遊亀は、情けなくて恥ずかしくて誰にも話せませんでした。
眠っていた遊亀は目を覚ます。
すると、安成が傍で寝入っていた。
「……ありがとう……皐月とは言え、冷えちゃうよ……」
自分にかけられていた着物をかけて、そっと廊下に出る。
空を見上げると、細い眉のような月。
縁側に腰を下ろし、呟く。
「あーあ、言うつもりは、なかったんだけどなぁ……暗黒時代。ずっと……ずっと闇夜だったから……」
涙が流れる。
「兄上、優しくて……父上も、お父さんもお母さんも……さきちゃんも安成君も優しすぎるよ……こんな役立たずで、得体の知れない私を……」
ポロリ……ポロリ……。
零れ落ちる心のかけら。
「こんなに幸せだったら……元の世界に戻ったら、生きていけない……どうしよう」
「ここにいればいい」
フワッと背中にかけられ、抱き締められる。
「安成君……馬鹿だね……もっと可愛くて、優しくて、綺麗で、賢い人一杯いるよ?」
「俺は、遊亀がいい」
「変人。今まで人にされてきたから、仕返ししてやる! とか思ってるとか思わないの?」
「そんなこと出来るなら、今みたいに、声を殺して泣いたりしないし、相手を憎むのなら兎も角、自分が悪いと責めることはないと思うけどね」
その言葉に、
「そ、それもそうだね! 安成くんの嫁もなっちゃったし~!」
「それは嫌みか~!」
「あははは! ウソウソ」
遊亀は振り返り、涙目で笑う。
「結婚は諦めてた。できないと思ってた。しないんじゃなくて……させて貰えない……一生、家に縛り付けられて生きるんだって思ってた……安成君みたいな、王子さまが現れるとは思わなかった……へたれだけど」
「何か、最後の一言が気になるんだけどなぁ? 『ヘタレ』って何?」
「あははは! 内証!」
遊亀は笑う。
「ヘタレはヘタレ! 安成君にぴったりだよ!」
「何だって~? そう言う遊亀には!」
安成はそっと耳元で囁く。
「辛いことや、遊亀を苦しめるものは……俺が退治する。だから泣くな……」
「安成君……」
「怖いことも俺が苦手だったら一緒に乗り越えよう。だから……傍にいよう? 今まで、俺ばかり甘えてて……ごめん」
遊亀の顔が歪む。
「だ、だからぁ……安成君は、優しすぎるんだよぉぉ……甘えちゃうじゃない! それは駄目だって思ってるのに……」
「何で?」
「特別だって……信じちゃうじゃないか……! 安成君の特別だって信じちゃって……目が覚めたら……」
「今、起きてるのに覚めるとかないだろう?」
「冗談とか……本気でとられないとか……」
ひっくひっくしゃくりあげる。
「嘘だったら……悲しい……じゃないか……」
「俺も、悲しかったし悔しかった」
その言葉に顔をあげて、安成を見つめ、
「ご、ご、ごめんなさい……だって、だって……」
泣きじゃくる遊亀を抱き締め、よしよしと撫でる。
「解ってるよ。意味が今解った。だから泣かないで……それに信じて……俺は、遊亀を嫁にした。鶴姫じゃない。遊亀だからだよ。だから……怖がらないで、心配しないで……ここにいるから……」
「や、や、安成君……」
泣き続け、そしてそのまま眠ってしまった妻を抱き上げ、寝所に戻りつつ、
「遊亀を泣かせた奴ら、全員切り捨てたい……と言ったら、遊亀は泣くかな……」
と、安成は呟いたのだった。