身体を動かして横になる。みずと藍色が両方起きているならベッドでも使わせてもらえば良かったかな、なんて思ったが移動するのも億劫なので目を閉じた。
頭痛に響かないようにテレビを消してくれたようだ。藍色の気遣い。癪である。
三十分後、目が覚めた。頭痛は殆ど治っていたので、鎮痛剤万歳。
気持ち悪さも大分軽減されていたので、軽い二日酔いの範囲で良かった。
この程度で済むなら鎮痛剤飲まないで誤魔化せば良かったな。後悔先に立たず。
「いろ、食べられそう? 無理そうならヨーグルトとかにする?」
「いや、大丈夫。気持ち悪いのもほとんどない、どっちかというと腹が減った」
「わかったよ」
朝食の前に洗面所で顔を洗い、着替えを済ませる。鏡を見ると髪が普段よりうねっている。和歌は俺と一緒の癖っ毛が嫌で縮毛矯正かけたんだよな。
リビングへ戻ると、食欲をそそる香ばしさ。朝食がテーブルに並んでいる。
朝からみずに準備してもらって申し訳ないのと、休みの日までみずの手料理が食べられる幸福感がせめぎ合う。
焼きたての食パンに、スクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン。
テーブルの真ん中にはイチゴジャムとブルーベリージャム、それにマーガリンとガーリックが置いてある。
マーガリンとガーリックを手に取り、焼き立ての食パンへ適当に塗ってから食べる。みずは綺麗にイチゴジャムを伸ばして食べているし、藍色もイチゴジャムを適当によそって食べてパンの耳の方は白いままなので、性格が出ていてちょっと面白い。
「昼過ぎから百貨店とかにでも遊びに行かないか?」
「二日酔いで頭痛いのに出かけていいの? 休んでいたほうがいいと思うけど」
「鎮痛剤きいたら平気。ゴロゴロしているのもいいけど、外に出たいかな」
「いろがいいならいいよ。あいも行く?」
「……そうだな、出かけるか」
藍色は留守番でいいのに、と内心で舌打ちをしたのを読まれたようで軽く睨まれた。
二時間後、駅近くへの百貨店へ徒歩で向かう。
ショッピングモールではないので藍色の保険がしっかりしているのか怪しい車は使わない。遅い朝食だったので、昼飯はレストラン街でおやつを兼用して食べることにした。
駅前は土曜日なのも手伝って混雑していた。普段、利用している出口とは反対側なので、一度地下を通って移動する。
百貨店で服を新調出来たらいいなと思う。気になる音楽があればCDも購入したい。
最近、詩の視線に疲れてしまって買い物でもして気分転換がしたかったのだ。ストレスは貯蓄したくない。
色んなお店の入口にはセールの看板が出てきた。ついつい割引価格が高いものを見てしまうが、なかなかお目当ての物には出会えないな、と思っていると「あっ!」と、見たくないものを見てしまった後悔の声が聞こえた。
後ろを振り返ると、彼女とデート中の和歌がいた。
しまった、と渋い顔を和歌はしているが、無視できずに声を出した和歌の負けだ。
「……お兄ちゃん」
無視を断念したわけが、せめて誰? と彼女に問われるよりも先に俺のことを呼んだ。お兄ちゃんという名称は俺が誰であるのかを示すのにとてもわかりやすい。
外面のいい兄と弟なので、仲良いお面を即座に被る。
とはいえ、和歌の方は微妙な顔をしていてすぐに猫を被り切れていない。そういうところがまだ甘い。すぐに切り替えが出来ないと見破られるよ。ののかちゃんの前では仲良し兄弟演じたいでしょ?
