11.悪夢を見る猫(26)天上界編1
「うわああああああ~っ!」
ガバッ!
気が付くとそこはまた別の世界だった。間違いなくそこは現実の世界ではなかった。
もう、いい加減にしてくれよ…。アイドルがやっと面白くなって来たのに…またきゅうりのせいで…。
理不尽なのが夢だって分かってはいるけれどここまで中途半端な状態で別の夢に変わってしまうとちょっと切り替えも難しい…。
「で?ここはどこなん…」
言葉を最後まで言い切らない内に僕はこの世界が普通の世界じゃない事が分かった。
普通の世界どころの話じゃない…見た限りここは地球上のどこでもなかった。
「ここは…何…?まさか…」
僕の目に映るのは見渡す限りの雲海。そして巨大で立派な山々…後は神殿っぽい建物。
空は黄金色の光に満ち溢れていてその光を浴びているだけで心が安らいでいく…。
まるで…まるでここは…。
「僕は…あのきゅうりだらけの部屋を見て倒れて…死んでしまった?」
そう、僕の目の前に広がる世界はどう見ても天国そのものだった。
夢の中で死んでしまう事は何度か体験した事があったけどそのまま天国に来たのは初めてだ。
僕がそう自分に都合良く思い込もうとした時、背後から聞き慣れた懐かしい声が聞こえて来た。
「違うわ!」
「うぉっ!マロ!お前も死んでしまったのか?」
「だから違うって言ってるだろ!ここは天国じゃない!天上界だ!」
背後から突然現れたマロはいきなり僕にこの場所の説明をしてくれた。
何もそんな叫ばなくてもちゃんと聞こえるって言うね…。
って言うかそもそも天国と天上界って同じ世界の事じゃないの?
僕はこう言う世界に疎くてついそれを口に出していた。
「え?天国と天上界って違うの?」
「天国は死者が死後に暮らす国!天上界はそこよりもうひとつ上でその天国を管理する世界なんだよ!」
「…えっと、じゃあもしかして僕は死んだ訳じゃない?」
「死んでないよ!お前も俺と同じ天使だろ!しっかり自覚を持ってくれよ!」
何て事だ…てっきりここは前の夢の続きかと思ったら全く別の夢だった。
で、今度の夢の舞台は天上界だって?一体この世界で僕は何をすればいいって言うんだ…。
ここでの僕はどうやら天使らしいけど…このいきなりの超展開に僕は頭を抱えてしまっていた。
「落ち着けよ、いきなりだから混乱するのも分かるけど…」
まだしっかり状況を把握出来ていない僕をマロが慰める。よく見ると目の前のマロも天使っぽい姿をしていた。
頭の上の輪っかに背中の羽にまるで少年合唱団みたいな服装…うん、実にテンプレ通りだね。
最初にマロの格好を見た時は死者の姿だと思っていたのに認識が変わると全然違って見える。不思議。
奴が言うように僕も同じって事は僕も似たような格好をしているんだろうな、多分。
しばらくして落ち着いた僕は取り敢えずこの世界を色々知っているっぽいマロに質問をした。
「ごめん、落ち着いた。で、僕はここで何をすればいい?」
「俺達はまだ天使になったばかりだ。まずは天使長の所に行って挨拶をしよう」
「うん、分かった。行こう」
思うんだけど僕は新しい夢になる度に何も知らないまま目覚めるのに何でマロはいつも詳しく知っているんだろう。
それについては色々想像もつくけどたまにはマロも同じ条件で一緒に考えたりする事があったっていいのになぁ。
で、当然のようにこの世界について詳しいこの夢の中のマロに僕は素直に従う事にした。
何だかんだ言ったって答えが分かってるのならそれに付いて行くのが一番楽だからね。
でも何故かこの僕の判断をマロはちょっと気味悪がっていた。
「お、おう…今日のお前はやけに素直だな…」
「そりゃだって…僕も天使ですから」
僕はそう軽口を叩いて…それから少し先を飛んでいるマロにホイホイと付いていった。
背中の羽の使い方もすぐには分からなかったけど少し練習したらそれなりに飛べるようになっていた。
「天使になったばかりって言うけどさ…具体的にどうやったら天使になれるものなのかな?」
「お前なぁ…天使は天使だろうが…生まれつきだよ」
「じゃあ天使が天使になるってどう言う意味?」
僕は素直にその疑問を口にした。
マロはその疑問に対して得意気に答える。
「こうやって羽で飛べるようになったり輪っかが出来たりして一人前になった事をそう言ったんだよ」
「ああ、つまり大人になったって意味だったんだ」
この会話で僕は天使の事が少しだけ分かった。多分この夢の中だけの設定なんだろうけど。
つまり僕らは大人になったばかりの天使って事なんだな。なるほどね~。
さて、ひとつ疑問が解決されたと言う事で質問の続きをしよう。
「天使長ってあの一番目立つ神殿にいるのかな?」
「当たり前だろ…お前本当に何も知らないんだな」
「って言うかマロが詳し過ぎるんだよ」
「いや、天使ならこのくらい常識だぞ…」
マロはやたら偉そうに上から目線でそう僕に言った。
じゃあそんな常識を全然知らない僕は何者なんだろう?
