11.悪夢を見る猫(31)魔界編3
バキャッ!
きゅうり魔物の右ストレートが僕の体を確実に捉えて地面に叩きつける!
「ぐえっ!」
この攻撃を受けて僕はしばらく動けなかった。何て馬鹿力だよ…。
僕のピンチにマロもすぐに駆け寄ってくれた。そして奴の必殺の火炎球の攻撃がきゅうり魔物にヒットする!
ボヒュッ!ボヒュッ!
「うぐぉぉ!」
マロの攻撃はきゅうり魔物に効いていた。おおっ!流石魔界のエリートは違うぜ!
僕はきゅうり魔物が怯んだ隙にマロによって助け出された。
「大丈夫か?」
「大丈夫…じゃないけどこれくらいすぐに回復するよ…しかしマロはすごいな、あいつにダメージを与えるなんて」
「あの程度じゃあいつにとっては蚊に刺されたようなものだよ。しかしまずいな…力の差が大き過ぎる…」
やはりきゅうり魔物は強かった。マロがバケモノって言ったもの今なら分かる気がした。前の夢のきゅうり魔物ですら刃が立たなかったのに一体どうすればいいって言うんだ。
立ち塞がる強大過ぎる壁に僕はついマロに弱音を吐いてしまっていた。
「じゃあまた今度にする?」
「いや、一度目をつけられたら奴はもう止まらない。確実に殺しに来る。立ち向かうしかないんだ」
「…マジで?」
どうやら門番に一度目をつけられてしまったらもう覚悟を決めないといけならしい。
そんな危険案件、今初めて知ったよ!最初から知っていればこんな無謀な事なんてしなかったのに。
それともこの期に及んでまだマロには勝てる秘策があるって言うんだろうか?
「こうなったらプランDで行こう!」
「…分かった」
プランDって言うのはいくつか考えた作戦のひとつでDの言葉に大きな意味はない。ただ4番目に思いついた作戦って言うだけ。
そしてこの作戦の内容は火力重視。思いつく限り最大の攻撃を敵に浴びせて倒すって言う実に頭の悪い作戦だ。
でもあのバケモノと戦って勝とうって言うのならそんな頭の悪い事でもしない限り無理な気もしていた。
それからすぐにマロは作戦を細かく詰めて来た。奴もまた勝つ為に本気だった。
「攻撃は一箇所に集中しよう…ひとつずつ障害を取り除いて行くんだ」
「分かった…で、どこにする?」
「ここはセオリー通り足を狙おう…じゃあ右足で!頼むよ、フク!」
「良し!任された!」
僕はもう一度素早さの魔法を自分にかける。今度こそ失敗は許されない。
火炎球攻撃を受けて倒れたきゅうり魔物がまた起き上がってくる、その瞬間がベストだ。
そうしてしばらくしてそのチャンスがやって来た。魔物は頭をふらふらさせながら起き上がり始めた。
「それっ!」
きゅうり魔物が起き上がりかけたその時、僕は素早く近付いて必殺の猫爪攻撃を奴にぶちかました!
「ねーこーヅーメースラアッシュッ!」
シャシャシャッ!
僕の猫爪が宙を裂いてかまいたちの真空状態を作り出す。生み出された真空波が見事敵の右足を切り裂いていく。
これは手応えあり!攻撃を食らったきゅうり魔物は叫び声を上げながら右足を抱えてまた倒れこんだ。
「ぐおぁぁぁぁ!」
「やったぜ!マロ!今だ!」
「任せろ!地獄の業火三連弾!」
「ぐぉぉぉ!」
僕が切り裂いた傷にマロの火炎が当たりきゅうり魔物はのたうち回った。これは流石に効果あるでしょ。
「まだだ!畳み込めっ!」
「よっしゃぁ!」
マロの指示で僕は間髪入れずに攻撃を続ける。これが連携の強みか。
最初にマロが僕に言った言葉を思い出すよ。良し!これならきっと行ける!
