07
私は、広い草原に横になっていた。ここはどこだろう?と思いながらも身体を起こす。見渡す限り生い茂る緑。とても不思議な場所だった…。そして私は不安になる。また攫われたのではないかと、でもそれはすぐに拭われた。だってあの方がいたから。
「よう、今回は夢ですまないな。」
黒に白が混じる髪、淡いアクアブルーの様な瞳。そしてこの優しげな声、私の一番安心する声…。
「どうした?」
「ここは、夢?」
「そうだな、今回は夢だな。」
「私、危ない?」
そう言うとあの方は困った様に笑いながら言った。
「何がどう危ないかは分からないが、今回はお知らせの様なものだな。」
「お知らせ?」
「あぁ、この間約束したろ?。お前の様子を見に行くってな?」
そうだ、思い出した。あの方は約束してくださった。様子を見に来てくれる、と。嬉しい、純粋に。あの方に逢えるのが。恥ずかしくなり、顔を俯く。自分でも分かるほどに顔が熱い。
「どうした?」
あの方は心配な顔をして覗き込もうとする。恥ずかしい、すっごく恥ずかしい。こんなところを見られたくない気持ちで一杯なところなんですよ?。
「お辞めなさいな、その娘は恥ずかしいのですよ?」
居たんですね、フラール様。しかも図星です!。
「うん?なんで恥ずかしがる必要があるんだ?」
「女の子には色々あるのですわ。」
「そんなもの、か?」
「そんなもの、ですわ」
ううぅ、出来れば言わないで欲しいです。
フラール様の答えにあの方は、「そっか」と言いながら頭を撫でてくれました。余計に恥ずかしいです…。でも、嬉しいです。
「次にマシューリアが起きる日に俺は会いに行くからな?」
「は、はい」
あの方は屈んで目線を私に合わせ、そう言ってくれました。それに対し私は緊張の余り声が上ずっています。あぁ、これもまた恥ずかしい…。
「あはは、俺相手に緊張なんてしなくていいんだぞ?」
「む、無理ですよ!。だって、その、わ、私の……ごにょごにょ。」
言えません!無理です!。面と向かってなんて!恥ずかしくて死んでしまいそうです!!。
「っと、そろそろ時間だな。悪いな、もう朝だ。昼くらいには行けると思うから、待っててくれな?」
「はい、お待ちしております。」
時間が来るまであの方に頭を撫でて頂きました。至福の時間でした!。
そんなことを思っていると、意識が覚醒していきます。あぁもう起きる時間なのですねと心底残念でしたが、次回は現実で撫でて貰いましょう!それがいいです!!。
私はパチリと目を開けます。爽快な気分です。何せナデナデが効きましたね!。そう思いながら飛び起きたのでメイドが驚いていました。
そしてこのメイドが私のお世話係のシフォンです。この間猛烈なダッシュの後に抱きついてきた例のメイドです。正直たまに鬱陶しいです。
「シフォン、今日はあの方が来訪されます。歓待の準備をして下さい。」
「あの方、とは?」
「決まっています、ハイド様です」
私がそう言うと、シフォンは眉をしかめながら聞いてきました。
「あの者は一体何者なのですか?」
「あの方は、神様ですよ。」
そう言うと、シフォンはしばし固まりました。何かおかしな事を言ったでしょうか?。
「ぷ、くすくす、マシューリア様、それは、あり得ません。」
必死に笑いを堪えているシフォンはなんかムカつきます…。どうやら、あの方がどんな存在か分かっていない様子です。全く、嘆かわしい限りです。
「シフォン、どうしてそう思うのです?」
「マシューリア様、考えてもみてください。神々はこの地を見放したのですよ?。今更ここに来るはずがないではないですか」
シフォンは忌々しげに口にする。それもそうだろう、大抵の魔族ならばそのような反応が当たり前である。むしろマシューリアのような反応が珍しいと言える。
「シフォン。シフォンは帰ってきてからの私のステータスは見ましたか?」
「?いいえ、見ておりませんが?。」
「そうですか、ならば今確認するのです。」
私がそう言うと、シフォンは渋々ではあるが確認し始めた。目を通していくにつれその顔が驚愕に染まる。
【マシューリアのステータス表示】
最早青ざめるレベルで顔色が悪く、すぐにも倒れかねない程だった。
つい先日まではここまでの能力値はなかった。しかも、"加護"がついている。この加護の能力がまたとてつもない効果をもたらしている。
【双焔神の加護】
地形からの炎属性影響を80%軽減し、全状態異常をかかりにくくする (60%で防ぐ)。また、炎属性攻撃を吸収しダメージの5%を魔力に変換する。
これは通常の加護より格上と言っても良いくらいの性能で、正直人の手に余るような代物です。私でも最初はびっくりしましたし、目を疑いました。これほどの加護は神でも限られた存在だけでしょう。
「分かりました?私があの方を神様といった理由が。」
