ホワイトデーにあやかって
本作は「ギリギリチョコレートの呪縛(仮)」の続編となります。
そちらから読んで頂けると、より楽しめるかと思います。
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あれからちょうど一ヶ月がたった。
あれというのは勿論、バレンタインデーの事だ。
あの日、僕は長年溜め込んだ彼女への罪悪感と恋心を打ち明ける事が出来たわけだけど、しかしそれから何かが劇的に変わったという事実は残念ながら何もなかった。
あの日の出来事は本当に夢だったのではないかと、今ではそう思う事もある。
僕はあの日の翌日、彼女が登校してきたのを見計らって話しかけた。
昨日布団の中で絶対に聞こうと思っていた質問だ。
「結局誰に本命チョコを渡したのか」と。
7年程交流を断っていたのに、いきなり馴れ馴れしい話題ではあったが、話しかけるのに抵抗も勇気も其れ程いらなかった。自分の中にあった確かな自信が、僕の口を軽くさせていたのだろう。
2月14日僕は彼女が校門で誰かを待っているところを目撃した。恐らく本命チョコを渡す相手だろう。僕はバスに乗って帰宅しようとした。しかし何かが吹っ切れた僕は途中でバスを降り、彼女に想いを伝えるべく学校に引き返す。そして不思議な事に学校へ引き返す道中、僕は彼女と鉢合わせたのだ。
そしてその場所は、学校からの距離的に考えて、僕がバスを乗ったと同時ぐらいに、彼女が学校を後にしたことを物語っていた。
つまり、彼女の本命相手は僕だったのだ。僕にチョコレートを渡す為に校門で待っていたけど、結局僕に渡すことは叶わなかった。するともう学校で待っている必要もなくそのまま帰ったと、そういう事だろう。
この推測は僕の中で既に半ば事実となっていた。
だからこそ僕は次の日に気安く彼女に話しかけることができた。
告白をした手前緊張はあるが、両思いなのは分かっているのだから臆することはない。きっと彼女は頰を赤らめて、「……アンタよ」とでも言ってくれるのではないかと、そんな妄想を繰り広げていた。長年諦めていた恋だけに、光明が見えて有頂天になっていたのかもしれない。
しかし彼女の対応は予想に反して冷たいものだった。
「本命チョコなんて誰にも渡してない」
ただそう一言言い終えると彼女はそそくさと僕から離れていった。
僕の頭は一気に冷めていった。あれほどあった自信も、一瞬で消え去った。
それから彼女とは会話がなかった。
2度3度程話しかけようとしたが、どことなく避けられている感じを受けた。
同じ教室内にいるのに目すら合わない。授業中どうでもいい人とは目が合って気まずい想いをするのに。視線は頻繁に彼女へと向いてしまっているというのに、不自然な程目が合わなかった。
当然告白の返事もない。
そうして一ヶ月が過ぎた。
バレンタインデーの一ヶ月後と言えば、説明しなくとも誰でもわかるだろう。
ホワイトデーである。
バレンタインデーに告白して、ホワイトデーに返事という流れが一説によるとあるらしいが、そんなのは嘘だと思っていた。
バレンタインデーに告られたら遅くてもその数日後には結果が分かるだろう。嫌ならそう言うし、好きならすぐにOKを出す。返事を態々一ヶ月後まで勿体振る乃至、保留するなんて事現実には考え難いと、僕は常々思ってきた。
しかし実際困ったことに、一ヶ月後の今日まで僕は返事をもらっていないのも事実。
ホワイトデーは直訳すると白い日という意味だけど、その白ってまさかバレンタインデーの告白をなかったことに、白紙にして下さいって意味での白なんじゃないだろうか。ホワイトデーの返事って、そういう何も言葉に態度にしない白い返事の事を言ってるんじゃないだろうか。
そんな邪推をしてしまう程に、僕は参っていた。
