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アマービリタ  作者: しや
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親友

「色葉――好きですわ、わたくしと付き合ってください」

「ごめんね。気持ちは嬉しいけど、君と付き合うことはできない」


 柔らかく、けれど期待をさせない拒絶を伝える。

 名前だけしかしらない彼女は、希望がないと理解して、あどけない瞳に涙を溜めながらも、優美な動作で一礼して去っていく。

 真っすぐ伸ばされた背中は、歩くたびに自信が欠落して小さくなる。

 一陣の風が吹き、白のケープが桜と共に揺れると、彼女の瞳から零れた涙のように、花びらが空を舞う。



 校舎内に彼女の姿が隠れたのを見届けてから、軽くため息をつく。


「全く、面倒だ」


 本心が零れる。

 付き合うつもりもない人に告白されても厄介なだけで、嬉しくもない。

 清々しいまでに拒絶できれば、心地よいと思うのだが、優等生の仮面が許してくれない。

 気分を変えようと深呼吸をして春の空気を取り込む。

 空を眺めれば雲一つない晴天が眩しい。

 キャンパス内では、楽しそうな笑い声が耳に入る。

 初々しさを感じられる。新入生が期待に胸を膨らませて青春を謳歌するのだろう。

 羨ましいものだ。

 一限もそろそろ終わるだろう、と腕時計を見る。終了まであと五分だ。二限の教室へ向かおうと足を踏み出すとスマホが空気を読まずになった。嫌な予感がすると思いながらポケットから取り出す。休講連絡がきた。しかも二限だ。せめて前日に連絡をくれ。そしてオリエンテーションから休講はやめろ。次の講義は履修登録したあとだぞ。

