0002-01
夜が明ける、何時ものように朝食を作り始める。今回は、トロモロの実を使ったスープとパンである。
「やぁ!報酬を貰いに来たよ」
笑顔でキッチンに入ってきた。
「そういえばいつから気付いていた?カーミレが女だって」
「初めから、だけど?」
後ろを向きながらシュトラウスに問いかける。え?知らなかったの?みたいな声だった。
「俺は気が付かなかったぞ?どこで気がついた?」
「いや?見た瞬間から気付いてたけど。だから嫁?って」
確かに昨日の朝、嫁?と聞かれている。なるほどなぁ、と思いつつ俺は絶対に分からないなぁと感じていた。
「あ、すまない、シュトラウス。今日は本職の方に呼び出されたんだ。だから──」
「忙しいのは知ってるよ?でもね、カーミレは昨日出会ったんだよ?心から信頼してるのは、ヨイヅキ。キミだけなんだよ」
説教臭くなってしまったね、分かったよ。今回だけだよ。早く帰ってくるんだよ、とだけ言って椅子に座った。
手伝う、ということはしないらしい。いつものことだが。
「シュトラウス、手伝わんでいいが、カーミレを起こしてやってくれ」
「はーいはい。起こしてくるね」
ゆったりと寝室へ歩いていった。ちゃんと起こしてくれるのか心配だが。
「おはよぉ。ヨイヅキぃ」
「おはよう、カーミレ。よく寝れたか?」
トロモロの実のスープとパンを盛りつけて持っていく。
「さすが、今日も美味しそうだね」
「カーミレ、すまないが今日、仕事があるんだ。シュトラウスと一緒に留守番してくれるか?」
申し訳なさそうにカーミレを見ると、熱々のスープを掬って冷ましているところだった。
「ちゃんと帰ってくる?」
「もちろんだ」
しっかりと断言してやる。少しでも濁せば不安を露にするだろう、だからこそきっぱりと言った。
「ふふふ」
「なんだ、シュトラウス」
「いやぁ、まさかあのヨイヅキが父親をしてるなんてなぁ、と思っただけ。ほら食べよう!カーミレ、家にいても暇だしさ、今日は町を巡るよ!」
食事を終えて、ヨイヅキは着替えを始める。何時ものラフな格好ではない。黒に金の縁取りのしてあるローブに銀色の杖。そして、大きめの鞄を背負って扉の前に立った。
「じゃぁ、行ってくる。カーミレまた夕方」
「うん!必ず帰ってきてね」
返答の代わりにカーミレの頭を撫でておく。暖かく、さらさらしていた。
※※※
「さてと、地図だとこの辺りだけどなぁ」
魔術師の魔獣討伐は任意でやることになっておりそれで失敗しても自己責任である。今回のように救助依頼が来ても、受理されないことが多い。
難易度に報酬が見合っていないからだ。
だからこそ、ヨイヅキのような魔術師が助けに行かないと行けなくなる。さすがに魔術師の損耗は町にとっても痛手になる。
「あ、いたいた。多分、全員いるな。よく耐えきったと思うぞ?」
ゆったりその方向に歩いていく。木が朝日を浴びて影を作る。その影に入るとヨイヅキの姿が消えた。
影と茨の魔術師は、珍しく火や水といった属性を持たない。その代わりに二つの概念を操る。一つは影。今回のように影から影へと移動できる。しかし、移動できるのは目視できる範囲だけである。
もう一つは茨。誰もが一度は見たことのある植物ではないだろうか。実を食べれば痛手から回復し、その茎は身を守るための棘で覆われた植物。それを無条件に操ることができる。
影から影へと渡った先には、三人の男がいた。恐らく彼らが、アマウ、イエセア、カサムだろう。地図に目標の名前が書かれていた。
木の近くに魔法で穴を掘ってそこに隠れていた。
「お前らが、アマウ、イエセア、カサムの三人か?返答は早く。さっさと帰りたいのでな」
絶望に顔を染めていた三人衆の顔が明るくなる。助かったと思ったのだろうか。
だが、一人だけ地面に横たわっていた。魔力の配分を間違えるとたちまち陥る魔術師の弱点。魔力切れを起こしているのだ。
「はい。オレたちがアマウ、イエセア、カサムの三人です。助けてください」
「まぁ、それが依頼だしな」
その言葉を言うと共に地響きが近くで響いた。