色葉の疲れた日々。
GW明けの大学の授業はとても億劫だった。
びっくりするくらいめんどくさい。GWの休みって短すぎると思うんだ。夏休みくらいあってもばちは当たらないんじゃないかな?
俺が優等生じゃなかったら両手を広げて講義をさぼっていたのに。
悲しいかな、単位に余裕はあっても出席はしなければならないのだ。
机に突っ伏して寝講義にしたかったが、教授に目をつけられたら困る。いや、割と皆寝ているんだけどね?
睡魔と格闘をして板書をしているうちに二限が終わったので、食堂へ移動しようと立ち上がり、鞄を肩にかける。
途中の自販機でコーヒーを買おう。カフェインの力が欲しいと一歩踏み出したところで、詩と遭遇した。
いや、詩と同じ講義だったのは知っていたんだけどね。目をパチリと合わせてお辞儀をしてきた挙句、優雅な足取りで此方へ近づいてきたら、無視するわけにはいかない。
桜色の髪はふんわり緩やかな巻き方でおさげのみつあみをしており、足の動きに合わせて緩やかに揺れる。
白いケープを羽織った姿はお嬢様の一言なのだが、ハチミツのような色の瞳がどこか好戦的にこちらを見ているから、割と本気であとずさりしたくなった。
「ねぇ色葉。わたくしと一緒にお昼を食べませんか?」
先手必勝だとばかりに、風鈴のような声で話しかけられた。
名前まで挙げられては、別人に話しかけたと思って気づかなかった振りすら許してくれない。退路を塞がれた。
「……詩、急にどうしたの?」
幸いなのは、無人ではないとはいえ二限終わりなので、皆いそいそと昼飯を食べに次々と退室していることと、大学だから同じ講義をとっているからといっても大半が名前も顔も知らない赤の他人、だということだ。これが高校の教室で全員クラスメイトだったら青ざめているところだ。
「いいましたでしょう? わたくしは諦めませんと。ですから、まずは仲を深めましょうと思いまして、なので一緒にお昼はいかがでしょうか?」
強気な態度でせまられた。外見の儚さを少しは見習ってほしい。ぐいぐいと距離を詰められたので、手を伸ばしたら詩に触れてしまいそうだ。可愛い顔に迫られても、少しも興奮しないので、さっさと立ち去ってほしいが、そうはいかない。
周りが俺たちに興味がなくとも、会話が勝手に耳へはいることはよくある。そこで俺が冷淡な対応をしていたなんて、優等生である以上知られるわけにはいかない。
「本当に諦めないつもりなんだ。でも君には申し訳ないけれど、俺は君と付き合うつもりはないよ?」
「えぇ。それで構いませんわ。色葉がわたくしに興味がないからといって、それでわたくしが諦めなければならない理由にはなりませんから。こんなにも恋い焦がれるなんて、わたくし初めてのことで、本当に胸が高鳴りますわ」
恍惚とした表情で言われても、俺としては引き下がってもらいたい気持ちしかないのだが。
「色葉。わたくしとお食事、いかがです?」
「……今日は、先約があるから遠慮するよ」
今後もご遠慮したいが、優等生の仮面がつくづく邪魔をしてくる。希望を持たせない言葉は選んでいるつもりだが、それでも多少は辛辣な態度になってしまうのは許してもらいたい。
万が一、色葉と詩が付き合っているなんていう噂が流れて、誤解が生まれるのは避けたかった。そんな事態だけは心底ごめんだ。だから詩と二人で食事はとりたくない。
約束があるのは本当だし。みずと講義の時間が被っているときは一緒に食べているのだ。
みずより詩を優先しなきゃいけない理由はない。今日はみずのお弁当ではなく、学食だけど。
「わかりましたわ。それではまた今度宜しくお願いいたしますわね」
返事を待たずにあっさりと詩は引き下がったが、また今度という言葉から並々ならぬ諦めの悪さを感じる。いや、ホント諦めてほしいのだけれど。そんな自信に満ち溢れた背中を俺に向けないで。
素直に好意を見せて、断られてもたくましくアタックできるなんてそんな――羨ましい様を、俺に見せないで。
学食で待ち合わせをみずとする。みずは律儀に弁当を作っていたようだ。食券を買いながら、空いている席を目で探していると、学食内ではお弁当を広げて食べる詩を見つけてしまった。一瞬ぞわりと肌が震えたが、詩を気にしていては仕方ない。
