表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

安成君のお母さんがやって来たのでした。

「う~ん、う~ん……難しいなぁ……」


 さきと安成やすなりが出ている時に起き出して、必死にバランスを取りながら、歩いている。

 足の骨折は単純骨折であり、普通にヒビ程度である為、痛みがなくなるまで冷やすのと固めておくのだが、固く巻いた布の厚みで左右の高さが変わり、歩くと左右に身体が動き、腰が痛む。

 何度か往復したのだが、やはり、腰の痛みに横になる。

 腕の痛みも少々悪化し、べそをかきそうになるが、


「大丈夫大丈夫……借金よりまし! あぁぁ……手の調子がよかったら、皆のお手伝いをして、少しでも役に立ちたいのに……」

「遊んだりとか……考えませんのですか?」


突然の問いかけに、ビックリする。

 部屋の隅に、小柄な母親世代の女性がいる……。

 しかし、安成達の世代であり、遊亀ゆうきにとっては先輩世代である。


「遊ぶ? どのような?」

「新しい着物を仕立てる為に、商人を呼んだり……」

「この顔でこの怪我ですし……あ、遊ぶなら! 海岸で綺麗な貝や石を探したいです!」


 目をキラキラさせる。


「それに、お世話になっている皆さんにお礼もしないと……さきちゃんと安成君に何かあげたら……でも……」


 情け無さそうに、自分の姿をみる。

 元々着なれぬ着物、その上、足と左腕は骨折。

 一応、箸の持ち方は、ビシビシと特に父親に教わった為、大丈夫だが、他は……。


「あっ! そうだ! 料理! それなら得意!」

「は? 鶴姫様? 何を……」

「料理を作りに行ってきます! それに習いに! どんな材料や方法……知ることで、どれ位の金銭のやり取りや、商売についても教わることができます。よいしょ」

「姫様が! 厨房にたってどうするのです!」


 自分よりも年上……40手前の女性に、キョトンと、


「私の家では『男子厨房に立つべからず』で、数えで5つには包丁握っていましたから、大丈夫です。あ、遊亀と申します。では、行って参ります」


ぺこんと頭を下げて、ヒョコヒョコ歩いていく。

 浪子なみこは慌てて、


「姫様が、するべきものではありません!」

「戦場になれば、男も女も関係なく生き抜く道を探さねば。私は武器は持てませんし、後方支援と言うことで料理を提供します。後は繕い物と洗濯ですね。お風呂を浴びる為の薪の準備も……伺ってこなければ……」

「姫様!」


振り返った遊亀は、首をかしげる。


「姫様と言うのは、その場でニコニコして座っているだけで良いのですか? 男の方が戦場にいるのです。女にも握り飯を握ったり、怪我の手当て、それ位は出来なければ、この武門に生まれた意味はありません。役立たずと罵られるなら、役に立って見せると言い切るのが女の本分。『女は度胸』を見せるつもりです。では、どなたかのお母様でいらっしゃいますか?」

「……越智安成おちやすなりとさきの母、浪子と申します。姫様」


 正座をして頭を下げる浪子に、


「えっ? えぇぇ! さきちゃんと安成君のお母さん! わ、わぁぁ! すみませんすみません! 横柄な態度で申し訳ありませんでした! 私は山元遊亀やまもとゆうき……じゃなくて、鶴姫の身代わりです! よろしくお願い致します!」


正座をして頭を下げる、しかも優雅に……に、


「姫様。骨折は?」

「あ、ああ、あいたぁぁ! 忘れてたぁぁ!」


べそをかくその姿に、ついふっと口が緩む。


「安成を振り回す女性だと伺いましたので、もっと、突拍子もない方かと……」

「えぇぇ! 振り回す……って、安成君め、お母さんに喋ったな。からかって遊んだけど、勉強も教えてあげたのに!……それに、テディベアじゃ足りなかったか。今度はさきちゃんに聞いて、可愛いお嬢さんを10人程探して、安成君のお友だちと会わせて合コン……じゃなくて、見合い合戦! 桃色脳にしてくれる~!」


 うきー!


