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06

 その日も、わたしは朝から仕事をしていた。急ぎの用ではなかったのだけど、後に回す理由もなかったので、いつものようにペンを走らせていた。


 はじめにしらせが届いたのはにおいだった。

 吹き抜けた風に乗って、バラのにおいが鼻をかすめていった。そして遅れてやってきたのは。

 わたしを呼ぶポプリの声だった。

 それはでも、ただ名前を呼ぶというような穏やかなものではなくて。

 悲痛な叫び声に外へと飛び出してみれば、ポプリはバラの茂みの前で狂ったように暴れまわっていた。


「ポプリッ!」

「エルゥ、エルゥウウウ……たすけてエルゥッ!」


 わたしが駆け寄ってもポプリは気づいた様子もなく泣き叫びながら、腕を懸命に振って巻きついたそれを払おうとしていた。

 それは一匹のヘビだった。

 その細い身体をポプリの腕に絡みつかせて、手首に喰らいついていた。引き剥がそうにもビクともせず、口に指を入れる隙間すら与えないほどで、ならばと顎の後ろを締めようにも、身体が絡みついているせいで上手くできなかった。その時になってはじめて、わたしはそのヘビがマムシのたぐいであることに気がついた。

 急がないと毒が回ってしまう。

 わたしはバラの引き千切り、そのトゲでヘビの目を覆った。一瞬ひるんだその隙を狙ってわたしは顎をつかんで強引に引き離し、ポプリの腕にある傷口から血を吸いだした。


 肌の傷なら、ポプリは治りが早い。でも毒となると話が違う。どんな反応が起こるかはわたしにも未知数だ。それに傷口が塞がってしまったら、体内に毒を閉じ込めてしまうことにもなる。

「大丈夫、ポプリ?」

 でもポプリはすすり泣くだけで、食べちゃダメ、食べちゃダメ、とただくり返すだけだった。食べないよ、といっても聞かず、そのうち呼吸が荒くなり、ぼーっとした顔つきになったと思うとすっかり黙りこくってしまった。と、次の瞬間には意識が飛んで。


「ポプリ、ポプリ?」

 わたしの呼びかけにも無反応で、触れた額はずいぶんと熱っぽかった。

 思った以上に毒の回りは早く、わたしは少なからず驚いた。いったんポプリをベッドに寝かせた後、再び庭へと戻る。

 蛇はそれぞれ固有の毒を持っている。マムシならマムシ、ハブならハブと種類別ではあるけど、解毒薬はそれ専用に作らないと効果がない。これは薬の研究を行っていた時にわたしが得た知識だった。

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