本日のランチをお盆に受け取り、空いている席にみずと向かい合わせに座る。
「みずは講義眠くならなかった? 俺はめっちゃ眠くてさ、机に伏して寝たかった」
「でも寝ないんでしょ?」
「当たり前だろ。優等生は居眠りなんてしないからな」
「一回くらいなら許してもらえるんじゃない? 今までの積み重ねで」
「それは本当に体調の悪い時にとっておかなきゃ」
「全く。体調悪い時は休まないとでしょ」
詩との出来事を話すわけにはいかなかった。みずに遠慮をされたら困る。必然当たり障りのない会話になる。みずとの時間を誰が好き好んで減らすものか。
困ったことに詩は、翌日も、翌々日も、その次の日も、大学がある日は毎日のように俺の元へやってきてお昼に誘ってきた。
「色葉。一緒にお昼はいかがですか?」
「今日も約束があるんだ」
顔が引きつりそうになるのを抑えて、申し訳なさそうな顔を作り毎日断る。
いい加減に諦めてくれないかな! と強く言い言い出しそうになって慌てて口を閉じる。優等生の色葉は乱暴なことはしない。
皆から好印象を抱かれる存在じゃないといけない――お昼を毎日断っている時点でどの辺が? とは言われそうであるので、一度くらいは謝っておかないと体裁が悪いな。
「ごめんね、毎日断ってばかりで」
「いいえ。大丈夫ですわ。常に予定があるのも青春でいいと思いますわ。大学生って感じがいたしません? それに色葉はお友達が沢山いますから引く手あまたでしょう。わたくしは気にしませんわ」
本心から気にしていない素振りは気味が悪い。
毎日断られたらそろそろ空いている日程をきいて予約をしてこないところに、詩の作為を感じ取ってしまう。
だってそうじゃないと毎日断る男に対して、予定を尋ねず当日お昼に誘ってくるわけがない。愛想がなさ過ぎる男とは思われたくないので、会話を少しだけ続ける。
「俺は料理できなくて、みずに大体作ってもらうことが多いんだけど、詩はお弁当自分で作ったりしているの?」
以前学食でお弁当を広げていた姿を思い出しながら尋ねる。詩と料理はあまり結びつかないのだが手っ取り早い話題だ。
詩は自分のことを尋ねられたのが嬉しいようで、目が爛爛と輝いて、恋する少女のように頬を染めて微笑んだ。
「いいえ。料理はしたことがないのですわ。とはいえ、学食も利用したことはないですわね」
学食には足を運ぶのにか――それとも俺を見るため?
「じゃあお母さんの手料理?」
「いいえ。料理長が作っていますわ」
お嬢様発言がこうも間近で飛び出すと、びっくりするものだ。しかも嫌味がなくさっぱりしているからまた凄い。
「料理してみようとかは思わないの?」
例えば――俺に手作り弁当を渡すとか。
口には出さずにいった言葉を読み取ったのかは不明だが、詩は可憐で不敵な表情をする。それは、確固たる意志を感じて、若干居心地が悪い。
「いいえ思いませんわ。愛情のこもった手作りの料理は美味しいと浪漫溢れる言葉は聞きますわね。ですので、わたくしも色葉への愛を示すならば、手段として行使するべきなのでしょうかね?」
「俺に聞かれてもそれは困るな」
「けど、イエスと言われても、わたくしはしませんわよ。愛情は料理に影響しませんもの。影響するのは料理の手順、調理方法、素材の味、腕前。愛情なんてスパイスにもなりませんわ」
可憐な乙女のような姿をしているのに、言葉は辛辣で現実的だった。
「そ、そう……それは、意外かな?」
「意外ではありませんよ。どうして料理人と素人の料理で愛情があるから、素人の料理が愛される、なんてことがあるのです? 恋人が作った料理が一番なんてものは、単なるお世辞、ですわよ。ですから、料理のできないわたくしが色葉への愛情をこめて作ったところで、ただのガラクタでしかありません」
「ガラクタは流石に卑下しすぎじゃない?」
「事実ですわ。ですから、そんなものこそ好きな人に食べてほしくはありません。わたくしが色葉に料理をプレゼントすることがありましたら、それは経験を積んだベテランのシェフが作ったものですから、安心してくださいね」
