11.悪夢を見る猫(9)探偵編1
「うわああああああ~っ!」
ガバッ!
起き上がった僕はものすごい寝汗をかいていた。
さっきの夢はかなり酷いものだった。
今度こそ夢から覚めたかな?僕はそう思って早速辺りをきょろきょろと見渡した。
でもそこは見慣れたいつもの部屋の内装じゃなかった。と、言う事はつまり…。
まだ夢の中かよっ!今度は一体どこなんだよ!
「うーん…」
今度の部屋は何だか出来る男の部屋っぽい感じだな…。
ハードボイルドが似合いそうなちょっと無骨な感じがする。
打ちっぱなしの壁に囲まれた窓がひとつのこの部屋にはベッドに数冊の雑誌に椅子と机、机の上にはノートPC。
その横には放置されているコーヒーカップ。
「おい起きろ!」
僕が部屋の物を確認していると突然部屋のドアが開いて誰かが入って来た。
全く、何て遠慮のない奴なんだ。
僕はそいつの顔を見た。まぁ大体予想はついていたんだけど…。
その声の主はマロだった。ああ…この夢でも一緒かよ…。
はぁ…と僕はため息を付いて奴の名前を知った時に試したかった事をこの場で早速試してみた。
「ようマロ、おはよう」
「おはようじゃないよ、もう昼だぞ…」
「そっか、昼か…起こしてくれて有難うマロ」
「どうでもいいけど俺の名前を何度も連呼するな…」
そう、こいつをマロと呼んで反応が知りたかったんだ。
その結果、こいつは全然否定しない。やはり同じ犬なんだ…。
この謎の仕組みの意味は分からない。意味なんてないのかも知れない。
ただ次々変わる夢の中で見知った顔がいるって言うのは不思議と安心出来るものだった。
「別にいいじゃないか、減るもんでもなし」
「減らなくても連呼されるのはあんまり気分のいいものじゃない」
「そっか。で、お前は起こしに来ただけ?」
「話はあるがまずは着替えて事務所に来てからだ。出来るだけ早く下に降りて来いよ」
「は?着替え?事務所?」
「そう言うの、付き合わないからな!」
マロは僕の質問に一切答えず不機嫌なままドアを閉じた。
何だろう?さっきの質問がふざけているように感じたんだろうか?
こっちとしては真面目に聞いていたんだけどな…まぁ仕方ないか。
マロの話から推測すると僕はここで何かの仕事をしているっぽい。
で、この建物はその事務所兼住宅と言ったところだろうか?
とにかく着替えて下に降りれば何か分かるんだろう。
今は特にする事も思い浮かばないので取り敢えずマロの指示に従う事にした。
部屋にあったクローゼットを開いて適当な服を選ぶ。
中々センスのいい服がその中には揃っていた。
この夢の中の僕はファッションセンスに気をつける仕事をしているんだろうか。
鏡を見ながらネクタイを締める。うん、中々いいんじゃないかな。
しかし起きたばかりってお腹が空くものなんだよな。
この部屋には食べ物は一切見当たらないから部屋を出たらまずは事務所より先に食料探しかな。
夢の中の出来事なのにお腹が空くなんてやっぱり夢を意識しているからなのかも…。
そんな事を考えながら僕は部屋を出た。
部屋を出た僕は好奇心が疼いてその階の部屋を全部開けてみようとする。
けれど開いたのはトイレとお風呂くらいだった。
うん、セキュリティ意識がしっかりしているな、良し、と。
階段を降りると事務所に入る扉があった。
でもすぐに入るのはもったいない気がしてまずはその他の部屋を探索してみる。
美味しいものは最後まで取っておこうってね。
ここにあるのは事務所の他には倉庫にガレージに台所にトイレ…。
おっと、台所があった。まずは腹ごしらえだ。
ガチャ。
めぼしい物はないかと冷蔵庫を開けたら調味料と飲み物しか入ってなかった。
これじゃあ空いた胃袋はさっぱり満たされない。
他にも色々漁ってみたけど腹ごしらえ出来そうなものは何ひとつ見つからなかった。
「なんじゃこりゃー!」
パンとかお菓子のひとつでも見つかっても良さそうなのにそれすら見当たらないなんて。
この状況に僕はちょっとキレそうになった。大丈夫、キレてませんよ!
