11.悪夢を見る猫(4)世紀末編
次に目覚めたその世界はまさに世紀末…街は廃墟になっていて砂漠化が進行している。
人々は数が少なくて例え目にしてもそれはみんな貧しそうな格好だった。
こう言う時のお約束と言えばやっぱり無法者の集団だよね。
ここまでお膳立てされていてそう言うのが出て来ない訳がない。
僕は辺りを警戒しながら慎重にこの場所を調べていたんだ。
思いの外静かなここはそれでもまるで危険でもないような雰囲気だった。
いかにもあちこちからヒャッハーな方々が出現しそうなものなのに。
「おかしいな…」
僕がそう言いながら歩いていると手招きする影が見えた…気がしたんだ。
特に目的があって歩いていた訳じゃないから僕はその気配が会った場所に向かう事にしたよ。
砂漠化した道は歩き辛かったけどそんなに疲労を感じると言う事もなくその場所へと辿り着いたんだ。
「お前さん、勇気があるな」
そこに着くと突然何処かから声がしたんだ。それは何か聞き覚えのある声だった。
声を聞いて辺りをもっとよく注意して見渡すと穴が掘られていてどうやら声はそこから聞こえて来たらしい。
僕は興味が湧いて躊躇なくその穴に入っていったよ。
「よう!」
そこにいたのはさっきの柴犬だった。
お前…何でこんな所にいるんだよ…。
しかし前の夢の世界で出会った奴がここにもいるなんて…。
僕が犬の存在に呆れていると奴は一方的に話し始めたんだ。
「お前さん、ここに来たの初めてだろ?無防備過ぎるぞ」
「は?」
どうやらこの世界には何らかのルールがあるらしい。
この目の前の犬はその情報を知っていてそれに従って生きているみたいだった。
「しょうがないな。まぁ座れ」
「あ、うん」
僕は犬に言われるままにそこに座った。
見たところこの穴、大きさはそんなに広くなく犬と猫の二匹でちょうどいいくらいだった。
中には特にめぼしい物はないみたい…この穴の中で生活しているというよりちょっとした休憩スペースっぽい感じだね。
物珍しそうに穴の内部を見ていたら犬はちょっと不機嫌そうな顔で僕に注意した。
「おい、ちゃんと真面目に話を聞けよ!」
「あ、うん」
何で怒られなきゃいけないんだ?面倒くさそうだなぁ。
でもまぁ厄介事はゴメンだったんでキレたりはしない。キレてんませんよ!
「まぁいいや。ここはな?極悪非道なきゅうり共の支配する土地だ…奴らを怒らしちゃいけねぇ」
「は?きゅうり?」
僕は耳を疑ったね。ここでも出てくるのかよ、きゅうり。
しかも何だって?きゅうりが支配する土地だって?
じゃあまさかきゅうりがモヒカンでバギーに乗って火炎放射器をぶっ放すとか?
想像したら…って全然想像出来ねぇぇ!さすが夢だ!
「おまっ!これだから旅の者は困るんだ。お前はまだきゅうりの怖さを知らねぇ!」
「そりゃ当然だ。だって知らないんだもん」
犬の忠告に僕は脳天気に答えた。
きゅうりが怖いだって?あんなのただのモノ言わぬ野菜じゃないか。
自ら動く事も出来ないきゅうりに怯える方がどうかしているよ。
…でもあれ?確かそう言えばここは夢の中だった。
もしかして夢の中のきゅうりだからここのきゅうりは現実のきゅうりじゃない?
夢の中だから何でもあり?
