0001-02
男は子供を自分のベッドに寝かせた。寝息を立てている子供はまったく起きず、男はそのまま部屋から出た。
「飯は、と」
独り暮らしが長かったからか、独り言が多い。ちなみに、まだ夜も明けていない。
「昨日のクックル鳥とトママのスープにパンでいいか」
昨日の夕飯である干してあったクックル鳥に、赤く酸味の少し強い野菜を使ったスープを暖め直す。
「風呂の準備もしないとな」
そのまま風呂へと向かって歩いていく。スープは火にかけたままでいった。
男の家には珍しく風呂がある。男が家を建てる際に一番拘った自慢の風呂である。
狭くもなくとりわけ広くもない。だが、ゆっくりと足を伸ばして湯に浸かることができる。
昔は井戸から水を汲んで、風呂に貯めていくのが必要だったが今は魔法科学が発展しておりそのようなことは必要なくなった。
一定の魔力を装置に流し込むと、周りの湿気を吸い取り水を貯めていく。そこそこ早く貯まり、金額も安いので爆発的に売れている。今や一家に一台、である。
そんなこんなしていると、夜が明けた。月が沈み太陽が登る。外の人工的な灯りが消えて自然の灯りだけが町を照らす。
「さて、起こすか」
いつ死ぬかも分からなかったのにいきなり起こすらしい。
子供を寝かせた自室へと入った。
そこには目が覚めて、体を縮めた子供の姿があった。男は驚いていた。こんなにも、早く目が覚めるのかと。自分なら普通この時間になどめったな事がないと起きない。
「だ‥‥‥れ?‥‥‥どこ?」
どうやら、子供は記憶が混濁しているらしい。
「名前は分かるか?俺はヨイヅキだ」
「名‥‥前?」
コテン、と顔を揺らした。初めて聞いたと言わんばかりの顔である。
「んー。なんてったらいいか?どうやって、呼ばれていた?」
「お前‥‥‥?」
「お、おう。それはまた‥‥‥しかも名前じゃないな、それ。そうか、名前がないのか」
まさかのお前である。名前ですらない。三人称である。この子供はどのような場所で生きていたのだろうか。
まぁ、耳を切られて棄てられている時点でロクでもないことは確かだが。
「なら、お前は。そうだな。だ。カーミレ・ソーレイドだ。どうだ?」
「カーミ‥‥レ?私の‥‥名前?」
「あぁ、お前はカーミレだ」
カーミレ、カーミレと復唱している。気に入ったのだろう。
「さて、朝飯だ。動けるか?カーミレ?」
「うん、」
トコトコと歩いて、ヨイヅキに近づいて歩き出した。しっかりとした足取りで。
※※※
「旨いか?」
「おい‥‥し‥‥い」
匙を使って、クックル鳥とトママのスープを食べている。それを見ながら話しかけているのがヨイヅキである。
「それなら、作ったかいがあるな」
笑いかけながら、カーミレに話しかける。口に詰め込め、頬をパンパンにしながら頷く。
クックル鳥とトママの実、そして各種スパイスを入れており疲労回復の効果がある。それを、食べているのだから元気になっていくのも当然と言えば当然である。
「言わないといけないことが、ある」
「なに?」
昨日の夜のこと、そして自分のこと。だが、怖かった。昔みたいに。排斥されるかも知れない。恐怖の目で見られるかも知れない。
すべて知れない、かもしれない。すべて、想像である。だが、それが怖い。手を返されることもあった。裏切られたこともあった。
長く生きてきた。竜として、そして人として。
でも、それでも切り出す勇気を振り絞る。
「謝らないといけない。カーミレを助ける為に一つの薬を使った」
結局、言えなかった。
「んにゅ?」
「呪いの薬なんだ。人を変えてしまう程の」
「んぐっ。それは。カーミレを助ける為にしてくれたこと、でしょ?」
驚いた。ただ、それだけだった。子供にそれほどのことが言えるとは。
「怒らない、のか?」
「何を?」
「いや、だから。まぁ、いいや。俺はカーミレを責任を持って育てる。今決めた。俺に着いてきてくれるか?」
じぃ、とこちらを見てるカーミレに少し緊張した。だが、今ちゃんと目標が決まった。
「その意気だよ!ヨイヅキ!」
「げ、」
扉をこじ開け、豪快に入ってきたのは獣の耳を生やした女だった。