「わかったよ。でも、俺にはみずが作ってくれた料理があるから」
君の、料理人のお弁当はいらないよ。と遠回しに伝える。
とはいえ、詩のぐいぐいと攻めてくるスタイルでは遠回しの意味を正確に理解したところで、それを知った上で押してくるだろうけど。
本当に最初の時の桜や蛍のように儚い詩はどこに消えたんだ。戻ってきてほしい。
「……色葉は、料理人の料理と、みずゆきの料理、並べたときに目に見えない愛情スパイスを信じる方ですか?」
「違うよ。料理人の料理は美味しくて好きだし、それが一流のシェフだったら逆に俺の味覚が負けそうとかは思うよ。でも、食べたいと思う気持ちはいつだってみずの料理なんだ」
「理解できないので、理解できるようにいたしますわ。では、わたくしと長話をしていると約束の時間に遅れてしまいますわね。それでは」
詩は俺と会話ができて満足したのか、背中を向けてルンルンとした足取りで去っていった。
つまり、これで俺は詩から黒く焦げた弁当を貰う心配はないというわけであるが、いつ料理人の弁当を渡されるかはわからない不安は残った。
そんな日々が続き、二週間が経過した。五月も下旬だ。金曜日になるとぐたっと疲れてしまう。
「みずー。今日泊りにいってもいいかー? 藍色には俺からいっておくから」
なので、癒しと発散が必要である。帰り道の途中みずにそういった。
家にいると家にまで押しかけてくるのじゃないだろうかという杞憂があるから嫌だ。実際杞憂かはわからない。まだ押しかけてきていないだけの話だ。詩は俺の家を知っている。
まぁ避難というよりも単純に愚痴をしたい。愚痴りたい。疲れた。
「うん。別にいいよ」
「ありがと。じゃ、また後で。一旦家に帰って準備するから」
分かれ道で手を振って別れた。
そのまま一緒にいって、藍色のパジャマを借りてもいいのだが。しょっちゅう借りているし。そろそろ俺用のパジャマを常備してもらおうか、なんて思いつつも、しかし、家に帰るのが怖いのか女々しいな、と鼻で笑われたくないので、一時帰宅。
藍色は愚痴の相手としては最適じゃないのだが、和歌よりかはマシである。
和歌に電話をしたところで、要件がくだらないと判断され切られるのがオチだ。その点、藍色はなんだかんだいって付き合ってくれる。
適当に夕食を済ませてから、コンビニでビールと酒のつまみを購入して藍色の自宅へと向かう。
五月の空は太陽の光が沈むのが遅く、まだほんのりと明るい。ふとポケットの中で、キーチェーンと一緒にしてある藍色が万が一の時のためにくれた隠し部屋の鍵に指で触れる。
「全く、藍色も部屋の鍵をくれればいいものを」
徒歩でたどり着いた藍色のマンション上階を見上げる。
隠し部屋の存在を知っているのは、率直に言って気分はいいが、藍色の部屋の鍵がないのは素直にテンションが下がる。
エントランスに入り、インターホンをおす。みずが応答してくれてオートロックを解除してもらう。エレベーターに乗り、目をつぶってもたどり着けそうな程足を運んだ藍色の部屋へ到着する。
風呂上りのみずが出迎えてくれた。頭をバスタオルで巻いている。ほくほくとした湯気が身体から出ている。
「いろ、いらっしゃい」
「みず。風呂上りに外に出るのは駄目だろ」
「知らない人なら出ないけど、いろだしいいかなーって」
「風邪引いたら困るから駄目。ほら、湯冷めしないうちに髪を乾かしなよ」
「わかってるよ」
「ん。ならよし。じゃ、お邪魔しまーす」
みずは洗面台でちゃんとドライヤーで髪を乾かしはじめた。ふわふわとした柔らかい毛が風で動く背中姿を少しだけ眺めてからリビングへと向かうと、藍色がテレビを見ながらビールを飲んでいた。肝臓をそのうち壊してしまえばいいのに。
「お前、本当うちにくるのが好きだな」
横目で藍色が言ってきた。テレビを見ると、多分サスペンスドラマだ。刑事と犯人と思しき人物が崖で対峙している。
「そりゃ、親友の家に泊まれるっていうのは楽しいイベントだからな」
コンビニの袋からビールを取り出して、座布団の上に胡坐をかいて座り、テレビを眺める。
