11.悪夢を見る猫(7)学園編1
「うわああああああ~っ!」
ガバッ!
次の瞬間に目が覚めたのは知らない部屋だった。
…って、まだ夢から覚めんのかーい!
いい加減、しっかり夢から覚めたっていいはずなのに今日の夢はそう簡単に僕を開放してはくれないらしい。
全く、なんて日だ!
「で、ここはどこだよ?」
見覚えのない部屋を僕は見渡した。
見覚えはないけど見覚えがある…そう、これはテレビで見たあの風景に似ているぞ。
と言う事はまたこの夢もテレビが元ネタかぁ。
僕って結構サキちゃんに付き合ってテレビを見ていたんだなぁ。
ずっと家にいても実際暇だしそりゃそうなっちゃうよね。
サキちゃんって結構テレビっ子なんだ。よくDVDとかレンタルしてるし…。
だからその時に見た記憶がこうして夢として再現されちゃうんだろうな。
僕、猫なのにね。人間の生活について結構詳しくなっている気がするよ。
サキちゃんともし言葉が通じたなら結構いい話し相手になる自信があるね。
「おい!大丈夫か!」
僕が色々妄想にふけっていると突然誰かがやって来た。
誰かって言うか…まただよ。いつもの柴犬だよ。
「な、何だよジロジロ見て」
「いや、その服、結構似合ってるなって…」
今僕の目の前にいるこの犬は何故かジャージ着ていた。しかもそれが結構似合っている。
その姿を見て僕はちょっと吹き出しそうになってしまった。
そんな僕の様子を見て犬は心配そうな顔で話しかけて来た。
「頭打ったって聞いて駆けつけたけど結構キてるな…」
「頭を打った?」
「覚えてないのかよ?お前練習中にボールが頭に当たったって…」
練習?ボール?そして犬はジャージ…。
もしかしてここは…。
「で、保健室に運ばれたって聞いてさ」
そう、今僕が寝ていたのは保健室のベッドだった。
えーと、と言う事は今回の夢の舞台は学園モノ?
僕はやっと状況を理解して…それで記憶を失っているふりをしながら探ってみる事にした。
だってその方が今の状況を聞き出すのに色々と都合がいいもんね。
「悪いけど…ハッキリ覚えていないんだ。本当にやばいのかも知れない…」
「マジか?俺の事も思い出せないのか?」
「うん。誰あんた」
僕が犬の事を知らないって言った時の奴の顔…笑っちゃった。
まるでこの世の終わりみたいな絶望した顔をしてるんだもん。
お前なんてこの夢の中でしか見た事ないよって言うね。
「俺達は親友だったろう?マジで忘れちまったって言うのか?」
「僕らが親友?冗談でしょ?」
「かーっ!こんな事冗談で言えるかよっ!」
「うん、だから説明してよ」
あんまりからかうのも悪いと思うけど、どうしてもこいつ相手だとからかいたくなる。
それにこいつ、からかえばからかうほど話に乗ってくれるんだ。
きっといい奴なんだろうな。少なくとも悪い奴じゃない。
「説明ってどこから…?まさか自己紹介から?」
「してよ」
僕はニコニコ笑顔で奴に自己紹介を強要する。
そう言えばまだ僕はこいつの事何も知らなかったわ。
夢の中の住人とは言えそれなりに設定がきっとあるはず…。
流石に名前すらないって事はないと思うんだけど。
「仕方ないな…俺の名前はマロ。お前のクラスメイトだ」
「マロか…ふうん。言われたらそんな顔してる気がする」
「何だそれ…馬鹿にしてる?」
「いや違うよ!感心したんだよ!」
そうか…この柴犬の名前はマロって言うのか…今までの夢に出てきたのも同じ奴かどうかは分からないけど今度別の夢で似た犬に出会ったら取り敢えずマロって話しかけてみよう。
もし同じ犬だったら気さくに挨拶を返してくれるかも知れないし。
「でさあ、僕は何でここに?」
「お前、部活中にボールが頭に当たったんだよ」