「初めまして、和歌の兄の色葉です。和歌、今日はお出かけだったんだね」
「うん……。そう、今日はデートだったんだ」
和歌の隣にいるののかちゃん。和歌と同級生で、恋人の子だ。
写真でしか見たことがなかった彼女は、実物の方がずっと愛らしかった。ベレー帽を被り、ミドルヘアーの髪をおさげにしている。春先のカーディガンを羽織り、ハイウエストのスカートと組み合わせている。大人しくて、文学少女の言葉が似合う。偏見だが、委員会は図書委員で部活は文芸部だと思う。
身長は百五十㎝にも満たないだろう。小柄だ。
「初めまして……ののかといいます」
人見知りをするタイプか、緊張しながらも礼儀正しくののかちゃんはお辞儀した。
和歌の視線が俺と一緒に買い物へ来ていたみずと藍色の方へ向いている。仕方ない、紹介するか。
「和歌。こっちはみず。同じ大学の友人で、白い方は藍色。藍色はみずの親戚のお兄さんだよ」
嘘だけど。
藍色のこと説明しにくいことこの上ないのである。
仕方ないので一番妥当な親戚扱いにしている。みずの保護者というには若すぎる。まだ二十九だ。若作り押し通すにしても流石に四十は無理がある。
友達、というには聊か年齢が離れているのも欠点だ。せめて二十四くらいならまだ良かったのだけれど。何より目立つのは長くして真っ白な髪にスーツ姿だ。せめて私服を着ろ。学校の制服のように着るな。
和歌は俺の言葉を信じていないようで、瞳が疑いの眼差しをしているが、彼女がいるので猫を剥いでまで追求はしてこない。
「そうですか、兄がお世話になっています。弟の佐京和歌です」
「みずゆきです。いろの親友……です」
恥ずかしそうにやや目線を下へ下げながらみずが答える。
親友なのは当然だが、和歌の前で行ってもらえるのは心地よい。自慢したくなる。
「藍色だ」
藍色はぶっきらぼうに名前だけを名乗った。もう少し愛想よくできないのかな。
ののかちゃんは物珍しい腰までの白髪男をまじまじと眺めていた。和歌が気づいて若干拗ねた態度で口をすぼめている。
「ののか、どうかしたの?」
「……藍色さんの、瞳が素敵だなって思って……」
ののかちゃんは長髪じゃなくて瞳に興味津々だったようだ。藍色の名前と同じ色の瞳。
前髪がうっすらと瞳にかかると、白と藍のコントラストの差ができて綺麗なのは、癪だが認めよう。
「そう、だね。藍色さんの瞳って綺麗だね」
和歌はなんともいえない表情で応じる。
ののかちゃんは見惚れていたが、やがて我に返ったようで。
「不躾に失礼いたしました」
ペコリ、とののかちゃんは藍色に向かってお辞儀をする。
「別に、気にしてはいないから問題はない」
藍色は若干返答に困りながらもそう対応した。年下の少女との会話は苦手そうだ。
和歌の機嫌がみるみると沈んでいっているは面白いけど、あんまり後で追及されたくないのでお兄ちゃんが切り上げて差し上げましょう。
「それじゃ折角のデートを邪魔しちゃ悪いし、俺たちはこの辺で失礼するね。ののかちゃん、和歌を宜しくね」
「あ、はい」
「みずさんも藍色さんもお兄ちゃんをよろしくお願いします」
「あ、いえ……僕のほうこそ仲良くしてもらっています」
和歌のことは俺から聞いて知っているが、対面するのは初めてなのでみずは終始緊張していた。
俺たちが見ていた店に用があっただろうから、俺たちが移動する。
ののかちゃんは藍色に対して名残惜しさを感じているようで、ののかちゃんの視線に藍色は居心地の悪さを感じていた。
レストランフロアまで移動したので、うっかり合流もないだろう。白い椅子のある休憩フロアで立ち止まる。
「あれうちの弟。和歌」
「お前とは似てなくて礼儀正しいな。だが、兄弟だな。猫も被っていた。色葉よりかは下手だったが」
「うん。俺よりは下手。微妙に本性を隠せていないあたりが甘いよね。つめも甘いんだよね和歌は。でだ、お兄ちゃんとしては和歌に後で文句を言われたくないので別の百貨店に移動したいんだけどいいかな?」
「別に構わない」
「僕もいいよ」
了承をとれたので移動することにした。
折角だし、和歌にメールを送っておいてやろう。別のお店に移動するって。兄からのメールだと気づいたら和歌も不用意にののかちゃんの前で確認することもないだろうから、ののかちゃんには兄と弟が不仲なこともばれない。不用心に見た場合は擁護できないからね。
「ところで、私はいつみずの親戚になったんだ?」
「割と前から」
別の百貨店で、よさげな薄手のカーディガンを発見した。涼しげな白茶がいい。お値段もお手頃だし購入決定。
「は? 初耳だが。ならば何故、旅行の時は」
「両親には流石に親戚扱いで追及されたくないから。そもそも親戚扱いは大学の人たちに見られた用だよ。都内を歩いているんだ、目撃されたって不思議じゃないでしょ」
「それもそうだな」
徒歩で行ける距離にある大学の範囲内に俺もみずもいる。
藍色と出歩くことも多いので、目撃されてあの白髪の人誰? と興味本位で聞かれたときの答えだ。
下手な理由を付け加えるとみずと一緒に藍色がいるのを目撃されたときに困る。
大学に通うために親戚の家に下宿させてもらっているというのは理由としてもまとまっている。例えその親戚が多少変人だったとしても許容範囲内というわけだ。