「ビール持参か。しなくても冷蔵庫に入っているのを飲めばいいだろ」
「なくなったら貰うことにするよ」
クライマックスだから展開はさっぱりわからなかったが、犯人は復讐を成し遂げられなかったようだ。終わると藍色がリモコンで電源を落とした。
「面白かった?」
「私好みではないな」
会話が終わった。ビールを飲み干し終わった頃合いに、みずがリビングへとやってきた。髪の毛は乾いており、水気がなくなっている。
「あいもいろもお酒ばかり飲んでたら身体に悪いよ?」
「のんべえじゃないから大丈夫。みずも飲むか?」
「酔うからいらない。何かおつまみでも作ろうか?」
「いや、大丈夫だよ。買ってきてる。準備は万端さ」
三人でテーブルを囲みながら、ぐだぐだと過ごしたあと、日付が変わった頃合いでみずが寝るのに部屋へと戻った。
俺は新しいビールをあけて飲む。藍色はノートパソコンを取り出して、キーボードをせわしなく打ち始めた。
「なぁ藍色。愚痴を聞いてくれないか」
「なんだ? みずが目的ではなく……まさか私に愚痴をきいてもらうためだけに今日はとまったのか?」
変なものを見るような目で見られた。
「俺にだって藍色に聞いてもらいたい日くらいある」
「全く。お前は素で接することができる親友のみずが嬉しいんじゃなかったのか? まるでみずにすら仮面をかぶっているようだぞ」
「は? そんなわけないだろ。ただ愚痴をいう相手は藍色の方が適しているだけだよ。で、聞いてくれる?」
「わかった。好きに話せ」
パタンと、立ち上げたばかりのノートパソコンは閉じられた。珍しいものを見た気持ちになったようで話を聞いてもらえるようだった。
「四月に、詩って同級生に告白されたんだけど」
「私はお前の自慢をきくために時間を割くつもりはないのだが」
「別に告白されたくらい自慢でもなんでもないし」
「普段から告白され慣れている人間のセリフだな」
「そう? 俺はそもそも詩って子のこと好きでもなんでもないから正直迷惑でしかないけどな」
「だろうな。お前にとっては」
「そういうこと。で、俺はどうやら詩にストーカーをされているみたいで」
「へぇ」
藍色に興味が宿ったようで、胡坐をかいた姿勢で俺を見る。ビールを一口飲んでから続ける。
「告白されて断ったときは大人しく引き下がったんだけどさ、この間諦めないって宣言されて、付きまとわれている」
昼食だけでなく、時折視線を感じていた。自意識過剰ではなく、単に詩はストーカーには向かない目立つ容姿をしているので、よくわかるのだ。だから、詩は知っているはずだ。友達が多いから青春しているからと詩は言葉にしていたが、実際には俺が一緒に昼食をとっているのがみず一人であることも。
執念はすさまじいものがあるし、お蔭でみずと一緒にいるときでさえ、俺は中々優等生の仮面を外す機会に恵まれていない。とんだ迷惑もいいところである。
「昼飯を平日毎日誘われて、そろそろ断る理由もしんどくなってくるし、授業中とか凄く視線を感じるし、すっげぇ疲れる」
「お前の素知らないんだろ? お前がクズだってこと教えてあげればいいだろ」
「別にクズのつもりはないし、優等生やめてどうするの。女子とか怒らせたら怖いよ。女子のネットワーク? 怖いって評判じゃん」
「評判かどうかは知らないが……人でなしだと広まったら告白されなくなるだろ」
「やだよ。優等生じゃなくなる」
「我儘だな……なら諦めて付き合えばいいだろ」
「それはもっと嫌。何度も言うけど、詩のこと好きじゃないし。愛情の欠片もないよ」
好きでもない相手と付き合わなければいけないのなんて苦痛でしかない。
「ならいっそストーカー被害を訴えればいいだろ」
「犯罪者から真っ当な手段を提供されるとは思わなかった」
「私がご利用しないだけだ」
「ご利用してたら困るよ。ってかその案は却下。実害ないのに無理でしょ? 物証もないし、実際に被害を受けているわけでもない、何より俺は男だし。女子が訴えでるのとはわけが違うよ」
「まぁそうだろうな」
「わかっててその案出すとか酷くない?」
こっちの心的問題に等しい状況では、特になんの問題もないと判断されるだろう。