学園モノお約束の部活…そうか、やっぱり僕も何か部活をやっていたんだな。
それで何かのトラブルがあって僕の頭にボールがぶつかって倒れて…そう言う設定なんだ、なるほど。
マロは何か知っていそうだしもうちょっと色々聞いてみよう。まずは僕の所属する部活についてとか…。
「部活って?」
「囲碁部」
「え?」
「いや、だから囲碁部」
このマロの答えの後に数秒の沈黙が流れる。奴の顔は至って真面目でからかっている感じは見受けられない。
それでもこのマロの言葉を理解するのに僕はそれだけの時間を要してしまっていた。
結局は頭が理解を拒絶して僕はその事を素直に口にしちゃってたんだけど。
「…い、囲碁部ゥ?ボールの要素0なんだけど?」
「開いていた窓からからボールが飛んで来たんだよ」
「マジで?」
「思えば不幸な事故だよな」
迂闊だった。マロがジャージなんて着てるからてっきり僕も運動部に所属してるんだと勘違いしていた。
何だよ囲碁部って…。囲碁なんてした事もないよ。
…まぁ僕は猫だし囲碁どころかスポーツ全般もした事ない訳だけど。
「ちなみにマロは何部?」
「俺はバレー部のその他大勢だよ。言わせんな恥ずかしい」
マロはそう言って顔を赤らめた。種族が違うとは言え異性ならともかく同姓の恥らう姿はキモいな…うん。
それはそうとマロはバレー部所属、と。道理でジャージ姿が似合う訳だ。
しかしこの夢の着地点が分からないな…。
夢だから必ず落ちがあるって訳でもないだろうけど。
とりあえずこれから自分が何をしたらいいか分からないぞ。うーん、困った。
「ま、お前が元気そうで良かったわ。じゃあな」
「あ、ちょ…っ!」
まだ聞きたい事があったのにマロはそう言うとそそくさと保健室から出て行ってしまった。
奴に部活の事を聞くのはまずかったかな?でもあの話の流れからそう言う展開になるのは仕方ないじゃないか…。
しかしせめて自分のクラスとかが分からないとここを出て次にどこに行けばいいか分からないぞ…。
むうう…今回のこの夢、結構手強い…。
それから僕は取り敢えず意識もはっきりした事だしここを出る事にした。
校内を色々見渡せば何かするべき事も見つかるかも知れない。
ガラガラガラ…。
僕は意を決して保健室のドアを開ける。
校舎の様子は特に変わったところもなく、いかにも学園ドラマに出てくる学校って感じだった。
きっとこの夢の元ネタがそう言うところから来ているんだろうから当然と言えば当然なんだけど。
どうも時間は放課後らしく生徒達は各々自分の部活か課外学習か帰宅部かそのどれかの行動をしていた。
つまり授業を行っている教室はなかった。
僕はちょっと授業ってやつも受けてみたかったのでそこは残念に思ってしまった。
「ちょっと部活ってやつを見学してみるかな…」
部活動を見るなら放課後の運動場を見るのが一番簡単だ。
僕はそう思って運動場に出てみる事にした。
歩いている途中で賑やかな楽器の音が聞こえて来る…ああ、これがブラスバンド部の練習ってやつかな?
サキちゃんからよくこんな話を聞かされていたっけなぁ。きっとその話もこの夢に影響しているんだ。
うん、中々放課後の学校って雰囲気が出ていていい感じだぞ。
運動場に出るとおお、いるわいるわ…。
みんな楽しそうに走ったりボールを追いかけたり素振りしたりよく分からない事をしていたり…。
生徒は犬やら猫やら人間やら何だか色々混じってるな…理想の世界じゃないか…流石は僕の夢。
「おーい!」
僕が運動場を眺めていたらどこかの教室から声がする。
声の方向に顔を向けるとそこの窓から手を振っている数人の生徒の姿が目に入った。
もしかしてあれが…?