表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

親子は仲良く帰っていこうとしていました……。

 一応、妊婦と目の不自由な義父の散歩には、警護の者が同行していた。


 彼らも、当初は遊亀ゆうきを不思議に思っていたが、穏やかな時にはニコニコと好奇心旺盛で問いかける当主の嫁に、


「奥さまだからなぁ……」

「お転婆と言うよりも、可愛らしい」

「無邪気と言うか、考え方が面白い」


と笑う。

 時折見せる寂しげな表情に、当主の安成やすなりは、ただ抱き締めて庭を眺める。

 その姿は、年齢が逆転したようであり……それでいて、安成の少々物足りなさを成長させ、貫禄と言うか落ち着きをもたらすようになった。


「若君は、お強くなられた……」

「本当に……」


と、護衛は急に周囲の気配に剣を抜いた。




「……皆。遊亀をよくよく頼む」


 祝言の前夜に、安成は両親と家の者を集めた。


「遊亀は、お社の神……の御使い。この島を狙う不届きな輩を知り、駆けつけた。水無月……周防すおうより敵が参る」

「周防!」

「大内か!」


 周防……現在の山口県を中心に勢力を持つ大内氏……。

 大内氏は京の都とも繋がりが深く、現在の乱れた幕府を潰し、自ら権力を掌握したいと思っている。


 しかし、京の都からは遠く、陸の道には侮りがたい存在が立ちはだかる。


 当時は、安芸あき……現在の広島には毛利元就もうりもとなりがおり、元は尼子氏あまごしと手を結んでいた元就は、大内氏と当時よりも10年ほど前に手を結ぶ。


 元就は元々は、さほど有力な大名ではなかったが、父と兄、兄の息子である甥を支え、直系が途絶えた跡を継ぎ、戦乱を乗り越え生き抜いた強かな、知恵のある大名である。

 明応6年(1497年)に生まれた彼は、現在(1541年)数えで45才。

 老齢に向かいつつも、有名な3人の息子、隆元たかもと元春もとはる隆景たかかげと、周囲の豪族との婚姻関係等を用い着々と実力をつけていた。


 遊亀は、毛利や、次男の元春が養子に入った、元就の妻……戒名が妙玖みょうきゅうとある為、妙玖夫人と後年呼ばれる……彼女の実家の吉川、三男の隆景は、村上程では無いものの有力な水軍、小早川家に婿養子に入った、そこについては触れていなかった。

 しかし、大内氏がここを攻めるとなると、毛利氏が加わっている可能性があると、安成は思い出したのである。

 そして密かに調べたが、こちらは出てくる気配はない。

 だが出ては来ないが、領地を通しそちら側からも攻め込んでくる可能性がある。


「鶴姫様は……皆、噂をしている通り、海を渡り、彼の者と駆け落ちをした。行方は解らぬ。遊亀は入れ替わるようにしてここに参った。しかし、戻るすべも判らず、それでいて私の我儘を……」


 一瞬、目を伏せたが、顔をあげる。


「……私は弱い。そして愚かだ。皆に甘え、それでいいと思っていた。だが今日、皆を集めたのは頼みがある!」


 周囲を見回す。


「遊亀はこの地を思ってくれている。皆の事もまだ慣れていないのと、人見知りではあるが仲良くしたいと思っている。平穏を願う人だ」


 安成は告げる。


「この島の者の事を考えられる人だ……だから、見守ってあげてくれ。とても繊細で臆病で、寂しがりで……可愛い人だ」

「見守るというのは……」


 遊亀の傍に仕えることになる侍女のせんは、恐る恐る問いかける。


「怒ったりはしないであげて欲しい。焦るとどうしよう、どうしようと益々混乱して、泣きじゃくる。何か困っていたらそっと『どうしましたか?』と聞いてあげて欲しい。最初はそうしてあげていると、せんには聞いても大丈夫と安心して慣れてくると思う。せんは、遊亀とさほど年も変わらない。よろしく頼む」

「はぁ? えと、私は三十路ですが……?」

「遊亀は、今年30だ」

「えぇぇ! あの……あの、本当に? あのクリクリした瞳の……」


 どよめく。


 祝言前に挨拶をと家中歩き回り、挨拶をしていた遊亀は、丸顔で大きな瞳の女性である。

 女性と言っても、年齢は良く判らず、皆口々に幾つだろうかと言っていたのだが……。


「本当に30なんだ。だからよくよく頼む……」

「は、はい」




 最初は戸惑ったものの、慣れると普通の……と言うよりも、姫君ではない女性に慣れてきており、その上義理の両親や、働き手にすら気を使う遊亀を慕うようになり……。


「遊亀!」

「お父さん!」


 義父に抱きすくめられ、ぎょっとする。


「……何をしよるぞ……どこのもんや!」

「……亀松かめまつ。この俺に無礼だぞ!」

「……あぁ、安房やすふさか……物騒な、何やこれは!」


 海の男である亀松の声に、安房は一瞬怯むが、


「お前が、この俺にそんな口を……!」

大祝職様おおほうりしょくさまは『安房はここの者ではない!この鶴が私の娘!』そういわれとった! 海の男として戦いもせず、何をしとるんぞ! しかも、武器も持たんわしらに!」

「五月蠅い! この女は鶴ではないわ! 偽物の女! 殺してくれる! どけ!」


亀松は遊亀を後ろにかばう。


「逃げえ! お前は逃げるんや!」

「お父さん! いかん!」

「言うことを聞け! はよ! いかんか!」

「お父さん! 行けん! 絶対にいかん!」


 後ろからしがみつき叫ぶ遊亀の耳に、2騎の馬の蹄の音が近づいてくる。

 敵かと振り返ると、


「何をしている!」


という鋭い声が響いた。

 兄の安舍やすおくと安成である。


「父上! ゆ……鶴!」

「安成!」

「皆! 父上と鶴を! 社まで! いいか? 行け!」

「は、はい! 参りましょう!」


 数人の手練れのみが残り、後は親子を守り去っていく。


「……何をしに参った。逃げた者が」

「兄上! あの女は!」

「鶴がどうした。大祝職様はおっしゃられたはずだ。そなたは海に向かえと。命に背いた人間がのうのうと戻ってくるでない! 海に向かい、船団を率いる訓練をするがいい! 出来ぬなら去れ!」

「……あの女にたぶらかされたか! この島は!」

「何?」


 安舍は弟を見下ろす。

 見た目は温厚で穏やかな安舍だが、本物の鶴が生まれる2年前には初陣を果たした、それなりの腕の持ち主である。

 幾ら身を清め、神に仕える神職であろうと、自らや周囲に火の粉を被る時には刀を佩き、鎧をまとうのに些かの躊躇いもない。

 荒くれ者の海の男と対等に向かい合うには、温厚さと厳しさ両方が必要なのだ。


 安房は、安舍のように戦い抜いた経験はない。

 戦いとは、生き抜く為のものであって、乱暴を働き、周囲が眉をひそめるものではない。

 生きるか死ぬか……それすら解らないのか?

 まだ若い安成ですら、知っているのに……。

 安舍は嘲るように笑う。


「愚かな……これが、私の弟とはな……」

「何を!」

「……私と安成、この2騎で、来ている訳がなかろう? 皆!」


 ザザッ!


物陰から現れたのは、弓を構える者と、刀を抜いた兵たち。


「この者共! 捕らえるに値せぬ、神に刃を向けし者ども! 行け!」


 安舍の声に、刀をすでに抜いていた安成が、馬を走らせたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