「どうしたんだい小野君。溜息なんかついちゃってさ」
僕の机を囲って一緒に昼食を摂っていた新聞部の友人が、お米を頬張りながらそう聞いてきた。
母方の実家が米農家らしく、彼が食べるお米は白く輝いていつも美味しそうだ。しかし彼にはそんな米への感謝はないらしく、咀嚼と同時に喋った為、米粒が一つ僕の机の上に飛び落ちた。
汚いと思いながらも、僕はそいつをデコピンの要領で飛ばそうとしたが、粘着力満載な米は僕の人差し指にくっついてしまった。指にくっついたそれを今度は親指で弾こうとしたが、それもまた親指に。
何度もそいつを弾くが中々飛んでくれず、そうこうしている内に米は、原型を失い、色も灰色に汚れてしまっていた。観念した僕はティッシュでそれを拭き取ると、指で丸め目の前の食事のマナーがなっていない友人に投げつけた。
「なんだい小野君。今日はやけに気が立っているね」
「そういう日だってあるさ」
やっぱり脈なしだったのだろう。
でも告白したからには返事が欲しかった。
否でも良い。これでは諦めて良いのかどうかすら分からない宙ぶらりん状態だ。
そういったモヤモヤを溜め込んで迎えた今日。返事の日であるらしい今日、何かが起きるんじゃないかという期待や不安が、僕の心を刺激して止まなかった。そして友人曰く「気が立っている僕」の完成だ。
「ねぇ、一ヶ月前立花さんが本名チョコを誰かに渡すって言ってたじゃないか」
「あぁ、そんな事もあったね」
「それで立花さんは結局誰に渡したの?情報通な君なら知ってるんじゃない?君の見立て通り男バスの部長?」
バレンタインデー当日、この友人は彼女の本命チョコの行き先を予想していたのだが、その後結局のところを聞いてはいなかった。というのもこの1ヶ月の間、僕は恋愛関係の話をする気分ではなかったのだ。
そんな僕が今日に至って、この手の話を自ら解禁したのは、恐らくこの後の自分の行動をそろそろ考え、決めなければと思っているからなのだろう。
「それがだね小野君。僕はてっきり立花さんは男子バスケ部の期待の部長に渡すと思っていたのだだけど、どうも違ったみたいなんだ」
「それで?」
「どうも彼女誰にもチョコレートを渡してないみたいなんだ。友達での交換はしたみたいだけど」
「でも彼女確か、バレンタインデー当日にチョコレートは持ってきていたよね。あれは全部友チョコ用だったって事かな?」
「かもね。でもまぁ本命チョコを準備したけど渡せなかった乙女なんて日本中どこにもいるよ」
「それはそうだけどさ……」
「そんなに気にするなんてさては小野君、立花さんに惚れてるな?」
目の前の友人は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「……そうだよ」
彼は目を見開き、また米粒を飛ばした。
別に頑なに隠していたわけではない。ただ何となくこの気持ちを誰かに言ってしまうと、安っぽくなってしまう気がしていたというか、恋愛相談をしない事に一つの美徳を感じていたというか、とりあえず僕はそんな気障ったらしい男だったのだ。
しかし何故か今日はこの友人に打ち明けてみようとそんな気分になった。
もしかしたら僕は、励ましてもらいたかったのかもしれない。或いは笑い話にしてもらいたかったのかもしれない。或いは思い切りセンチメンタルな気分に浸りたかったのかも。
「実は立花さんと僕は昔から顔見知りなんだけど、僕の片想いは年季物だよ。初恋をまだ引きずってこの歳になるけど、いい加減どうするべきか悩み中だ」
「……なるほどね」
自嘲的に笑う僕に対して、彼は飛ばした米を全て拾い終えると真剣な顔で向き合ってくれた。
「残念だけど、彼女が誰が好きとか、君に対して脈があるかどうかも分からないよ。そう言った意味では力になれない。ごめんね」
