遊亀は大きな腕に抱かれて安堵します。
「この目でなければ……あの若造に侮られんかったのに!」
歯噛みしつつ、遊亀の肩を抱き、歩く亀松。
「旦那さま。若奥様と別に……」
「いかん! 遊亀はわしが連れていくんや! お前らは着いてこい! 気配は感じんが、アホがこんとも限らん!」
護衛に言い放つ。
「遊亀。大丈夫や。安成はわしの子や。すぐ追い付く」
「お父さん……」
「どうしたんぞ?」
すりすり……
自分の肩を抱いている亀松の力強い腕に、手で触れた遊亀は、
「ありがとう……だんだん。お父さん。うちを守ってくれて、ありがとう……」
「何いよんぞ。遊亀はわしの娘や。礼なんか言うな。それよりも遊亀?」
「はい! こ、子供のことは……」
「違うわ! お腹の子供も大事やが、遊亀が大事や! 無理はしたらいかん! 遊亀、お前は荒事はできへんやろが!」
亀松は、抱いた肩で解る。
遊亀は妻の浪子のように、娘のさきのように、最低限身を守るすべすら、教わっていない。
それなのに……。
「お、お父さんが、し、心配で……な、何もできんでも……何か出来なくても、お父さんと離れたら……怖くなって……」
震える声で、遊亀が答える。
「おらんなったら……嫌やけん……。や、安成君は、安舍兄上と一緒やけん……一緒に逃げられるだけ逃げられたらって。それに、お父さんの目の代わりに……」
「邪魔んなる! 戦いはそんなに甘ないわ!」
「……ご、ごめんなさい……」
声を殺し、しゃくりあげようとした遊亀は、くしゃくしゃと頭を撫でられる。
「……泣かんでえぇ。悪かったわ。わしが悪かった……だんだん。遊亀はわしの命の恩人や……」
「お、お父さん……」
「ほれ、行くで。お社に」
護衛は、父娘の様子にホッとする。
そして、社に向かい歩いていくのだった。
「亀松! 真鶴!」
「大祝職様!」
「無事か!」
「鶴と亀で仲よう逃げて来ましたわ」
おどける亀松に安用は、くっと笑い、
「そなたらしいな。真鶴? 泣いていたのか? 亀松?」
「ち、違います……お父さんが守ってくれて……兄上と安成く……旦那さまが……助けに来てくれました。良かったです。わ、私は無力で……」
泣き出した遊亀に、
「それはそうだ。真鶴? そなたに私は力を求めておらぬ」
「ち……」
目の見えない亀松の腕の中でビクッと震える。
「や、役に……」
立たない人間だから……いらない……?
こぼれ落ちる言葉を聞き取った父親は、
「何を言う。役に立つのではなく、お前はお腹にややがおるではないか! 体を慈しめと言うのだ! それに……」
近づいた安用は、頭を撫でる。
「私は、選んだではないか……真鶴。『遊亀』は、私の娘だと。大事だと」
「ち、父上……」
「皆。戻ってくるまで、休むがいい」
安用に導かれ、安全な、神聖な社に入っていく。
しばらくして、数名の怪我人はあったものの、全員が戻ってきたのだった。
「遊亀!」
「や、やす……旦那さま。ご、ご無事で……?」
「……返り血だよ……近づくな」
穢れになってはと、身を翻そうとする安成に抱きつき、
「良かった……良かったぁぁ」
わんわんと泣きじゃくる遊亀に、血に染まった手と見比べおろおろとしていたものの、そっと抱き締める。
「大丈夫……遊亀。心配せんでかまん……生きて戻るけん」
安成は、何度も何度も繰り返し、泣き止むまで囁いたのだった。




