11.悪夢を見る猫(3)念願のきゅうり編2
それから色々あって僕はそのおっさんがいるって言う小屋の前まで来た。
あの犬の事だからもしかしたら地図は悪戯かも知れないと思っていたけどちゃんとその小屋は地図の通りにそこにあったんだ。
僕は犬の事を疑ってしまったのをちょっと反省したね。
ただし、ここまでの道のりは大変なものだった。
池の側を歩けば魚が襲ってくるし空からはカラスが襲撃してくるし散々だったよ。
何でおっさんのいる小屋に向かうだけでこんな目に遭うんだろうかと思うほどだった。
もしかしたらこれって犬の仕込み?って、流石にそれは考え過ぎだろうけど。
「良し、ここだな…っと」
僕は確認の為に改めて犬のくれた地図を見たんだ。
すると地図の端っこ辺りに走り書きでこんな事が書いてあった。
”おっさんを決して怒らせない事”
自慢じゃないけど僕は癒し系動物の最高峰である猫な訳で…。
そんな僕が人を怒らせるなんてどう考えても有り得ない訳で…。
こんな忠告、書くだけ無駄じゃんってその時の僕は思っていたんだ。
そう、その時までは…。
ガチャッ!
僕が小屋の前で地図を確認していたその時だったよ。
いきなり目の前の小屋のドアが開いたんだ。
それがあまりに突然過ぎて僕は身体が固まってしまったね。
「何で猫がここに?」
僕を見たおっさんの第一声がこれだよ。
しかも何故だか不機嫌そうな顔でだよ?
これには僕も何か嫌な予感がしたね、うん。
「あ、どうも~」
僕は取り敢えず出せる勇気を振り絞っておっさんに愛想良く挨拶をしたんだ。
もしかしたらこの時顔は引きつっていたかも知れないけどさ。
でも人を不快にさせるような態度は取っていなかった、そこは誓ってそう言えるよ。
「俺は犬派なんだ」
「へ?」
その時何でおっさんがこう言ったのか僕は一瞬理解出来なかったね。
そりゃ世の中には猫派もいれば犬派もいるよ?でも初めて会った猫に向かっていきなりそれを言うかな?
その突然の言葉に対応出来ずにまたしばらく固まっているとおっさんは更に言葉を続けたんだ。
「どうせ俺のきゅうりが目当てなんだろう?だがダメだ。猫にきゅうりはやらねぇ」
「え…?」
まだ何も言わない内から拒否されてしまったんだよ!こんなのってないよ!何だよこの失礼なおっさんは!
それからおっさんは言う事を言い切るとまた小屋の中に戻って行ったんだ。
次の瞬間、僕は嵐の中で自分の子供の治療を医者に訴えるお母さんのように行動していたね。
「お願いです!僕にきゅうりを食べさせてください!それが無理なら食べられる方法を教えて下さい!」
正直なんであの時僕がここまで必死になったのか今となってはもう分からない。
でもあの時はどうしてもそうしなくちゃいけないって、そんな使命感のようなものに支配されていたんだ。
よっぽどまだ食べた事のないそのきゅうりって言うのに惹かれていたんだろうなぁ。
小屋のドアをどんどんと叩きながら必死に訴える僕がきっとうざくなったんだろうね。
30分位ずっとそうしていたらいきなりドアが開いておっさんが怒鳴って来たんだ。
「いいかげんにしろっ!これやるから帰れ!」
おっさんは僕に一本のきゅうりを強引に手渡すとまた力まかせにドアを閉じたんだ。
バン!って閉じる音にびくってなったけど貰えるものを貰えたからそれでチャラだよ。
しかし初めて触るきゅうりに不思議な感動を覚えた僕は震えたね。
意味もなく感動したね。猛烈な感動だったね。
「…こ、これがきゅうり…」
ゴクリ…唾を飲み込む音も聞こえそうなくらいその時の僕は緊張していたよ。
けれど次の瞬間僕はもっと驚きべき事態に遭遇してしまったんだ。
「おいお前!ふざけんじゃねぇよ!」
何と手に握っていたきゅうりが喋ったんだ!
僕は思わずそのきゅうりを放り投げてしまった。
それは本当に無意識と言っていいくらいだった。怖かったんだ。
「ぐえっ!」
放り投げられたきゅうりは一言唸った後、敵意を剥き出しにして襲って来たんだ。
顔なんてないはずのきゅうりに恐ろしい形相が見えたのは気のせいだったのかな。
「てめぇ!よくもやってくれたな!ぶん殴ってやる!」
で、よく見たら一本だったきゅうりがいつの間にか大勢になっている…いきなりドカンと数が増えていたんだ。
そんな無数の怒りに駆られたきゅうりが襲って来るなんてこっちは想像すらしてないじゃないか。
だから僕は逃げたね。一目散に逃げたね。
でもダメだった。どう言う理屈か分からないけどあいつらとんでもなく早かったんだ。
それできゅうりの牙が僕の背中にがぶっと!
え?どうやったらきゅうりに牙が生えるのかって?
そんなの僕にも分からないよ!とにかく必死だったんだ。
「うわああああああ~っ!」
それから意識を失って次の瞬間に目が覚めると僕は無傷だった。
そうか、あれは夢だったんだって…夢の中の出来事を改めて自覚したんだ。
辺りを見渡すとここもまた見慣れた部屋の中じゃなかった。
そう…目覚めたこの世界もまだ夢の中だった。
夢から覚めたと思ったらまた夢の中…そう言う事ってあるよね。