「分かってるよ」
「でもまぁ、応援も出来るし、励ます事もできる。慰める事も、一緒に立花さんの悪口だって言えるさ。新しい恋を探す協力もしよう。君は疑ってるけど、僕は情報通なんだ。君は知らないだろうけど、案外小野君って人気があったりなかったりするんだよ?」
「……なんだよそれ」
「で、小野くんはどうしてほしい?」
「まぁ取り敢えず話を聞いてみてくれないか?」
僕は人生で初めて恋の相談というのをしてみた。
ざっくりと、僕は彼女の話をした。
幼馴染で、義理チョコの一件で疎遠になって、そして一ヶ月前に僕が告白した事を。そして返事がない事に不満と不安を抱えている事も。
彼は静かに聞いてくれた。
言葉にするととても心が落ち着いた気がした。
そしてその瞬間僕は一人で抱え込めなくなったモヤモヤを整理したくて、この友人に今まで話さなかった彼女への想いを打ち明けたのだと思った。
今までは絶望しかなかった。自分は絶対に彼女とは付き合えないとそう思っていた。その状態は辛く惨めではあったが、自分の身の置き場は、安全地帯は確保できていた。何もしなければ良かったのだ。
しかし、1ヶ月前に僕は遂に安全地帯を飛び出てしまった。全てを終わらせる為に、後悔だけは残さず潔く散る為に行動を起こしたのだ。
しかしその結果、僕は希望を見てしまった。白く光り輝く一筋の希望を目に焼き付けてしまった。そうして僕は途端に何をすれば良いのか分からなくなったのだ。希望の残滓が僕に選択肢を増やしてしまって、キャパオーバーを起こしそうになっていたのだろう。
だから僕は心の整理の為に、言って見ればこの友人を利用したのだ。
「まぁ、なんだ。僕は恋愛の機微はよく分からない。」
彼はそう言い放ち、僕は彼の潔さに寧ろ清々しさまで感じていた。
「だから小野君、僕の彼女を紹介しよう。いい機会だしね。あぁ、紹介というのは少し変かもしれないな。何しろ彼女と君は既に知己だから。まぁ何はともあれ、僕よりは相談相手として頼れるだろう。それに彼女は君にとてもよく懐いているらしいし、仲も良いと聞いているから、相談もしやすいだろう。きっと喝を入れてくれるに違いないよ、うん」
そんな感じで彼は長々と話しすが、僕は正直あまりの驚きに彼がなんと言っているかよく聞き取れていなかった。その驚愕の事実に思わず口の中で生産されたお粥を噴出しそうになったが何とか堪えた僕は凄いと思う。
「君って彼女いたの!?」
そう問うた瞬間、僕の口から米粒が飛んで行った。
◯◯
やがて放課後となり、僕はいつも通り文芸部の部室へと足を運んだ。
今日も一日が終わろうとしているが、彼女との会話は一度もなかった。今日がホワイトデーという特別な日だからだろう。いつもよりその事への落胆は大きかった。
部室に入ると小生意気な後輩が、いつも以上に小生意気な笑顔でもって迎え入れてくれた。
「こんにちは先輩。待ってましたよ」
「君はいつもいつも元気そうで羨ましいよ」
僕はいつもの席に座るとノートパソコンを立ち上げる。新入生勧誘のために部誌を作るのだが、それに載せる短編小説を書かなければならないのだ。締め切りは3月一杯なのだが、最近はスランプ気味で上手く筆が乗らず、いつもキーを指で撫でるだけで部活動を終えてしまっている。先輩が卒業してからは、まともに活動している部員は僕とこの後輩、そして今日は来ていないみたいだけどもう一人の女子生徒だけだ。新入生を何とか確保する為にも、納得のいく物を書きたいのだが、そうは上手くいかないらしい。
そして今日はいつにも増して集中できず、気づけば生意気な後輩と駄弁っていた。
まぁいつもの事である。
「そういえば先輩ってどうして文芸部に入ったんですか?」
「本が好きだから、かな」
