戦うサラリーマン
セクション 1
「皆様大変長いフライト、お疲れ様でした。当機はあと30分で、成田国際空港へ到着いたします
成田の天気は快晴、気温は26度です」
機長から、もうすぐ着くと、船内放送が入った。
俺の名前は荒井 拓也、早稲田の政経を卒業して、恒久物産という中堅の商事会社に就職したのが、4年前、一年間は石油の輸入とプラント施設の輸出を行っている課で働いていたが、年が明けて、2月になったばかりの頃、部長と専務に呼ばれて、専務室へ行った。
ここの会社の専務は、業界でも有名な切れ者で、社長とは、中学時代から同じ学校で、専務は東大へ進学して、社長は慶応へ行った。
中学時代に大人になったら一緒に会社を開こうという約束を、専務は覚えていて、二人が卒業した3月の25日に、専務が社長の家を訪ねて、「約束だから、会社を作りにきた」と言った。
そんな約束をしたのも社長は忘れていたが、専務の頭の良さはよく知っていたので、社長はすぐに、「よし、二人で会社を興そう」と、すぐに準備にかかって、4月の終わりには、恒久物産は会社として動き始めた。
社長は専務が社長になるとばっかり思っていたのが、専務に「お前は、性格からして、大将の器があり、人を引き付ける魅力も持っている。しかし俺は、性格が冷たすぎて、大将という器ではない。だから、お前が社長で、俺が専務でこの会社を運営していこう」
「しかし、難しい決定何て俺にはできないぜ」
「そういうことは俺が考えるから心配するな」
こうして、この二人と、女の娘の事務員一人を雇って、3人で始めたのが、35年前だった。
専務というくらいであるが、誰が見ても社長と専務は同格で、会社が大事な局面を迎えている時は、逆に、社長が完全に専務に気を使っているのが、半年もこの会社に勤めた人なら、何度か見たことがあるはずだ。
専務室では、部長はただ緊張してそこに座っているだけで、専務だけが、俺のこの一年間、どういった仕事をしてきたかを質問したり、学生時代にやったスポーツについて質問をしたりしてきた。
「今日、君にここに来てもらった理由なんだが、3月から、中東の の支社に、転勤してくれないかという、打診なんだ。どうだろう、未知の場所に行って、君の力を120パーセント発揮してきてくれないか?」
この有名な専務に、ここまで言われて、断れる人間は、一人もいないはずだ。
俺も、先の事などろくに考えもせずに、気がついたら、承諾して、書類にサインまでしていた。
支社に行ってみて、だまされた事に、完全に気がついた。
支社というのは名前だけで、本社から来ているのは、支社長の梶さんと俺だけで、後は、女の娘の秘書のサリーに雑用、運転手のビリーの4人だけの支店だった。