いっそ部屋に侵入された方が不法侵入で通報はできるのだろうけれども、残念ながら同級生が部屋にいたから一発アウトで通報をする色葉は仮面をかぶっている限り無理だと思う。二度目はなしで一度目は注意で終わらせる気がする。
めんどくさいな、この優等生色葉。知っているけれども。
「だから単に愚痴をきいてもらいたくて。もーって感じなわけで」
「はいはい、話半分くらいには聞いてやる」
「うん。それでいい、真剣に聞かれても困るし」
単に鬱蒼としているからビールを飲みながら酒のつまみを食べて愚痴を言いたいだけである。適当に会話を挟んでくれればそれでいい。
「詩ってどんな少女なんだ?」
「ん? 桜色の髪でふわっとしたくせっけかな? をおさげにしている。見た目が儚くて上品でお嬢様の一言で済むような子。令嬢だよね。見た目が結構浮いているから、見れば一目でわかるタイプ。あと、みずと一緒で見た目に反して結構頑固」
ビールを口に運んだが、一滴しか落ちてこなかった。からになった。コンビニ袋から新しいのを出そうと思ったらもうなかった。
許可はもらってあるので冷蔵庫からビールを頂こうと立ち上がったら、身体がふらりと揺れた。
「おい、色葉。飲みすぎだ。少し酔っ払っているぞ」
「うーん、今日はもう少し飲みたいから飲むわ、大丈夫。思考は酔ってない」
「二日酔いになっても知らないぞ」
「まぁその時はその時で。多分、大丈夫でしょう。酩酊するほどは飲まないよ。節度はあるつもりだ」
冷蔵庫から一回一回取りに行くのが面倒なので藍色の分を含めて三缶取り出した。一つが藍色の分だ。藍色はもう俺が酔っ払っても興味がないのようで、ビールを受け取るだけ受け取ったら、閉じていたノートパソコンを開いて途中だったものを再開し始めた。
「そういや藍色は最近、パソコンしていること多いけど何? 仕事でもするの?」
「いや、断っているメールを打っている。キーボードで入力した方が早いからな」
「そんなにメールくるのか?」
「前に話した鳶だ。最近よく送られてくる。一日十通くらいか」
「そっちもストーカーなわけ?」
「何故そうなる? 仕事の内容だぞ? 興味があるならメールを読むか?」
「え、普通に遠慮するよ」
興味本位で殺人鬼への仕事依頼のメールとか読みたくないよ。添付ファイルとかあったらどうするわけ?
「流石にメールでのやりとりに見られてやばい単語は使っていない。隠喩で用いているに決まっているだろ」
俺の心を読んだように藍色が嘆息しながら言った。よく考えたらそりゃそうだった。
興味はなかったはずなのに、興味がわいてしまったので、藍色の隣に座って画面を覗く。まるで交換日記でもやっているのかと思うような内容だった。いたってシンプルで、一体どんな依頼であるのか皆目見当もつかなかった。
「普通だ」
「だから言っただろ」
確かにこれを返信するとなると一通とかならともかく、複数だったら画面が小さくてフリック入力よりもキーボードでうった方が早い。
藍色のキーボードをたたく音は一定の速度を保っており早い。音を聞いている限り、打ち間違えも少ないようだしな。
とか思っていると一瞬意識が遠のきかけた。ふむ。流石にそろそろアルコールを摂取するのをやめた方がよさそうだ。
節度あるアルコール生活をしないとみずから禁酒例が出されてしまう。
ビールを最後まで飲み干して空にしてから台所ですすいでから、缶入れへと捨てる。捨てすぎてゴミ箱がいっぱいになりかけている。朝怒られるかな。あぁ駄目だ足元が若干覚束ない。
「タオルケット借りるね」
藍色の部屋へと向かい、ベッドからタオルケットを一枚拝借して、リビングへ戻り、ソファーにゴロンと横になる。
「新しいの出せばいいだろ」
藍色が普段使っているのだと気づいたようで、呆れたように声をかけてきた。
「取り出すのが面倒だった……」
場所はわかっているけど目の前にあったタオルケットの方が取り出しやすい。藍色のベッドで眠りこけていないだけましだと思ってほしい。もう眠い。
「わかった。私が新しいのを使う。お前はもう寝ろ」
「そうして。おやすみ」