しかし両親にはそうは通じない。下手に仕事は何をしている方? と興味本位で聞かれても困る。
藍色に似合う職業ってなんだよ。
「困ったときはみずの親戚ってことにしてある。藍色もそれで宜しくね」
「あぁ、わかったよ。というかかなり今更だよな、もっと早く言ってくれても良かっただろ。みずと私だけの時はどうしたつもりだ?」
「それはそれで大丈夫だって思っていたからだよ。みずと藍色だけなら声かけてこないから」
「……最悪だな」
意味は正確に通じたようで、嫌味ったらしく褒められた。
みずの親友は俺だけなので、みずに親しく興味を持って訪ねてくる大学生もいないわけだ。
白髪に興味を持ってもそれまで。みずに直接訪ねてくることはしない、せいぜい俺経由なのでその時に、親戚と答えて誘導すればいい。変な噂の一つや二つであれば潰せる。
それに親戚であることは追及されない限り広めたくない。
興味の対象になるのは困る。ののかちゃんのように。
夕飯に居酒屋を所望したけど、みずにきっぱりと却下されてしまったので、夕食はオムライスを食べた。
藍色の自宅近くで、別れる。夜はまだ肌寒い。
「それじゃ、また月曜日。俺は卵焼きがあると嬉しい」
弁当のリクエストは忘れなかった。買い物を終えて帰宅する。一人暮らしをするには広々としているから、寂しさが広がる。ルームシェアとかできたらいいんだけどね。
食料品売り場で適当に選んだ冷食を冷蔵庫の中にしまう。冷蔵庫にあるビールが誘惑をしてきたが、禁酒を守るのでやめた。
寝転がりながら読書をしていると、電話が鳴った。着信相手は弟だ。メールの予想をしていたが、電話とは意外だ。恋人との青春を謳歌しているな。
「もしもし。電話までかけてくるとは思わなかったよ」
『うるさい、こっちだってお兄ちゃんに電話とかしたくなかったし。あの藍色さんって誰』
「だから、みずの親戚」
『みずゆきさんにそんな親戚がいるなんて話、お兄ちゃんから聞いたことない。みずゆきさんは一人暮らししているんじゃなかったの?』
「そういえば前にそんなことも言った気がするなぁ……」
『ちょっとお兄ちゃん』
「ごめんごめん、忘れてた」
確か両親に会いたいとか言われたら困るからそうしたはずだ。うん、思い出した。
統一性がないと言われてしまいそうであるが、両親がみずとばったり会うとは思えなかったので、別種の嘘を通している。
『……なのに親戚ってどういうこと』
「お兄ちゃんの交友関係の話だから気にしなくていいよ」
『ならどっちが本物』
「両方嘘」
『だろうねで、あの人はどういう人なの』
「秘密。別に和歌が気にするような人ではないよ」
『は? 気にするに決まっているじゃん。ののかが藍色さんを気にしていたんだから』
「ののかちゃんが気になっていたのは、藍色の目が綺麗だったからだけでしょ。それくらいなら気にすることないって。偶々目が気になったところで、ののかちゃんが奪われるわけじゃないんだから」
「でも、ののか可愛いし……」
「藍色がののかを気に入ったらロリコンだよ。俺が嫌だよ」
『……お兄ちゃんは何で隠すの? そんな怪しい人なの?』
大正解。そんな怪しい人だから隠すんだよ。
「隠し事のしない仲良しの兄弟に俺たちいつからなったの? お兄ちゃんは今からブラコンになればいい?」
『は? 気色悪い最悪。もういいよ』
和歌は拗ねた声でいった。まともに問いただしても答えてくれないことを理解してくれたようでお利口だ。
「そもそも、ののかちゃんも和歌も両思いの恋人同士なんだから、そんな気にする必要ないよ。一々ののかちゃんの前に現れる男を気にするなんて狭量な男になりたいなら別だけど」
『五月蠅い。お兄ちゃんまじ性格悪い最悪』
「罵倒するなら語彙力増やした方がいいよ。さて要件は終わりだね。お兄ちゃんは風呂に入るから電話きるよ」
『っていうかさ、お兄ちゃん自分のことお兄ちゃんとか言わないで気持ち悪い』
「はいはい。じゃーね」
通話終了。
弟は性格が悪くてひねくれているが、藍色が殺人鬼であることを伝えるつもりは全くない。何せ和歌には通報をしない理由がないのだから。
藍色が捕まるのは俺にとって困る。せめて通報するなら俺が大学を卒業して安定した収入を得てからにして欲しい。それ以降ならいつでもいいよ。
和歌がののかちゃんを大好きなのは実家に帰ったときの反応から知っていたけど、どうやら俺の予想より好きすぎるようだ。
藍色の瞳をののかちゃんが気に入っただけで、和歌は嫉妬しているし、藍色を知りたがっている。恋は盲目である。
念のため、藍色にメールだけでも送っておくか。
万が一和歌が直接藍色の元を訪ねる、みたいなことが起きたら適当に誤魔化しておいて欲しいし。藍色も下手は打たないと思うけど、通報されたら困るし。
流石に藍色だって警察が部屋に踏み込まれたら困るものの一つや二つはあるだろう。
それにしても、両親への京都旅行のお土産を宅配で送っておいて良かったな。
そうじゃなかったら、お土産片手に実家に帰省して弟に会う羽目になるところだった。チラチラと隙を見ては藍色のことを知りたがるだろう。それは困る。
本当に、和歌は羨ましいくらい恋愛に正直で謳歌している。




