11.悪夢を見る猫(13)魔法使い編3
「おいおい…お前、逸材過ぎるだろ」
倒れた僕に向かってマロが声を震わせながらそう言ったのは覚えている…。
ああ、しかしなんていい疲労感なんだ…もうこの後は何がどうなってもいいや…。
僕はそのまますうっと意識を失ってしまった。
チチチ…チチチ…。
「起きろよ、今日は当日だぞ!」
夢はやはり続いていた。やっぱりきゅうりと対決しないとダメらしい…。
起こしに来たマロは殊の外上機嫌だった。
こいつ…まるっきり僕の力に頼るつもりだな…。
そうして昨日と変わらない朝食が僕を待っていた。違うのは緊張感くらいだ。
テンポ良く朝食を口に入れながらマロが話す。
「いやぁ、今日はもう楽勝でしょ」
「いや、待って。昨日のアレあの一発しかまだ出せてないんだよ…しかも次うまく行くかは…」
「だーいじょうぶ!お前ならきっとやれるさ!この俺が保証するって!」
その保証が全然信用出来ないんだけど?
まぁここまで来たら腹を括るしかないか。
どうせ避けられない戦いなら覚悟を決めて善戦を尽くすしかない!
マロの話によると賞金首がこの村を通過するのは今日の午後8時15分頃。
って、すっかり真夜中じゃないか…灯りもないのにどうやってきゅうりの姿を確認するんだ?
「大丈夫、日が暮れたらすぐに照明魔法弾を撃ち込んで明るくするから」
「それで昼間みたいに明るくなるのか?」
「まかしとけって、プロを大枚はたいて雇って来たんだから」
マロの話は今イチ信用出来ない。けどここまで来たらもうそんな段階でもないな。
僕はそれまでの間に少しでも自分の魔法の精度や威力を上げようとひたすら練習をした。
本番までに少しでも自信を持って強大な敵と対峙出来るようになる為に。
その頃のマロはと言うと周辺地域への挨拶やら取材する記者たちの配分やら…裏方の仕事に忙しそうだった。
お前…自分の魔法の方の鍛錬はいいのかよ…あの魔法が本番でも明後日の方向に飛んで行ったら最悪の場合事故とか起こりかねないぞ…。
取材記者の手配と言う事からも分かるように呼んだのはマロだとしてもそれだけ世間の注目を浴びているって言う事か。
これはちょっと…緊張してしまうぞ…。困ったなぁ。
取材記者はこの村やマロばかり注目しているようでどうやら僕についてはノーマークっぽい。
マロが自分は有能だって触れ込んだせいなんだろうと思うけどそれが逆にプレッシャーにならずに済んで良かった。
あんまり多くの注目を浴びてしまうと緊張とストレスで本来の実力なんてきっと出せないだろうから。
しかしマロはこの日の為にどれだけ予算を注ぎ込んだんだろう?
勝算もないだろうにすごい博打だよ。
ま、マロの事だから自分の中では100%の勝算があったりするんだろうな。
本当、あの性格はたまに羨ましいや。
そうして何事も無く時間は過ぎ日も暮れて夜の8時が近付いて来る。
既に外は真っ暗。空は雲に覆われているのか星は見えない。
うう…緊張して来た。と、トイレトイレ…。
トイレに行く途中でマロを見ると何やら大言壮語的な事を記者に向かって喋っているっぽい。
奴は多分この大事な場面でも全然緊張していないんだろうな。
今回ばかりはその図太い性格が羨ましいよ本当。
パシュウン!
時間になってマロが雇ったって言うプロの照明魔法弾が打ち上がった!もう決戦の時は近い。
照明弾の威力は確かで発動した瞬間昼間同然とまでは言えないまでもその場はかなり明るくなった。
僕は緊張して杖を握っている手を何度も握り直す。もう既にかなり手汗がやばい。
「それじゃあ皆さん見ていてくださいね~♪」
ああ、周辺住民が避難してここら辺一帯が緊張に包まれていると言うのにマロのこの余裕っぷりったら。
あんた、あんたは大物だよ!この僕が保証するよ!
「そろそろだぞ、気合入れろよ!」
そんなマロに軽くこう言われながら肩を叩かれて不思議と僕の緊張は取れていた。
奴の声や話し方は不思議と緊張感を解き解す力があるみたいだ。
「来ました!ダークきゅうり三世です!」
偵察に行っていたスタッフから連絡を受ける。
さあいよいよボスとの対面だ。
ここまで来たらもう弱音なんて言っていられない!