少し考えた後に、僕は単純にそう答えた。もっと色んな言葉で飾れば文芸部らしく大層な理由を言えただろう。しかし根幹にある部分は「本が好き」という一点で、この後輩には何も取り繕わず、シンプルに答えるのが一番だと僕は思った。
「実に先輩らしく、面白くない回答ですね」
カラカラと後輩は喉を鳴らして笑った。
「そういう君はどうしてだい?さぞかし面白い理由をお持ちなんだろう?」
「え、聞いちゃいますか……?」
後輩は顔を赤らめ上目遣いでこちらを見てきた。
「そうだな。やめておくよ」
この後輩の性格からして、からかい半分、冗談半分に意味深な態度を取っただけだろう事は、何となく分かっていた。恐らくだが、後輩が文芸部に入った理由に、頰を赤らめてしまう様な事柄はない筈だ。しかし、この後輩の性格からして、冗談という態度を匂わしておいて本当に何か意味深な理由がある、という場合も十分考えられるわけで。
そして僕は基本、触らぬ神に祟りなしの精神の持ち主であった。
「……先輩の意気地なし」
「多少なりともリスクをおかしてまで聞きたい内容でもないしね」
理由を聞いて、気まずい思いをしたくないし。
「そうですか。では、先輩が本を読むようになった切っ掛けは?」
インタビューをしているという設定なのか、後輩は筆箱をマイク代わりに僕の口元に当ててきた。
その質問は、少しだけ僕の胸に刺さるものがあった。
僕は自分が本を読むようになった動機を正確に記憶しており、そしてその記憶には間接的に彼女が登場した。従って、この話題には彼女が付きまとい、それは僕のセンチメンタルな部分にダイレクトに触れてくるのだ。
「……え、聞いちゃいますか?」
僕は上目遣いを試みてみた。
先程の後輩の真似である。意味深な雰囲気を出して、相手にその話題に触れずらくさせるのだ。
「先輩きもいですよ。それで?本を読む様になったきっかけは何なんですか?」
そうだった。
この後輩の性格からして、こんなことで引き下がる訳もなかったのだ。この方は納豆が嫌いと言えば、納豆を鼻の穴に突っ込んでくる様な性格の持ち主だった。
そして僕は思い出話をする事にした。
僕は今日、いろんな事を話して聞いて貰いたい日なのかもしれない。
「……7年くらい前かな」
「はいはい」
「僕がある言葉を知らないのがきっかけで、友達を傷つけてしまった事があって」
「ほぉほぉ」
「その友達は僕にとって親友とも言えるほど仲が良くて、一番大切な存在だった、かな」
いつも一緒だった。
登下校も放課後も休日も。
「でもその出来事がきっかけでその人とは疎遠になっちゃって。仲直りしたくても切っ掛けが掴めなくてね。未だにその人とは距離があるよ。あんなに仲が良かったのに。口は災いの元とはよく言ったものだよ」
例えば彼女が不良に絡まれていたら僕はそこに駆けつけて彼女を庇って、そこから復縁できたかもしれない。例えば、彼女が校舎裏で泣いているのを見掛けていたら、僕は彼女を慰めて、そこから復縁できたかもしれない。例えば彼女が大きな荷物を抱えていて……。例えば彼女が……。
しかし、一度離れた縁を結び直してくれるような事件は一切なく、縁を結び直したければ、僕が自発的に動くしかなかったわけで。そんな勇気を持ち合わせてなかった僕は、今に至るわけだけど。
「でまぁ、もうそんな想いをしないように、させないように言葉を覚えようって思ったんだ。単純だろ?」
「……そう、ですね」
「これが僕が本を読むようになったきっかけだよ」
後輩は「ふむ」と一言ついた。
「その先輩が傷つけた人って、立花香織さんですか?」
「……え!?」
何故、後輩からその名が出てくる?
僕の先程の話から彼女を結び付けられそうな人は、そうだ今日僕が相談した彼しかいない。なら何故彼女が?いや、彼は彼の恋人に相談……、ということはつまり……!?