このまま天使稼業(?)を続けて良いんだろうか?
色んな疑問が頭の中をぐるぐる回って僕はその答えを出せないままでいた。
マロとやり取りしている内にやがて僕らは大神殿に辿り付いた。
近くで見るとさらに立派なその建物はまさに神殿の中の神殿と言う言葉がぴったりと当てはまった。
神殿の見た目こそギリシャ神殿みたいな感じだけど大きさはそれの何倍もあった。
神殿をテレビで見た事があるだけで実際に行った事はないからただの想像だけど。
この大神殿は神殿自体が眩しいくらいに輝いていてきっと心に闇を持つ者はこの場所にすら入り込めないんだろう。
そして質素だけれど洗練された装飾が神殿内にさりげなくあしらわれていて見る者の美的感覚をくすぐらせる。
僕は神殿内を歩きながら感嘆の声を漏らしていた。
「すごいね…美しいとか荘厳とかそんな言葉しか出てこないよ…」
「何てったって天使長様がいらっしゃる大神殿だからな…」
神殿内はやたら大きくて目的の場所まではやたら長く感じた。
内部の間取り自体はとてもシンプルで迷う事は一切なかったんだけど天使長のいる王座はこの神殿の一番奥。
もうそこに辿り着くまでが本当に遠くて足が棒になるんじゃないかさえと思えた。
僕の個人的な感覚で言えば入り口から王座までで軽く10kmくらいはあるんじゃないかなぁ。
「これ、飛んでいった方が早くない?」
「神殿内で飛行は禁止だ。常識だろう…」
「えぇぇ…初めて知ったよ」
実際、空を飛んでも体力は消耗する訳で歩きより楽かといえばそこまで楽と言う訳でもない。
ただ、飛ぶ感覚が新鮮で面白くてどうせ同じ距離を移動するなら歩きより空を飛びたいってそう思っただけだった。
しかし今までの夢はサキちゃんとの思い出がベースにあったんだけど今回のこれは特に思い当たる節がない。
なのに何で今こんな天上界なんて設定の夢を見ているんだろう?うーん、分からない。
流石に大神殿は特別な場所なのかあのマロでも緊張しているっぽい。
神殿に入って以降マロの方から口を開く事はなかった。
そりゃこんな特別で神聖な建物だものね…僕だって無口になるよ。
そうして長い長い廊下を抜けてついに天使長のいる王座の間までやって来た。
全ての天使の長である天使長、一体どんなお方なんだ…。
お付の天使が扉を明けるとそこに光り輝く高貴な天使の姿が目に入って来た。
「うぉっ!眩しっ!」
そのあまりの神々しさに僕は思わず声を上げていた。
これが天使長の輝きかぁ~っ!
天使長は自身の発する光で逆光になってシルエットしか分からなかった。
話によると天使レベルを上げて天使長と同じくらいの格になるとそんなに眩しさを感じる事もなく普通に接する事も出来るらしい。
でも僕らはまだなりたての新米天使…偉大なる天使長の姿をこの目でハッキリ視認出来ないのも当然と言えば当然の話だった。
そんな偉大な天使長が新米の僕らを前に優しく語り始めた。