「え、えぇ、申し訳ございません、マシューリア様。」
「良いのです、私も信じ難いのは同じですし…。」
「それで、いつご来訪なされるのですか?」
「お昼頃、と仰っていました。」
シフォンは慌てて時間を確認する。その昼までがあと数時間しかなかったのだ。シフォンは焦る。今から準備しても到底間に合わない。だがしない訳にはいかない、何せ主であるマシューリアが望むことだからだ。
「マシューリア様、私たちは歓待の準備をして参ります。ですが、何分時間がありませんのでご容赦を…。」
「分かっているわ、シフォン。私からもハイド様には進言させていただきます。けれどそれくらいの事であの方が怒るとは思えないわ」
そう言ってマシューリアはニコニコ笑っている。
それからが裏方である者たちは激務だった。歓待用の料理に飾り付けなど、ものの数時間でヤリ切れとシフォンが檄を飛ばした。
もちろん不満も出る、それは当然だ。だがシフォンはその度にこう言った。
「お前はこれから来訪される方にこの国を滅ぼさせる気なのですか!。国が滅ぶならまだ良いです、この大陸が本当に地図から消える事になるかも知れないのですよ!?。お前一人の行動で今この場にいる、いや、大陸にいる者たちの命を背負えるのですか!?」
その鬼気迫る顔と威圧感が尋常でない事を物語っていた。
(あんなデタラメな加護、至高の7女神くらいしか無理なはず…。)
そんなシフォンを余所に、マシューリアは今か今かと待っていた。胸の高鳴りを感じながら時間を潰していた。
「もう少しでお昼ですね!。早くお会いしたいです!」
その様子を近衛騎士である、エリック・トーラムは苦虫を噛み潰した様な歪んだ顔で見ていた。
「あんなにはしゃいじゃって、護衛するこっちの身にもなれってんだよ…。」
近衛騎士の一人が悪態を吐く。その声に「全くだ」と賛同する者もいたが、エリックは首横に振りながら答える。
「俺たちは騎士だ。魔王様を守る事が使命であることを忘れてはいけない。それに、これから来訪する相手が実際どんな奴か分からない。近付けさせなければ問題はないさ。」
エリックはニヤリと笑いながら同僚へと告げる。その言葉に「確かにな」と同意しながら頷いていた。
城内を忙しなく動く使用人達で一杯だった。走り回る者、声を荒げながら指示を出す者と様々だ。その中でもシフォンは流石と言うべきか、自分で指示を出しながら他の作業までこなしていた。特筆すべきはその作業効率だ。他のマルチタスクしている者とは明らかに作業の進み具合が違った。
そんなバタバタしている時である、伝令の兵が外の異変を告げる。
「天の階が現れました!」
「もうですか!?」
シフォンは声を上げ、時刻を確認する。確かに時刻は昼を過ぎていた。過ぎていたが、もう少し遅くても良いのではないかとも思った。
「本当に、迷惑ですね…。」
ぼそりと呟いた一言は、誰に聞こえるわけでもなく霧散していった。
門衛の前にふわりと舞い降りたのは、黒に白混じりの髪が特徴的な男性。その傍には燃えるような緋の髪を靡かせ微笑みながらも、その絶対的な存在を象徴していた。
周りの者は息を呑み、動けずにいた。
俺はゆっくりと眼を開く。間違いなく、ここは目的の場所だと理解する。やはりここの大地をなんとかしなければと改めて思い、今後の課題の一つとして考えた。
「すまない、マシューリアに会いに来たんだが。」
俺は近くにいた兵に聞いた。前回はメイドが全力疾走してきたし、この都市の貴族の娘だろうと思ったのである。
「ハッ!マシューリア様ならば、城におられます!」
「城っていうと、あの馬鹿デカイヤツか?」
「そ、そうであります!」
何故にそんな喋り方?と思いながらもフラールと共に、都市の中心の城へと向かった。
正直、道通りに行くのが面倒なので屋根を飛び越えて進んでいく。直線距離でもかなりあったし、屋根を壊さないか不安でもあった。
そんなこんなで城門まで辿り着く。かなり高い塀だが、今の俺ならば難なく越えられるだろうがそんな事は当然しない。不法進入だからな。
城門の門衛はいきなり降りてきた俺を警戒していた。まぁ、当然だな。
「何者だ!?」
槍を突き付け警戒しながら聞いてくる。
「マシューリアに会いに来た。ここにいると聞いたのだが?」
「マシューリア様にだと!?」
「おい、確認してきてくれ!」
そう言うと、片方が城内へと姿を消す。暫くすると、マシューリアではなく前回の御付きメイドが悠々と歩いて来た。
「お待ちしておりました、ハイド様。我が主、マシューリア様がお待ちでございます。」
そう言って綺麗な姿勢でお辞儀した。所作が非常に洗礼された物で、一朝一夕には出来ないであろうことが伺える。
「綺麗だな」
そうボソリと呟くと、メイドは聞こえていたのだろう。顔を真っ赤にして狼狽した。
