0006-03
血で描かれた魔方陣の前にコウリョが立つ。いつものヘラヘラしたふざけた顔ではない。真剣な顔だった。
「器は五素へと乖離せよ。我は彼の者の帰還を望む者。その代償は竜の腕。器は砕かれ、捏ねられ、新しくなる。光と癒の古竜たる我が命じる。真名、シュトラウス・ルーガを──」
長い、長い、詠唱が始まった。コウリョは目をつぶりずっと詠唱をしている。シュトラウスの肉体が少しずつ光に包まれていく。
だが、音が少しえげつなかった。布を無理矢理引き裂くような、木を折るような、水を多く含んだ泥を捏ねるような、そんな音が聞こえた。
助かるのかどうか、記憶があるのかどうか、とあれこれ思っているうちに詠唱が終わりに差し掛かる。
「──今一度、光と癒の竜たるコウリョが命じる。あぁ、もう!理など知ったことか!黙りやがれ!このクソ真理!そして、お前もっ!いい加減戻ってこい!このやろーっ!」
厳かな詠唱が一瞬で無くなる。殆ど叫びに近かった。シュトラウスを包む光が強く輝き始める。目が焼けそうに成る程だ。
「おい、大丈夫なのか?」
「ごっめーん。失敗したっぽい!」
テヘ☆というように、舌を出しながらこちらを向いた。ヨイヅキの額に青筋が立つ。
「どう言うことだ!失敗しないんじゃ無かったのか!」
「うん。ごめんね。完全に成功しなかった」
光が少しずつ収まっていく。そして、長方形の台の上には一匹の竜がいた。
コウリョが竜化した時のような、さらさらとした毛に覆われた竜。だが、コウリョと違い黒い毛であった。瞳は黄色みがかった金色。あきらかに、ヨイヅキとコウリョの特徴が掛け合わされている。
「は?」
「器がね。ちょーっと、竜になっちゃったぽい。ヨイ君の肉体の情報とボクの魔力が強すぎて元々の器が変質しちゃったの。そして、魂も極限まで回復させたけどね。やっぱり、一部だけ完全に癒せなかった。多分、名前とかが変質してる」
生まれたシュトラウスを見ながらそう言った。その顔には、申し訳なさそうにしている。恐らく、もっと前なら完璧にできたのだろう。
「ヨイヅキ?あれ?私は刺されて……」
「良かった。生き返ったか」
姿は違えど、確かにシュトラウスである。
「さて、これはボクの責任でもあるからね。少しの間、面倒を見るよ。ヨイ君にはやらないといけないことがあるもんね。あ、そうそう次会うときは、弟子も一緒に来てくれると嬉しいな」
シュトラウスを見ながら、そう告げた。どうやら、ヨイヅキがカーミレを弟子にしたという情報が出回っているらしい。
「情報が早いな」
「噂好きですから。ほら、さっさと行って」
「行っちゃうの?ヨイヅキ」
「大丈夫だよ、ちゃーんとヨイ君は帰ってくる。それまで、ボクと暮らしておくれよ。人化の術を教えてあげる。ヨイ君を驚かせてやろうよ」
どうやら、そう言うことらしい。そのまま竜の状態でいれば、色々とトラブルを起こしてしまう。なので、人化の術を教えて、また人として生活出来るようにするのだろう。
「うん」
「ほら、さっさと行けっての」
「すまない。この借りは必ず返す!」
「当たり前でしょ!利息がたんまり貯まるだろうから返済頑張ってー!」
どこかずれたコウリョの言葉に少し笑い、そのままナルトリアの町へと飛び立っていった。もっとも、すぐに影に入り影渡したが。