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安舍兄ちゃんは、弟に厳しいです。

安房やすふさ! つるに何をした!」


 追いかけていった安舍やすおくは、弟の前に回る。

 大祝おおほうり職……次代の神職は、長男の安舍。

 次男の安房はその兄を支え、この社を守り、大祝家をもり立てる役目である。

 それなのに、母親は違っていても妹の鶴を痛め付けるなど、神職の家の者にあり得ない。


「安房!」

「はぁ? あの女は、またバカなことをしている。殴り飛ばして言うことを聞かせて何が悪いんだ?」

「安房! 暴力はやめろ! 幾ら自分の思い通りに行かないからと、妹に暴力を振るうのはおかしい! 鶴に謝れ!」


 安舍は言い募るが、


「何でだよ。あいつは女中の娘。妹とも呼びたくないな! ハッ!」

「安房! 妹は妹だ! それに妙林みょうりん殿は、父上の側室! 見下すな!」

「ヘェヘェ……ウゼェ! 良い子ちゃんの兄貴は良いよな? 戦いにはでなくて良いんだから」


跡取りの安舍は、戦場には出ない。

 次男の安房が、代わりに出陣する。


「俺は見殺し。代わりにあのあんたの可愛い妹は、ここで守られてかよ!」


 怒鳴る安房に真顔で、


「おなごは子を生む。血を繋げ、次代の神職や、その補佐を生む大事な役割がある。お前に子を生めるのか? 生めるならここに残れ!」

「な!」


かぁぁっと恥辱に顔を青黒く染める。

 この弟は、妹を妹と思っておらず、そして女中や女性を見下し、ただの虐待の対象と思っている節がある。

 それが歯がゆく思っていた安舍は、続ける。


「我らは代々この聖地を守る一族。途絶えさせてはならん! 鶴は父上の……大祝職様のただ一人の娘だ! これ以上鶴に何かをするようなら、この家を放逐して戴くよう、大祝職様にお願いする!」

「なっ!」


 大祝職……父の安用やすもちは冷静沈着だが、末っ子の鶴には甘い。


「先程の事も、あれだけ大騒ぎになっているのだ、大祝職様の耳にも届いているだろう……あ、大祝職様!」


 身を清め、冷静に物静かな大祝安用がゆっくりと近づいてくる。


「……何があった?」

「な、何でも……」


 言いかけた安房に安舍は、


「大祝職様。安房が、鶴に暴力を振るっておりました! 越智安成おちやすなり他数名が必死に止めましたが、突然殴りかかり、倒れた鶴を何度も蹴りつけていたと。悲鳴をあげ、泣きじゃくる鶴に暴言も! 引き剥がしました」

「……で?」

「鶴は安成に預け、追いかけて謝罪するように言っておりましたが、聞き入れません。自分は戦場。鶴はここで守られてと申しております」

「鶴は女子……私の娘。嫁がせて子を生み育て、家を守るのが女で、男は家族の為に戦う。違うか?」


安用は静かに次男をみる。


「鶴は私の娘。安房。お前は息子……望まぬなら、この島から去れ。その代わり、一族からの援助はない」

「なっ!」

「お前が選ぶのは、一族の者として生きるか、一族から離れるか……二つに一つ。鶴も17。嫁がせるのに何のわだかまりもない。お前がいつまでも、鶴にそのような事を続けるようなら……解っているな?」


 静かだが厳しい命令に、安房は息をのみ、


「……かしこまりました。大祝職様のお言葉に従います」

「……では、水軍の元に参れ」

「かしこまりました」


頭を下げ、去っていく。

 その背をみてぽつり……、


「大祝職様……あれで効くのでしょうか。鶴は本当に殴られて、何度も何度も蹴りつけられ、怯えて泣きじゃくっておりました……」

「鶴は強い娘だ……」

「いえ、実は……」


今まで黙っていた鶴の駆け落ち事件と、代わりに安成が保護した娘の話をする。


「……では、暴力を受けた娘は、鶴ではないのか?」

「はい……配下の者と共に逃げました。鶴の代わりにいるのは、遊亀ゆうきという女性です」

「ゆうき?」

「はい、遊ぶ亀と書くそうで、年は29だというのですが、小さいし、青ざめた顔の女性です」


 安用は、


「その女性は鶴の身代わり。きちんと警護を。特に、越智安成にはよくよく頼むように。安房は……なるようにならなければ切り捨てよ。考え方の浅いものの、思い込みがどれ程鬱陶しいか……邪魔だ」

「かしこまりました。大祝職様」

「……実の息子の安房より、偽物でも身代わりでも、鶴を選ぶのは親として失格だな」


苦笑する安用に、慰めるように、


「でも、大祝職様。多分、選んで良いのではないでしょうか? 先程、いつもならおどおどしている安成が、鶴に駆け寄って、必死にかばっていましたよ。『姫に何て事を!』と。前ならあり得ないでしょう?」

「それはそれは、見たかったね。あのおっとりした安成がねぇ……?」

「そうなんです。目が違ってましたよ」

「それは、見合いさせても良いかな?」

「まだまだでしょう」


良く似た親子は破顔する。


「最低でも、安成が宣言するとか……あれではまだまだ」

「義兄のお前に説教される弟というのも、可哀想だね」

「鶴は可愛いですから。最低でも私程度には」


 にっこり……


安舍は笑う。


「それでは鶴は結婚できないよ。早く嫁に出さないとね」

「そうですね。準備だけは始めておきましょうか」




 眠り薬をのみ、すやすやと寝入った遊亀には、知らない間に周囲は固められていくのであった。

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