 朝から災難続きで帰宅したら五限まで詰めて組んだのに自主休講してしまいそうだ。

 それを回避するためにも、三限から講義でまだ家にいるだろう親友へ連絡をする。


『おはよう。いろ、どうしたの? 講義は?』


 電話をかけると程なくして繋がった。


「二限休講になってさ、駅前の喫茶店にでも行かないか?」

『いいよ』

「じゃあ喫茶店前待ち合わせで」

『準備してから出るから、少し待っていて』

「りょーかい。ゆっくりでいいよ。どーせ時間はあるしな」

『わかった、なるべく早く行くから』


 二限の次は昼休みだから長い。ゆっくりと喫茶店で過ごす時間は十分にあるし、親友を待つ時間も存分にある。

 春の陽気に軽やかな足取りで正門から外に出る。鬱蒼としていた気持ちは綺麗さっぱり洗い流された。

 平日も休日も常に人の波が形成されている道を歩きながら喫茶店の前に到着する。当たり前だが、親友の姿はまだない。

 鞄から文庫本を取り出し、栞を挟んだところを開いて読み始める。


「いろ、お待たせ。ごめんね、遅くなった」


 十五分くらいたったころだろうか、親友であるみずの声がしたので本に栞を挟んでから鞄にしまい顔を上げる。

 親友の一流(にのまえみずゆき)。初見お断りな名前で、愛称はみず。

 柔らかく微笑む姿は、優しさがにじみでている。象牙色の髪は柔らかく癖があり、日焼けを拒むような色白の肌に、灰色の瞳は全てが整っている。

 灰色のコートに黒のハイネックを組み合わせたシンプルな着こなしに、シルバーネックレスが揺れて輝く。

 華奢な身体は触れれば折れてしまいそう。

 今朝告白してきた桜が似合う彼女よりも繊細で、どちらも儚いイメージはあるが、比較すればみずの方が遥に似合う。


「大丈夫。思ったより早かったな」

「掃除が終わっていたからね」

「藍色にやらせればいいのに」

「あいは朝からお出かけ」

「そっか」


 仕事なのか本当にただのお出かけなのかと思ったが、どっちでもいい。

 みずと一緒に暮らしている、染めているのか天然なのか判然としない白髪に、藍色の瞳を持つスーツ姿の藍色(あいいろ)がどこで何をしていようと興味はない。


「店に入るか」

「そうだね」


 階段を上って店内に入る。

 朝でも昼でもない時間帯の店内は閑散としており、二人席は空いていた。案内された場所で鞄を背中のクッション変わりにしながら座る。


 向かい合う形で薄手のコートを脱いで座ったみずにメニューを見せる。


「今日は弁当ないだろ? 昼食も一緒に食べようぜ」

「言えば作ってきたのに」

「わざわざ、みずが三限からの日に弁当を頼むわけないだろーが」


 軽くデコピンをする。

 みずは一回五百円で俺に弁当をいつも作ってくれるが、今日は俺が一限から、みずが三限からなので断っていた。

 みずの料理は――特に卵焼きは絶品だから三百六十五日食べたいのだが、我慢だ。

 肉も食べたいなと思い、サンドイッチに肉が挟まったのを、みずは軽いサンドイッチをそれぞれ注文した。飲み物はカフェオレだ。


「今日さ、告白された」


 サンドイッチが届くまでの間、先ほどの出来事をみずに話す。


「いろは人気だね。大学に入ってから何回目だっけ?」

「覚えてない」

「酷いなぁ……その人のこと振ったの?」

「正解。(うた)って同級生知ってる?」

「ごめん、知らない」

「お嬢様風の子。実際お嬢様って話だけど……興味ないから断った。大体さ、皆が好きな佐京色葉(さきょういろは)は、みずと一緒にいる俺じゃなくて優等生を演じている俺が好きなだけ。内面まで知って幻滅しないのはみずだけさ」

「そんなことはないよ」


 みずはあっさりと否定する。

 だから居心地がいい。

 佐京色葉――俺の、周囲からの評価は本性を知らなければ一貫して、礼儀正しい、友好的、社交的、文武両道、品性方向で絵に描いたような優等生と答える。つまらないほどに、個性がないほどに一緒だ。

 本性を隠して過ごしているが、みず以外にも知っているものも僅かだけどいる。

 例えばみずと一緒に暮らしている保護者みたいな藍色。

 藍色ならば俺の評価をクズの一言で済ますだろう。追加。弟も同じような返答だな。

 外面と本性は両極端なほどに違う。

 だから、告白されたとしても俺の表面しか見ていないような子に興味がわくわけがない。

 大体、詩とはまともに顔を合わせたことも話したこともない。

 そんな子とどうして恋人になれるっていうんだ。告白されて、どうしてOKを貰えると思うのだ。


「そういや、みずは告白されたって話聞かないよな」


 儚い外見は俺なんかよりもずっと整っている。


「僕は、いろと違うから」

「顔は俺よりいいくせに何言ってんだか。まったく……みずは告白されたらどうする?」

「断るよ……そもそも僕に告白するような人がいるとは思えないけど……でも、恋人とか恋愛とかは、今は考えられないかな」

「自己評価低すぎ。告白されて断ったあと、友達から始めましょうって言われたら? 友達から親友、そして恋人へ。お互いのことを知ろうって。その場合はどうするのさ」

「それでも断るよ。それに、親友が恋人に変わることなんてないよ。親友は親友、恋人は恋人。別だ」

「――そっか」

「そうだよ。だから、お友達から始めましょうって言われても、それは僕にとって違うことだから、断るよ」

「友達は、特別か」

「うん」


 屈託のない笑顔で断言された。

 大学に入るまで友達が一人もいなかったから、みずは友達に特別な思い入れがあるのだ。

 友達と恋人は異なるもの――同一にはなれない。


「全く持って、俺もだけどみずも酷い奴だ」

「そんなことないよ、少なくともいろとは違うって」

「事実だろ、告白してきた子を振るんだから。同じ同じ。あ、そだ。みず、夕飯一緒にラーメンでも食べないか?」


 ボリューム満点のカツが挟まれたパンが届いた。

 ナイフとフォークで切り分けて口に運び、噛む。肉とパンが合わさった美味しさに満足してから尋ねる。


「お昼食べてる最中に夕飯の話?」

「飯の時だから飯の話だよ」

「食いしん坊だなー。今日はごめん。あいの夕飯作るからまた今度一緒に食べよう」

「りょーかい」


 舌打ちしたい心境を抑えて、笑顔を作る。

 感情の機微に敏感なみずは、俺の本性をすぐに見抜いたが、しかしみずと親友になってからは読み取るのに鈍くなっている。

 親友という関係に安心しているのだろう。

 テーブルに置いていたスマホがまた音を立てた。また休講案内だったら残りも自主休講にしようと決めるが、違った。


「みず、ゼミで飲み会行こうってさ。親睦深めようって」

「え……僕も?」

「みずの連絡先知らないから俺から伝えといてっていわれているから、みずも」


 どうしようと不安な表情を浮かべている。

 人見知りで、大人しい性格なみずは社交的とは言えない。

 だから、他人との飲み会に不安を抱いているのだ。

 それと同時に飲み会に行ってみたい気持ちも伝わってくる。

 行きたい、と迷惑にならないかの不安の狭間。


「日程は来週の金曜日、五限が終わってから六時半に駅で待ち合わせだ。行こうぜ、大丈夫。友達が増えるかもしれないぞ」

「わかった、行く」


 友達の言葉が後押しになったようだ。笑顔を浮かべた。


「よし、決まりだな。返事しておくよ、楽しみだな」

「うん!」



 友達が増えるかもしれない、なんて薄っぺらい嘘。

 ――友達なんて、増えなくてもいい。

 本心ではそう思っている。


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