拗ねる……コロコロと表情が変わるその姿は美人ではないが、あの安成が、心を寄せるのが解る。

 特に、そっと様子をうかがっていた時の、ぼんやりとした何かが欠けた、虚しく哀しげな表情に、胸が締め付けられた。

 彼女は、奪われて奪われて……失って生きてきたのだ。

 努力も認められず、自信も失い、疲れきっていた。

 ただ日々何かに追われることで、動いていたのだ……。


 何かを与えても……良いのではないか……そう思ったのである。


「姫様?」

「えっと、安成君のお母様。遊亀で構いません。遊ぶ亀と書きます」

「あらあら……亀はのんびりしているけれど、せっかちな亀さんですね。私は浪子と申します。良いと書く方ですわ」

「綺麗なお名前です。水と言うのは女性を表すのです。浪の右側は良い、左半分は水を示すので、凪いだ浪……良好な時という意味でしょうか……」


 微笑む。


「まぁ、なぜお分かりに? 強い浪が和らいだ時に生まれたのです」

「やっぱり。女性らしいと思って」


 エヘヘっと照れ笑う遊亀を見て、浪子は決意する。


「ありがとうございます。遊亀様もうすぐ子供たちも戻ってきましょう……少しでもお休み下さいませ」

「あ、はい。ちゃんとしています」

「では失礼致します」


 頭を下げて下がると、近くを通った女中に、安舍やすおくの元にと伝える。


「失礼致します。お久しぶりでございます」

「久しぶりです。従姉上」


 安舍は微笑む。

 側には安成がおり、


『何で、母が?』


と言う顔で硬直している。


「実は、息子と娘がきちんと勤めを果たしているかと思いまして……」

「大丈夫。姉上は心配症だ。二人共、立派だよ」

「さきは、本人はよく勤めをと思うのですが……それに、まだ結婚もしていない息子がと……」


 ため息を漏らす。


「さきの夫には何度も忠告に、夫の方からも言い聞かせてはいるのですが、如何でしょう? ご迷惑などかけて……」

「……まぁ、ねぇ……時々さきの仕事の邪魔を……」


 言いかけた安舍たちに聞こえてくる、


「ですから! 私は離婚して結構です! そう申しております! 度々、私に会うとかこつけて、こちらに来られないで! 大祝職様おおほうりしょくさまにも、安舍様にも御迷惑です!」

「だからな? さき……」

「触らないで!」


中庭で言い争う。

 手を振り払ったさきは、


「私は、鶴姫様にお仕えしているの! やめて頂戴!」

「何だと!」

「何をしている」


部屋から出ていった安舍が声をかける。


「こちらに、さき」

「安舍様!」

「鶴について話があるのだよ……それと、そなた。さきの夫と言っているが、もうすでにさきの荷物はなく、あるのは形ばかりの婚姻だけ……こう度々来られると迷惑だよ。帰ってくれないかな?」


 さきを呼び寄せる。


「なっ? わしは、この女の!」

「元夫ではないか。済まないが、帰ってくれないかな? これから鶴について話があるのだよ」

「鶴姫はあの男と逃げたではないか!」


 嘲笑する声に、


「私が鶴ですが、何か?」


いつのまにか来ていた遊亀が、顔をうつむかせ告げる。


「さきは私の姉であり、友! さきを大事にしない、利用する男など去りなさい! 二度とここに来ることは許しません!」

「なっ! に、偽物の癖に!」

「その前に、そなたの方が偽りの夫ではありませんか。そなた程度の男が複数の女性を屋敷における程、そなたの家は裕福か? 先程兄上はおっしゃった。さきの荷物はその家にないと。ではすでに、さきはその家の者にあらず! 二度と会いに来るでない! もし再び来た場合は、父上に訴える! そして、三島明神みしまみょうじんに御奉り……」


 遊亀の一言に、男は去っていった。


「……さきちゃん! 大丈夫!」

「鶴! 何てことを! 大きなことを言ってはいけない!」

「では兄上は、これからもしつこく追ってくる、居座る男にのらりくらりするのですか?」

「それは……」

「さきちゃんの方が大事です!もし神の罰を受けたとしても、本望です!」


 言い争う偽りの兄妹を、浪子は感心しつつ見つめていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