0003-05
「へぇ。すごいね」
「いえいえ。それほどでも」
謙遜しているが、かなりすごいことである。ほぼ全ての情報を真っ先に知ることができるのは、交渉をする際に大きなアドバンテージになる。
「これは善意ですよ?最近、痴情の縺れによる暴行や殺人がとたんに多くなったようですよ?」
「はぁ?そうか。大通りでも噂になっていたな」
大通りでの噂話で聞いたことのある話だった。付近で殺人事件が起きた。しかし、犯人は捕まっている。どうやら殺された人の恋人らしい。
「いやはや、耳が早い。この黒兎。脱帽です。さて、話はここまでにして食べましょうか?冷ましてしまっては食べ物に失礼と言うことです」
先程、給仕服の少女が料理を配膳してくれた。全て同じメニューである。
大きな川魚を焼いたものに、この町では珍しい米と呼ばれる穀物。そして、ミソと呼ばれる発酵食品を溶いたスープだった。他にもサラダや細々としたおかずが並んでいた。全て食べたら腹が膨れそうだ。
それほどに量があった。
「美味しいですね。特にこのスープが。包み込まれるような優しさを持っています」
「黒兎、お前がそんな饒舌だとはな。まぁ、どれも旨いが」
「おいしいね!ヨイヅキ」
かなり好評のようだ。この後もとりとめのない話をして食事は終わった。
「食事、ありがとうございます。あぁ、用件を忘れるところでした。依頼です。猪頭族、所謂オーク達がこちらに進行しているようで、その討伐を。人数が居るのならこちらで斡旋しますが?」
「いや、いらん。まったく、オークか。めんどくさい。いや、そうだな。カーミレ。一緒に行くぞ。最後の修行は実践だ」
いきなり呼ばれたカーミレが、なに?と顔を上げた。少し眠たいのか目がトロンとなっている。しかし、そんなカーミレの眠気を一瞬で吹き飛ばしてしまった。
「えーっ!本当に?」
「あぁ、大丈夫だ。大怪我を負いそうになったら助ける。できる限り、だ。やれるな?」
「もちろん!やってみる」
ものすごい意気込みだった。ここ三ヶ月の修行の成果を見せたくて仕方がないのだろう。
これが一番辛いことをヨイヅキは知っている。この経験により、魔獣の討伐を今後一才やらないという魔術師が続出するのだ。理由は簡単。
生き物を殺すからだ。まだ、生きていたい、本来なら生きていくはずの生き物に魔術を向け血濡れになる。その手にこびりついた恐怖は簡単に取れるものではない。ましてや、初めて挑戦するのは子供の時である。
だが、ヨイヅキはカーミレならできると思っていた。自らが死にかけて、それでも生きたいと願っていた瞳があったからだ。竜の姿を見ても驚くこともなかった少女である。これぐらいの恐怖は克服してみせる、そう考えていた。
「じゃぁ、渡してくれるの?」
「あぁ。勿論だ。ちゃんと用意してあるぞ。ローブと靴と杖」
初めての依頼を受けるときに一番優秀な弟子には師からローブと靴と杖が貰える。これは、昔からある風習であり弟子達のやる気と実力を競わせて伸ばそうとしたものである。
「やった!」
「帰ってから渡そうと思うそれでいいか?」
「うん!」
嬉しそうに笑って、ヨイヅキの顔を見た。ありがと!と言って少し先へと走り出した。よほど嬉しかったのだろう。
「では、私はこれで。後は師弟で仲良く………」
いつものようにドロリと影へと溶けて黒兎は消えていった。