越智安成は、鶴姫の恋人と言われている人です。
「はぁぁ! 越智安成! って、鶴姫の恋人言われとる人やん!」
目の前の一応女性は、青色の四角いものを引き寄せる。
そして、ザーっと言う不思議な音をさせ動かすと中身を出して、
「いかんわ~。携帯使えんし……電源切っとこ。で、越智安成……」
人の名前を連呼しながら、次々に出てくる出てくる……。
「あの、それは、何です?」
「ん? メモ帳にペンに……あぁ、紙と筆。それと辞書に、あぁぁ! 携帯辞書の電池予備ないわ~! いれとくんやった!」
と言いつつ、山のように積み上がるもの……。
「あったあった。えーと『鶴姫の恋人。天文12年(1543年)6月討ち死に。その後鶴姫は後を追い自殺したとも、死なず他家に嫁いだとも言われる』だって。鶴姫何処?」
「ですから、貴方です」
「……嘘も大概にしいよ?」
半目になる。
「鶴姫19やで? うちは29なんで?」
「そう言われても、本物は……」
「本物何処なん!」
「いえ、駆け落ちしていなくなったもんで、どこに行ったか……」
「はぁぁ! 越智安成! あんた、アホか~! そんな馬鹿な話があるかね! 今何年よ?」
「天文10年です。5月ですが……」
調べたノートと、自分の顔を見てくる。
「今すぐ探してこんか~! アホか~!」
「いえ、探して見つけたのが貴方なので……一応鶴姫は奇抜と言うか奇っ怪な方で、皆が『鶴姫だ』と」
「んな訳なかろ? この顔で! 不細工! 日焼けして、目の回りのくまは胃腸の弱い証拠! 鶴姫は美人やないんか~?」
目の前の女は混乱している。
ので、そのまま、
「鶴姫は日焼けして、化粧大嫌いな女性です。気が強く好奇心旺盛で、何でも首を突っ込む、鬱陶しい……じゃなく、目まぐるしい人です」
「鬱陶しい言うたで……」
「い、一応、訂正しました。で、貴方は鶴姫ではないのですか?」
「当たり前やろ? うちは29。名前は山元遊亀。一応性別は女や」
「ひらがなですか?」
「違うわ! 遊ぶに亀! 珍しい言うて皆、カメカメ言うけどな」
山元遊亀は安成を見返す。
大きな目をしている。
印象的な瞳。
本人は日焼けと言い張っているが青黒い肌は、先程言った胃腸が弱いせいか?
そして、目が潤んでいるのは泣いているのか……。
「目が潤んで……」
「目が悪いけんよ! 目の前がぼやっとしとんのに、どうしてくれるん! はよ返してや!」
手を突きだす。
「じゃぁ、代わりに、鶴姫が見つかるまで、代理をお願いします」
「何だとぅ! 眼鏡と人生選べって言うの!」
「見つかるまでです。よろしくお願い致します。ちなみに鶴姫は、この回りの海域を知り尽くしております……駆け落ちしたも者も……ですので……」
「あぁ、そうか……ここは船やもんなぁ……しまなみ海道通ってないし……あぁぁ。なんでこんなになったんやろう……って、いていていて!」
悲鳴をあげる。
「どうしました?」
「うぅぅ……ここに来る前に怪我した所が痛い! 自転車で事故った~! 地面に叩きつけられたから……」
「医師を呼んできます。その前に、その積み上がった山をどうにかして下さい。女中に着替えも申し伝えておきます」
「……逃げても無駄だよなぁ……」
モソモソと荷物を片付ける遊亀に、安成は、
「島ですし、波が時刻によって、季節によって変わります。よほど実力のある者位でしょうね」
「くぅぅ……無念!」
悔しがる遊亀に、
「折角の綺麗な名前ですから、もう少し丁寧な言葉遣いされたらどうですか?」
「めんどい。かまんかまん。じゃぁ、よろしく。安成君」
「君と言うのは?」
「あぁ、安成どのは言いにくいし、年下やけど呼び捨ても何だから、君。じゃぁ、安成君。やっぱり寝よるわ。お医者さんよろしく!」
横になった遊亀はぐーぐーと眠り始めた。
「……図太い……」
「……何か言うた?」
「いえ……」
安成はこれからどうなるのか、逃亡したいと思ったのだった。