「君が彼の恋人?」
後輩はただ意味深に笑うのみだった。
しかし、それが何よりも事実を物語っていた。
「どうして、もっと早く教えてくれなかったんだい?白々しいな」
「先輩。彼は情報通なんですよ?友人の好きな人くらい元々知ってたんですよ。先輩って結構態度に出やすいみたいでバレバレだったらしいですよ。勿論なにか思いつめている事も。それなのに友人である自分に相談してくれなくて寂しかったみたいです。だから、黙っていたのは彼なりの仕返しみたいな感じですかね?」
「そ、そうかい」
バレバレだったんだ。
僕は彼の事を少し舐めていたのかもしれない。
明日朝一で謝っておこう。そして小突いてからかってやろう。
「ところで先輩。今日って何の日か知ってますか?」
その質問は僕にとって分かりきった物だった。
僕が今日この日を意識していないわけがないのだから。
「ホワイトデーだろう。勿論知っているよ。だから今日はセンチメンタルが止まらないよ」
後輩は大笑いした。
こちらはこんなに胸が苦しいってのに、全く酷いやつだ。
「白い日ってどういう意味なんでしょうね」
「日記帳がその日は真っ白なんだろうよ。期待に胸を膨らまらしていたら何もなくて日記をつける気力もなくてさ」
「先輩卑屈すぎですよ」
「分かってる。冗談だよ」
「…もう一度告白しないんですか?」
それについて僕は何度も考えていた。
「1回目の返事もないまま、また告白するのってくどくないかな。向こうからしたら返事がない時点で気づけよみたいな……」
後輩相手になんとも情ない姿を見せてしまっているものだ。
「……先輩今日はホワイトデー、白い日ですよ」
「分かってるよ」
「分かってないです。先輩、白ってなんだとおもいます?」
「……色?」
僕は今一質問の意図を理解できないままそう答えた。
「それもありますけど、白って漢字には『告白』とか『白状』に使われている様に、自分の気持ちを相手に伝える意味があるじゃないですか」
「まぁ、そうだけど」
「だから、ホワイトデーは自分の想いを語っちゃう日なんですよ。だから先輩も相手の事とか気にせず、ホワイトデーにあやかって自分を曝け出しちゃえばいいんですよ。告白の返事はまだか、て。一ヶ月ずっと待ってるんだぞ、て」
「こじつけじゃないか?ホワイトデーって確かお菓子業界が金儲けのために……」
僕は言葉を続けることが出来なかった。
なぜなら、目の前に不機嫌色満載の後輩が居たからだ。
「折角私が励ましてるんですから先輩は黙ってその気になっときゃ良いんですよ」
「……ごめんなさい」
後輩は態とらしいテヘペロをかました。
「では、私もホワイトデーに因んで少し語って進ぜよう」
咳払いを一つすると、後輩は姿勢を正してこちらを真っ直ぐに見てきた。
「実は私引きこもりだったんですよ」
いきなりヘヴィーな一節をお見舞いされて、僕は思わずつんのめってしまった。
「別に気にしなくていいですよ。今はこうして楽しく部活の先輩をからかう迄に復帰しましたから」
後輩は白い歯を見せてニーッと笑った。
「人間不信で親とも口をきかず、ただ毎日読書をしていました。このままじゃダメなのは分かってましたけど、人間怠け癖がついたらそうそう解消できるものじゃないですね。で、まぁそんな私を外に引きずり出したのが彼です。先輩も知っての通りあの人普段は良い加減じゃないですか。2年近く私の引きこもりに対して口を出して来なかったのに、ある日突然抵抗する私を無理やり外に出したんですよ。でまぁそれから何やかんやあって、今に至る訳なんですが」
ここから本題ですよ、と。
後輩は人差し指を立てて、僕の方を真っ直ぐ見てきた。
「彼が本音をぶつけてきて、そしたら私も本音を言えました。あんなに人に弱みを見せたくなくて、何重にも殻をしていたのに、彼の飾らない真っ白な言葉はそれを悉く砕きました。先輩、言葉を相手に伝え尽くしましょう。返事が欲しいって醜くせがみましょう。立花さんの本音が聞きたいなら、本音をぶつけ続けるしかないんですよ」
普段は小生意気な後輩だが、それはきっと小生意気を装って自分を守っていた部分もあるのだろう。しかし今、何も飾らずありのままを精一杯、僕の為に……。
「折角立花さんの為に本を読んで言葉を覚えたんですから、それを武器に語りましょうよ」
だからだろうか。
僕は今日なんだか頑張ってみようと、そんな気力が湧いてきた。
「……ありがとう」
「頑張ってくださいね。先輩」
「……先輩か。なんだか今日は君が随分年上に思えるよ」
この後輩に、ここまで勇気付けらるとは思わなかった。暫く頭が上がりそうにない。
すると後輩はなんだか意地悪げに笑っていた。
それこそいつもの後輩が見せるような笑顔だった。
「語ったついでにカミングアーウト!」
「ん?」
「私引きこもりの影響で留年してるので、先輩よりお姉さんなんですよ?」
「ふぁああ!?」
その瞬間僕は白目を向いていたに違いない。
読んで頂きありがとうございます。
次で最後です。