僕らは息の合ったコンビネーションできゅうり魔物に反撃の隙を与えずに攻撃を続けた。
このまま行けば完全勝利だって目の前のようにすら覚えた。
油断は全然していなかったけれど目の前ばかり見て先の展開の予想が出来ていなかったのかも知れない。
「うりやぁぁぁ!」
僕らはきゅうり魔物に右足、左足、右手、左手と順調にダメージを与え、残るは体と顔の2箇所になった。
もう少しでこいつを倒せると、そう意気込んだ時だった…。
「ふん、やるじゃないか…」
その時、きゅうり魔物は確かにそう言って笑った。
その含みのある笑い者何か奥の手を隠している…そう思わざるを得ない雰囲気だ。最初にその異変に気付いたのはマロだった。気付いてすぐに大声で僕に警告する。
「やばい、離れろっ!」
「えっ!」
「残念、遅かったな」
次の瞬間、きゅうり魔物は身体を気体に変化させた。気体になったきゅうり魔物は一気に周囲に拡散する。
厄介な事にこの気体の成分は毒ガスだった。不意を突かれた僕ら2人はその毒ガスを思いっきり吸ってしまったのだ。
「ゲホッゲホッ!」
「うぐぐぐぐ…」
「私はこの気体状態が本来の姿でね…空気を殴ってもダメージを与えられないようにさっきまでの攻撃は全く無意味なんだよ」
きゅうり魔物…前の夢でも身体を気体にさせていた。まさかこの夢でもそうだったなんて…。
僕がこの可能性に気付いていればもっと別の戦い方が出来たかも知れない…もう何もかも手遅れだ…。
この状況でもまだマロは喋る力を残していた。そして必死できゅうり魔物と話していた。
「ま、まさか…俺達をからかって…遊んでいた?」
「ああそうさ、ダメージも与えられないのに痛がる振りをしたら乗って来て、相当面白かったぞ」
「くっ…」
僕らはきゅうり魔物に弄ばれていたんだ。その事実を知って返す言葉が見つからなかった。
きゅうり魔物は続けて得意気に魔界側の門番の必要性を語り始めた。
「何故この門に門番がいるのか知っているか?それはお前達みたいな裏切り者をここで始末する為さ」
「そ、そんな気はしていたんだ…ぐふっ」
きゅうり魔物の独白を聞きながらマロは苦しそうな顔をしながらそう言った。
その様子を憐れむように眺めながら魔物はさらに得意気に話を続ける。
「この門を通られて魔界の人口が減ってしまうのは困るんだよ…しかも今度は敵に寝返ろうって奴ばかりだ…通せる訳がない」
「ここの空気が合わない奴も…いる…」
マロは必死で抵抗する。けれど毒が体中に回って最早指先ひとつ動かせなくなっていた。
僕なんてもう言葉を喋る事すら出来ないほど衰弱してしまっている。猫の方が毒の回りが早いみたいだ。
きゅうり魔物はそんな僕らの姿を見て邪悪でいやらしい笑みを浮かべながらさっきのマロの言葉に答えていた。
「そんな奴を教育し直すのが楽しいんじゃないか。だから俺はこの仕事が気に入ってるんだ」
「げ、外道め…」
「何とでも言うがいいさ、どうせお前らはもう助からん…まぁ死んでもまた復活するだろうがな」
「うぐぐ…苦し…」
毒に苦しみながらも必死に抵抗して来たマロももう限界だった。
それ以上は何も喋る事も出来ずにただ苦痛に身体を歪めるばかりだった。
その様子を見てきゅうり魔物は邪悪な本性をハッキリと表した。
「そのまま奈落の底へ落ちやがれ、この裏切り者共がっ!」
きゅうり魔物はそう言って毒でほぼ動けない僕らを蹴り落としたのだ。
全く抵抗出来ない僕らはさっきまで登って来たこの険しい山をただ石ころのように転がり落ちていく。
ああ、何て無力なんだ…結局僕らの夢は叶わなかった…今度こそうまくいくと思ったのにな。
やがてきゅうり魔物の毒が体中に回りきった。うぅ…意識が…遠くなっていく…。