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遊亀は強制静養です。

 安用やすもちは周囲の制止をふりきり、娘を抱き上げる。


「宝物庫は封じよ! 護衛を割きなさい」

大祝職おおほうりのしょくさま! 姫様とはいえ……」

「黙れ! 娘を連れていくのだ!」

「大祝職さま。真鶴まつるさまの手にある……」

「いや。そのまま行こう。さきも浪子なみこ亀松かめまつも」


 さきの問いかけに、牡丹唐草文ぼたんからくさもん兵庫鎖太刀拵ひょうごくさりだちこしらえを抱き締めたままの娘を見る。


「多分、身体には悪くないと思うが、疲れたのだろう。休ませてやらねば……」

「薬師を呼びますわ」


 安用は遊亀の部屋に向かうと、侍女たちが準備した床に横たえる。


「真鶴? その太刀は大丈夫だから、離しなさい」


 手から離そうとするが、しっかりと抱き締めている。


「真鶴……? 大丈夫だよ。手を離しなさい」

「……や、す……舍、船を西に向けよ。我らには大山積神おおやまつみのかみのみならず、天照大神あまてらすおおみかみの加護がある。行け」

「……!」


 ポツンと呟いた言葉に安用や亀松、浪子は息を飲む。


「負けぬ。勝たずともよい。この島に、安舍やすおくと言う大祝の後継者があることを、解らせるので良い。勝ち急げば、逆に窮鼠噛猫きゅうそねこをかむことになろう」

「……遊亀?」

「生き抜けば良い! 死に急ぐではない……大山積神もそう思っておられよう」


 ゆっくりと身を起し、安用を見る。

 瞳が、揺れる遊亀のものではなく、哀しみに満ちているが、優しげなもの……。


「……我は……鶴ではない……鶴の身体を一時借り受けておる。父の身許に参っており、頼まれて父の言葉を伝えたのです。父を……よろしく頼みます……」


 頭を下げると、安用に微笑む。


「……私は妹を呪ってはおりません……自らを呪い、憎み、逃げ、身を投げたのです……赦されぬと思っておりました。そして……父上にお会いできるとは思いませんでした。そなた達のお陰です。ありがとう……」


 ありがとうをもう一度繰り返し、ぐったりとする。


「遊亀!」

「浪子。多分……大丈夫だろう。もしかしたら、真鶴は憑坐よりましかもしれぬ」

「憑坐? 先程のは……」

「この社の大山積神には、5はしらのお子がおられる」


 安用は、牡丹唐草文兵庫鎖太刀拵を遊亀の手から外し、枕元に置く。


「天照大神の孫の瓊瓊杵尊ににぎのみことの妃、木之花咲耶姫このはなさくやひめ素盞嗚命すさのおのみことの妃、櫛名田姫くしなだひめの両親の手名椎てなづち足名椎あしなづち。素盞嗚命と櫛名田姫のお子、八島士奴美神やしまじぬみのかみの妃の木花知流姫このはなのちるひめ、そして、磐長姫いわながひめ

「磐長姫さまですか? 木之花咲耶姫を呪い、寿命を縮めたと……」


 浪子は代々の家系もあり、神話を理解している。


「その伝説はあるけれど、磐長姫は自らの顔を見て、嘆き悲しんで鏡を投げつけたと言う伝説や、自ら命を絶ったと言う伝説、木花知流姫と名前を改め、嫁いだと言うものがあるのだよ」

「……そんな伝説があったんですか! 勉強不足です! 残念!」


 遊亀の声が響く。


「それに、体がだるいし、重いし、頭がぐらぐら……します」

「寝てなさい! それに、泣いて……私が叩いたからかな? 痛かったね!」


 おろおろとする安用に、遊亀は首を振る。


「泣いているのは……磐長姫さまです。一番辛い思いをしているのは……」

「何か感じたのかな?」

「あの時……送り返された時、本当に悲しかったけれど、木之花咲耶姫には本当に幸せになって欲しかった。それ以外は思っていなかった。でも、周囲に呪いをかけたと言われて、命を絶って……自分はどうしていたのだろうと、でも、あの方は悪くないのに……運命と言うのは残酷ですね……」


 ポロポロと流す。


「お腹の子供に幸せになってねと……言ってくれました……お父様。お兄様に、伝えて下さい。神の加護はこちらにありと!」

「解った。真鶴……遊亀。そなたは眠っていなさい。いいね?」

「はい」


  遊亀は目を閉ざしすぅっと寝入る。


「……身ごもっていると言うのに神をおろした……真鶴は神に使わされたのかも知れぬ。……本人は知らぬうちに、この地で身を清め、憑坐としての力をつけたと言うことなのだろう……」

「大祝職さま!」

「隠そう。この時代に神を下ろす憑坐だと周囲に知られると、この子に苦しみを与えることになる。この子は私の子。越智家に嫁いだ者……」

「はい。よろしくお願い致します」


 遊亀を囲み、4人は静かにうなずいたのだった。

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