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それからしばらくして、ヒナたちは巣からいなくなってしまった。
三羽とも立派に巣立ったのだ。
でも巣立ってすぐに空を飛ぶことはなく、親から飛び方を教わりながら、しばらくは地上で過ごすらしい。仕事の資料を探すついでに調べた研究書の中に、そんなことが書いてあった。
「しゃぼん玉、楽しい?」
「たのしいよ」
慣れた様子で、ふうっとしゃぼん玉を膨らませるポプリ。いまではわたしよりも上手に、しかもしゃぼん液の調合まで自在に扱えるようになっている。
「エルもする?」
じゃあ、と麦藁を借りて、いくつか玉を浮かべる。
「ヒバリさん、げんきかな」
「気になるの?」
うん、と頷くポプリ。
「寂しい?」
「すこしだけ」
そういって大きいしゃぼん玉を続けて五つ浮かべる。
と、聞き慣れた、けれどもひさしぶりな声があたりに響いた。
風を細かく刻むような、小さな声。
続いて五つ、小さな陰がバラのそばから飛び出てくる。
「ヒバリだ」
ポプリが嬉々とした顔で叫ぶ。
ヒバリの親子はしゃぼん玉のまわりを飛びながら、ゆっくり空に上がっていく。ポプリが続けざまに作ったしゃぼん玉の間を擦り抜けるように、追いかけ回すようにしばらく中空を飛遊した後で、しゃぼん玉を引きつれながら一家揃って森のほうへと姿を消してしまった。
「いっちゃった」
「バイバイしなきゃ」
「ヒバリさんたち、バイバイ」
柔らかい風に乗って、森から小さな反応があった。
あたりがざわざわとささめく。
それらの声に耳を傾けながらポプリを振り返ると、ポプリは黙ってこちらに手を伸ばしてきた。わたしも静かに応じて、抱きかかえる。
「ねえポプリ、今日は一緒にお昼寝しようか」
「いいの? する!」
そろそろベッドの藁を替えようと思っていたところだ。せっかくだからもう取り替えて、新らしい藁のベッドでお昼寝することにしよう。真ん中をお椀型にくり抜いて寝たら気持ち良さそうだ。
「エル、たのしそう」
「楽しそう?」
「だっていま、わらってたもん」
笑ってた?
まさか。わたしが。
いや、そうなのかもしれない。
胸のうちに湧き上がってくる高揚感にどこか懐かしさを覚えながら、わたしは直接寝室へと続く階段をゆっくりと登っていった。 了