何かそう考えるとちょっと怖くなって来たぞ…。
「ところでここのきゅうりのどこが怖いんだい?」
「やっと話を聞く気になったか…まず最初に言っておく、きゅうりは怖いぞ!」
「それは聞いたよ…聞きたいのはその先!」
それから犬はきゅうりの怖さを原稿用紙3枚分は喋りまくった。
3枚分って400字詰め換算だと1200文字か…そんなに長話でもないな…。
そんな犬の独白を簡単に3行で要約すると
きゅうりはこの土地の支配者
定期的に見回りに来て悪逆非道を繰り返す
そんなきゅうりに耐えかねて多くの住人がこの地から姿を消した
うんまぁ…世紀末的な話の物の見事なテンプレやね。
「とにかくだ!リーダーのグラサンきゅうりには気をつけな!目をつけられたらただじゃすまない」
「ああ…うん…よく分かったよ」
グラサンきゅうり…そんなのもいるのか…。
僕は犬の話を聞きながらここが夢の中だってことを強く意識した。
この世界には何かが足りない…そう、この世界を救う救世主が!
リアルの僕は運動不足のただの白い塊だけど…自分の夢の中ならきっとヒーローになれる!
この時の僕は何故かそんな根拠のない自信に満ち溢れていたんだ。
「よし!僕がそのきゅうり共をやっつけてやるよ!」
「は?気は確かか?」
犬は僕を止めたね。そりゃ当然の話だよね。
でもそんな事で止められる僕じゃないよね。
だってここは僕の夢。つまり僕はこの物語の主人公とも言える存在さ。
そんな僕がこの世界の理不尽を見過ごせると思うかい?否!断じて否だよ!
「色々忠告を有難う。君はここで見ていてくれ」
「ちょ、おま!」
僕は主人公気取りで穴から颯爽と出て行った。
きっとこの時僕のドヤ顔はキラーンと歯を輝かせていたと思う。
そんな僕の仕草を見て犬は圧倒されたのか一言も喋らなかったね。
いや、呆られてなんていない!何せ僕は主人公なのだから!(キリッ!)
穴蔵から抜け出した僕は仁王立ちでその悪名高いきゅうりの到着を待った。
犬の話が真実ならすぐにでもこの場所に現れたって不思議じゃない。
僕はその場でカッコつけて立ってるのが恥ずかしくなるくらい待った。
…待ったけど。誰も来なかった。
何だよそれ。結局相手が現れなきゃこんなのただの馬鹿じゃないか。
折角物語の主人公みたいに雑魚敵をちぎっては投げちぎっては投げの大活躍をしたかったのに。
「あ~あ、気合入れて損した」
僕はこの場所で待つ事を諦めてまた歩き出した。
結局またあの犬なんかの話を信用したのが馬鹿だったんだ。
もうあの馬鹿の話はすっかり忘れて別の場所に行こう。
そう思って僕が次の一歩を踏み出したその時だった。
ズドドドドド!
突然足元が崩れていく。それはまるで蟻地獄のようだった。
僕は必死で上に駆け上ろうとするんだけど焦って滑って結局ジリジリと穴の底に引きずり込まれていく。
何で突然こうなったのか全く訳が分からなかった。
突然意味の分からない事が起こるのが夢ってやつだからこれでもきっと平常運転なのだろう。
僕は頭が混乱したままそんな事を考えていた。
「何でこんな事になっちゃうんだー!」
ある程度引きずり込まれるともう抵抗する気力もなくして僕はただその吸い込まれる力に従順になってしまった。
段々と加速を付けて奈落の底へと僕は引きずり込まれて行く。
そして、その蟻地獄の底で僕を待ち構えていたのは…グラサンをかけたきゅうりだった。
え?こんな所で?
グラサンをかけたきゅうりは普通のきゅうりじゃなかった。
砂に隠れて全体は見えないけどその大きさは見えているだけで10mはあるように見えた。
つまりすっごく大きい化物きゅうりだったんだ。
グラサンきゅうりは首にスカーフを巻いて手にはナイフとフォークを握っていた。
ええと、このままいくと…僕は美味しく頂かれちゃうんですね…。
グラサンきゅうりの野郎、ナイフとフォークをカチンカチン鳴らして僕が落ちてくるのを楽しみに待ってやがる…。
こんな…こんなはずじゃなかったのに~!