「んなッ!?そ、そんな、冗談はお控え下さいませ!!」
「ん?冗談なんかじゃないんだがな…。」
終始顔を真っ赤にしたメイドの後を追って、マシューリアのいるであろう場所に向かうハイドとフラールであった。
案内されたのは、謁見の間であろう場所だった。重厚な扉が重い音を立てて開いていくと、左右にズラリと並ぶ家臣たちだろう者たち。その最奥の大きな椅子にちょこんと座っているマシューリアを見つける。
「さぁ、此方でございます。」
メイドが先を案内する。
謁見の間に入ると、物凄い視線の数を感じた。それも殺気の篭ったものだ。射殺さんばかりの視線を大多数の人間が俺へと向ける。俺は内心溜息を吐く。
「マシューリア様、お客様をお連れしました。」
「ご苦労様です。シフォン、下がって良いですよ。あなた達もです。」
マシューリアがそう言うと、周りの者たちが当然の如く申し立ててくる。
「なりません、マシューリア様!!。この様な怪しげな男と二人きりになるなど!?」
「そうでございます!」
それを聞いたマシューリアの視線が冷たいものに変わっていく。それに伴い、少し肌寒くなった様だった。
これは、マシューリアの固有スキルか何かか?。そう思い、アナライズをマシューリアに使った。
補足しておくと、アナライズは敵味方問わず知りたい相手のステータスを知ることの出来る魔法だ。A.R.Cオンラインではプレイヤーは初期から持っているかなりの便利魔法だが、相手が格上の場合などは一部が見れなかったりする。もちろん、隠蔽に特化している場合も同様だ。
◇◇◇ステータス◇◇◇
名前:【マシューリア】 Lv.250
種族:【超位魔族】
職業:【白天魔王】
称号:【絶対零度の支配者】(寒冷・氷系統無効、戦闘中周囲の気温が下がり続ける)
HP:1400/1400
MP:1700/1700
STR:100
VIT:350
DEX:1550
INT:1800
MDF:1650
AGI:950
LUK:80
◇◇◇装備品◇◇◇
【白夜の氷杖】
INT、MDEFを30%アップ。氷魔法の詠唱速度を上昇、氷魔法使用時の威力アップ。
【氷竜の首飾り】
氷属性のシールドを展開し一定ダメージを防ぐ。
おいおい、なんだこの装備は…。氷魔法に特化しているとは言え、INTとMDEFが30%上昇とか破格すぎるな。それにこの【氷竜の首飾り】が便利すぎるな。
それにしても、【絶対零度の支配者】か。これで外気温が下がっているわけか。称号の方とは盲点だったな、とは言えこの称号は彼女自身に贈られたものだ。固有スキルと言っても差し支えないだろうな。
そんな事を考えながらいたら、視線を感じ見やる。マシューリアの側にいる一人の騎士が殺気を込めて睨んでいた。
フラールが憤慨していたが、そこはスルーする。そちらにもアナライズを通してみる。
◇◇◇ステータス◇◇◇
名前:【エリック】 Lv.135
種族:【鬼人族】
職業:【魔王直属近衛騎士】
称号:【怪剣】(STR小UP)
HP:840/840
MP:400/400
STR:895
VIT:780
DEX:530
INT:510
MDF:460
AGI:570
LUK:45
◇◇◇装備品◇◇◇
【魔装剣:エガルディア】
STRとHPを25%アップし、敵弱点属性を自動付与。魔法使用時のMP消費を35%アップ。
【魔装鎧:アバウデリト】
DEFを15%アップ。状態異常耐性:微が発動。全状態異常を5%の確率で防ぐ。
レベルも135という事もあって、ステータスもかなり高い。それに装備品が途轍もなく良いものだ。
「聞いてますの!?」
フラールの声に呼び戻される。耳が痛いな、キーンってする。
「耳元で大きな声を出さないでくれよ…。」
「貴方がわたくしの話を聞いていないからですわ!」
「…話って?」
「ほらご覧なさい!やっぱり聞いていないではありませんか!?」
「分かった、分かったから。もう一回、聞かせてくれるか?」
そう言ってふわりと舞った髪を優しく梳く。それと同時に何故かフラールの顔が真っ赤になった。何でだろう、こうするとみんなそんな風になるんだよな…。
「ですから、あの男ですわ。」
フラールはビシッと指を差し、先程から殺気を向けている男であるエリックに文句があるようだ。
「あの男、無礼ですわ!」
「あー、まあ、否定は出来ないな。初対面でコレは、無いけど。でもそこはこちらが大人な対応を見せないと、な?」
「それにも限度がありますわ!。あの不躾な視線は駄目ですわ!」
もう一度彼を見る。今度は目が完全に合ってしまう。こちらが視線をズラすと、それが気に入らなかったのだろう。彼はこう言った。
「マシューリア様!。私はかの者と手合わせさせて頂きたい!」
そうエリックは、マシューリアに進言するのだった。