来るなら来い! ダークきゅうり三世ッ!
「うぐああああ~!」
闇の向こうから雄叫びが聞こえる…この声がそのボスの咆哮なのか…。
姿はまだ見えないけれどその存在は魔導波動として離れている僕にもはっきり感知出来ていた。
ぐ…何て重いプレッシャー…魔法実験のサンプルにされた恨みが僕の心に直接伝わって来て心が痛い…。
「へっへ~!来たな~!」
こんな時でもマロはいつもの調子を崩さなかった。
鈍感なのか肝が座っているのか…。
多分前者なんだろうけど奴が調子を崩さないって言うのが今は本当に頼もしい。
これで魔法の実力も申し分ないなら何も言う事ないのにな…。
「フク!先にやらせてもらうぜぇ~!」
マロはそう言っていきなり特攻していった。何て度胸があるんだ。
まだ敵の姿がハッキリ視認出来ていない中で自慢の杖を振り回しながら呪文を唱える!
「きゅうり野郎!これでも喰らいやがれっ!必殺!流星必殺爆裂丸ッ!」
マロの杖から強力な魔法が明後日の方向に飛んで行く!
側面の街路樹を破壊!ダークきゅうり無傷ッ!
「ナンダ…オマエ…ジャマダ…ドケ!」
「う…や、やるじゃねぇか」
攻撃が明後日の方向に飛んできゅうりに全くダメージを与えられていないマロはそれでも何故か強がっていた。
うーん、この自信は一体どこから来るものなんだろう。
他人事ながら本当に感心してしまう。
ドーン!
「うあああああぁぁぁぁぁぁ!」
しかし次の瞬間、マロはダークきゅうり三世に思いっきり突き飛ばされてしまっていた。
哀れ星屑のように空高く飛んで行く柴犬一匹。うん、骨は拾ってやるぞ…。
さて、お約束の通りにマロが倒されたからついに次は僕の番だ。
ああ、ものすごく緊張する…何か段々お腹が痛くなって来た。
でも、もし僕のあの最大の技が発動すればこの化物にだって勝てるかも知れない。
この夢の中で今まで何度もきゅうりには倒されて来たけど今度こそ勝てる!勝てるはず!
僕はそう強く思い込んで握っている魔法の杖をもう一度強く握りしめた。
「オマエモ…ジャマヲスルノカ…ドケ!」
「残念だが…ここをどく訳にはいかない!」
僕は早速ダークきゅうり三世に向けて杖を向ける。
段々杖に魔法力が集まる感覚を体に感じる…ような気がした。
よし、感覚的に十分力は溜まった!いざ、勝負だ!
ここで僕は大袈裟に杖を振りかぶる…こう言うのはハッタリも勝負の内だ!
「行くぞ!流星千光弾!」
僕は思いっきりそう叫びながら杖を振った。
きっとまた昨日みたいにすごい力が杖の先から放たれる!
…はずだった。
はずだったのに…。
スカッ!
不発だった。
思いっきり気合を入れたのに杖の先からは何の力も発動されなかった。
嘘?何で?今が本番なのに?昨日はうまく行ったのに?
僕は何度も技を叫びながら杖を振りまくった。
…しかし結果は一緒だった。
こんな時に技が出ないなんて。まるで悪い冗談みたいじゃないか。
これは夢の世界のはず…僕が主人公のはずだよ!
…ああそっか、ここが夢の世界だからか。
たまに全然うまくいかない夢を見るけど‥何だ、この夢も結局そう言う夢だったのか。
焦る僕の目の前にダークきゅうり三世が迫ってくる。
もうどうする事も出来ないと悟った僕は大人しくこの運命に従った。
何、別にこれが初めてって訳じゃない。今までと同じ。何も問題ないじゃないか。
ドドドドドドドド!
ああ、ダークきゅうり三世…間近で見るとものすごく大きいなぁ…。
もう結末の分かっている物語に対して僕は全てを受け入れどこか安らかな心持ちにすらなっていた。
ドーン!
お約束のように僕はダークきゅうりに跳ね飛ばされた。
ああ…マロ…僕も同じ場所へ行くよ…多分。
僕はこの世界の星屑のひとつになって後の歴史に語られない役立たずのひとりとして数えられるんだ。
ごめんよ、この世界のみんな、世界を救えなくて…。