この台所、食料は見つからないくせに食器類は結構充実している。
これ、力を入れるところが間違ってやいませんかねぇ?
しょうがないので僕は事務所に向かった。
他の部屋の物を見て回っても良かったんだけど台所でお腹が満たされなくてやる気がなくなったんだ。
それにもしかしたら逆に事務所内に何か食べるものがあるかも知れないし。
ガチャ。
「遅い!今まで何してたんだ!」
事務所に顔を出した瞬間、僕はマロに怒られた。
こいつ、カルシウム不足なのか?メザシ食べろメザシ。
「悪い、ちょっと色々あってさ」
僕はそんなマロの言葉に内心気を悪くしたけど口には出さすに奴をなだめる方向で返事をした。
どうだい?僕って結構紳士だろう?
マロはそんな僕の気遣いに全く触れる事なく何かの書類を机に広げ始めた。
「まぁいいや。これを見てくれ…今のところの依頼の進行状況なんだが…」
「依頼?」
「まだふざけてんのか?所長のお前がそんな事じゃこの探偵社の先も長くないぞ…」
探偵社…そうか…。今回の夢は探偵モノなんだ。本当毎回楽しませてくれるよ…。
見たところこの事務所には僕とマロ以外誰もいる気配がない。
さっきの台所の事もあるしつまりここは貧乏探偵社なんだな…。
「ちょっとよく見せてくれ…」
僕は取り合えすそのマロが調べてくれた資料を確認した。
どうやらこれは浮気調査らしい。
探偵社の仕事って殺人現場の捜査とかのカッコ良い物は殆ど無くてメインは浮気調査だって聞いた事がある。
そう言う意味ではこの夢はかなりリアルだ。
しかし夢なんだからもっと夢があってもいいと思うんだけどなぁ…。
贅沢も言ってられないのでしっかりその資料を読む。
この仕事を完遂させないとオマンマも食い上げだし…ってオマンマ?
ぐうう~。
腹が鳴った。身体が空きっ腹を嘆いてる。
そう言えば起きてからまだ何も食べていないんだったよ。
その腹の音を聞いてマロが呆れながら口を開いた。
「何だよ、まだ飯食べてなかったのかよ」
「さっき起きたばかりだから仕方ないだろ」
「そこの定食屋で何か食べて来いよ。まだランチには間に合う時間だろ?」
ランチ!ランチと言えば確かお昼ご飯の事だ!
そっかぁ…今だったらランチが食べられるのかぁ。
僕はランチと言う言葉に胸踊らせた。
ランチって何か凄いご馳走ってイメージが僕の中にあった。
そこで僕はマロに今日のランチの詳細を聞いてみる。
出来れば好きなおかずだったりするといいなぁ。
「今日のランチは?」
「サバ味噌定食だよ。好物だろ?」
サバ味噌!僕は猫だから御飯はいつもキャットフードで人間用の料理はまだ食べた事はない。
でも一度食べてみたかったんだ…サバ味噌!ああ…きっとすごく美味しいんだろうな…。
そう思っただけでよだれが止まらなくなって来た。
あ、でもお金…。人間の世界で取引する時は確かお金って言うのが必要だったはず。
そんなもの持っていない…でもこの夢の世界ならもしかして?
僕はすぐに上着のポケットの中を弄った。そうしたら何か入っているみたいだった…これは…財布!
急いで財布の中身を確認すると一応硬貨やら紙幣やらが入っていた。
うん、これだけあるなら多分何とかなるんじゃないかな?
「急いで食って来いよ。ランチの時間終わっちゃうぞ」
「ああ、分かった。ちょっと行って来る」
僕はすぐに外に出て近くの定食屋に向かった。
中に入るといかにもな店内にそれなりのお客さんが座っていた。
言っておくけど僕は物心ついた時から家を出た事はない。
つまりこの夢の世界の定食屋のイメージもテレビのドラマか何かの影響なんだ。
よくよく僕はテレビ猫なんだなあと実感したよ。
「いらっしゃい」
「えーと、ランチで」
僕は慣れた風に空いた席に座って注文した。
この注文の作法もテレビで見た通りにした。
本当、テレビって便利だなぁ。