0006-01
まだ早朝といっても良い時間帯である。昨日の村長が気を利かせて四時間も馬車を速くだしてくれたのだから。
門の前には人だかりができていた。口々にひどい、かわいそうに、気の毒だ、と言っている。
「なぁ、どうしたんだ?」
「えぇ。ナルトリア大神殿長がね……」
近くにいた女に話しかけた。
その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。
「おいっ。シュトラウス!」
人混みを掻き分けて、中心に行く。それに続いてカーミレとアズサも見てしまった。大量の血が地面に流れ出ている。
「返事をしろよ。なぁ」
「にいちゃん。こいつの恋人か?」
気を使うように老年の男がヨイヅキに話しかけた。周りの人間達も気まずそうに目を逸らしていた。
「いや。だが、大切な友人だ」
「辛いのは分かるが。もう、ダメだ」
男が首を横にふる。明らかに死んでいるのだ。流れ出た血の量に腹の大きな傷。
もう、助からない。
「シュトラウスおねぇちゃん!ねぇ、起きてよ!起きてよ。ヨイヅキ、おねぇちゃんを助けてよ!カーミレみたいに!」
カーミレがシュトラウスに抱きつき泣きじゃくる。ヨイヅキなら助けてくれる、と信じてカーミレはヨイヅキを見た。だが、その後涙を貯めて泣き出した。
気がついたのだろう。もう、どうやってもダメだと言うことに。
人間、いつだって突然に別れを告げてしまう。二度と会えない旅に出るのだ。
どう足掻いても人にはひっくり返せない死の概念。
「どいてくれ。散ってくれ。そして、見ないでくれ。頼む」
ゆっくりとヨイヅキが言う。その声は、震えていた。従うようにゆっくりと、野次馬達も離れていった。
「やっぱり、俺には無理なのか?なぁ、教えてくれよ、レヴァ。俺は守ることはできないのか?」
嘲笑するように呟く。また、助けられなかったと。
ゆっくりと記憶を思い出す。初めてこの町に来たときから嫌な顔せずに世話してくれたシュトラウス。
毎回、毎回。明るく、俺に構ってくれたシュトラウス。嬉しかった。人と会話することが。
だからこそ、ここの生活を捨ててでも助けたいと。カーミレの時のように思った。
「古き盟約に従い。その姿を現そう。我は、影と茨の竜。カーミレ、アズサ。すまなかった。ずっと騙していた。俺は人間ではないんだ」
ゆっくりとカーミレ達の方を向いた。
「カーミレにいたっては、もう半分竜なんだ。カーミレを助けるために、俺の血を受け継がせたんだ。本当は先に言わないといけなかった。でも、怖かったんだ。言い出せなかったんだ。すまない」
竜の姿でカーミレに話しかけ反応を見るために、カーミレの方を振り向いた。カーミレの奥には驚いたように固まる野次馬達がいた。
「アズサ。すまない。カーミレを守ってやってくれ。俺は少し、用ができた。必ず戻ってくる」
「ヨイヅキ殿は、ちゃんと戻ってくるのじゃよ?話したいことがたくさんあるのじゃ」
笑ってそう言った。アズサの目には恐怖の色は見えなかった。野次馬達のように怯えていると思っていたのでとても驚いていた。
「化け物めっ。人間どもに復讐をするつもりだな!」
先程の老年の男がいきなり叫ぶ。男にはまだ、こびりついていたのだ。竜による恐怖の記憶が。
それにつられて、周りの野次馬達も口々にヨイヅキに恐怖の色を浮かべた。竜の脅威を知らない者も、男の怒りの表しかたに伝播されたのだ。
今のヨイヅキは、完全に竜化している。黒い鱗に金の瞳の巨大な竜は、畏怖ではなくただ純粋な恐怖だけを生み出した。
「この件が終われば。俺はこの町から去ろう」
「当たり前だ!二度と、二度とく─」
「黙れっ!」
そこには、いつしかの三人の冒険者がいた。
そう。アマウ、イエセア、カサムである。ヨイヅキに助けられた魔術師達である。
「俺たちは、そこのヨイヅキさんに助けられた!第一、復讐をするなんて、憶測でしかないぞ?惑わされるな!」
「うるさい!何がわかる。若造に!」
「お前らはっ。気がつかないのか?どうしてヨイヅキさんが本気になればこの町は一瞬で消えるのに」
アマウの言葉に、野次馬達がピタリと喋るのを止める。その通りだと、思い返したのだ。圧倒的な存在感が肯定しているようにも見えた。
「災害級 腐食竜を一人で討伐できるんだぞ?ヨイヅキさんは。あの時、見るなと言われたけど。見てました。ごめんなさい。だから、知っているんです。ヨイヅキさんが竜になって、腐食竜を倒したのを」
どうやら、見ていたらしい。あの戦いを。
「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!お前には、妻を殺されたことも、娘を殺されたことも無いくせに!」
老年の男が叫ぶ。
「もういい。ありがとう。若い魔術師よ。シュトラウス、少しだけだ。もう少しだけ眠っていてくれ」
ヨイヅキとシュトラウスが、闇に包まれる次の瞬間消えてしまった。




