0009-03
「のう、どうやったのじゃ? どうして魔術で妾を傷付けたのじゃ?」
「それはね。こうするのっ!」
凄まじい冷気がカーミレの左手に巻き付いていく。それは少しずつ、少しずつ形を作っていく。
先程と同じように短剣の形へと。
「この前ね。ヨイヅキに教えてもらったの。水は見えないだけで周りに沢山ある、って。それと冷やすとね、見えるようになって、もっと冷やすと氷になるのっ!」
所謂、水の状態変化である。氷、水、水蒸気の三つ。それだけで、ここまでの魔術を編み出したカーミレもカーミレだが。
「つまり、妾を傷付けたのは……」
「魔術、ではなく。ただの氷だな」
アズサの言葉を奪うようにヨイヅキが答えた。ただの水を凍らせただけの、ただの氷。それが答えだったのだ。
「ふぅ。凄い才能じゃな。カーミレちゃん」
「んふふ。でしょっ!」
嬉しそうにカーミレが笑った。余程、嬉しかったのだろう。
「なら、俺と模擬戦やるか。アズサ」
「受けて立つのじゃっ」
先程と同じように、訓練用の結界が張られる。ついでに、カーミレの隣にはコウリョ、グレンゲ、シュトラウスが立っていた。気になって見に来たのだろう。
「どこからでも来い。アズサ」
「ならっ」
カーミレの時とは比べ物にならない速度で駆けていく。すぐにヨイヅキの目の前を天地煌華が走る。
だが、ヨイヅキが影にスルリと呑まれて攻撃は当たらない。ただ影を剣線が走り抜けただけであった。
「影茨の牢獄」
だが次の瞬間、夥しいほどの茨が溢れだした。ヨイヅキとアズサを囲むように。光すらも呑み込んでしまうような、黒い茨が。
これこそ、ヨイヅキの十八番である茨系統の魔術。影を作り、自らの土俵へと敵を引き摺り下ろす空間を作り上げる。
「妾には魔力を伴う攻撃は効かぬは、わかっておろう。それなのに何故?」
「その体質は、嬢ちゃんの言ったように魔力を伴う攻撃を無効果する。だけどな、影と茨の野郎のことだぜ?」
ヨイヅキの変わりに、なのだろうか。グレンゲが答える。ついでに言えば、コウリョは後ろを向いて耳を手で塞いでいる。
「頑張って! アズサお姉ちゃん!」
カーミレが応援するように叫んでいる。果たして、聞こえているのだろうか。
小さく蠢いている影の茨の中はどうなっているのかはアズサとヨイヅキにしか分からない。
「どうしたのじゃ?」
迫り来る尖った茨を次々に天地煌華で切り裂いていく。先程のように無視して攻撃を受ける、なんて事はしていなかった。
「次で決めさせて貰おう。俺の勝ちだな」
「言わせておけば、なのじゃっ!」
ヨイヅキに向かって翔ぶように駆けていく。その姿は、まるで鷹のように鋭かった。
「いや、チェックメイト」
突如、凄まじい轟音が鳴り響いた。それは、雷が近くで落ちたような音である。
そんな爆音を間近で聞いてしまえば人であろうと獣であろうと気絶するのは当たり前、であろう。
どさり、とヨイヅキの前で倒れたアズサに近づいて行く。倒れたアズサを介抱するためだ。さすがに、倒れたまま放っておくほどヨイヅキも落ちぶれていない。
さすがに、この状況で気絶していない、なんてことは無いだろう。
「妾の勝ち、じゃな」
「まさか、あの轟音を聞いていなかった、なんてな」
ヨイヅキが驚いたように下を見た。首筋には天地煌華が当てられ、柄をしっかりと握ったアズサの姿があったのだ。




